始めは自分なりのお百度というか、毎朝みんなの健康と平和を願ってピアニストが発信しているという事実が少しでも誰かの励みになってくれば良い、というちょっとした「おごり」がありました。でも最初の数日は自分でも意外なほど早起きが辛く、一日中眠くて(自分はマゾか!?)と思いました。それが段々と生活のリズムが付いてきて少しずつ楽になっています。ここ数日は朝をバッハで、しかもゴルトベルグ変奏曲で始められるのが嬉しいです。嬉しくなったらなったで(私がこんなに楽しくってむしろ申し訳ない!)という気持ちもあったのですが、見てくれている小学校時代の同級生から「楽しそうにやっているのを見るのが楽しい」と言ってもらい、確かに楽しいから続けられるということもあるなあ、と思って、今は多いに楽しんでいます。
私は音楽を世のため人のために役立つツールとして提唱したいと思っています。その為にはこの難解性をある程度解消しなければいけません。奏者としてこの難解性を解消するためにできることはいくつかあります。一つは演奏時に曲のパターンを明確化する解釈をする、ということです。もう一つは演奏前にパターンを説明する、ということです。同じ曲を同じ演奏会で2回以上弾く、ということもあり得るでしょう。最近ライブ配信で時々やっています。
クラシックの「完璧主義」に抗って、ありのままの自分をさらけ出したい自分もいる。そうする事でクラシックの敷居の高さ、エリート主義、非現実性を払拭できるのでは…?という淡い希望的観測もある。
最近、野の君がオートミールで作るお好み焼きに凝っています。卵を多くしたり、とろろの擦ったのを入れたり、色々工夫して食べさせてくれます。片栗粉を入れたらカリカリに香ばしくなりました。野の君はそこに大量のニラをいれ、キムチとポン酢とゴマ油で「はい!チジミ!!」と自慢そうに出してくれます。そういう純真な野の君を見ていると、自虐的になってはいけない、と思います。感謝と暖かい気持ちでいっぱいになります。