ヘルマン・フォン・ヘルムホルツは凄い!

「ロマンチックな演奏解剖学」の復習でBell-Magendie Law(ベル=マジェンディーの法則)が「聴覚と視覚は全く異なる」と言う学説を唱え、それによって人々は音楽演奏を「観て楽しむ」のはいけないこと、とし始めたと言う言及がある。   これの裏付けを取ろう、と今日は何だか随分生態学の歴史について読んでしまった。結局欲しかった裏付けは全く取れなかったのだが、最近名前をよく見かけ、(この人凄いな~)と思っていたHermann von Helmholtzと言う人についてもうちょっと読む羽目になり、本当に心の底から脱帽!すごい人がいるもんだ!   1821年に、ドイツのポツダムであまり裕福では無い家庭に生まれる。父親は先生。 病弱だったが、学力はずば抜けていた。高校で物理にはまる。   1838年:学費が払えず、普通の大学には行けなかったので、政府からの奨学金で卒業後8年間軍医をして働くと言う契約と共に学費無料で医学生となる。普通5年間かかるところを4年で卒業するのだが、何とその間、ベルリン大学に乗り込んで世界初の生態学者となったMullerの所で勉強し、生態学も勉強する。   1842年:軍医として働き始めるが、その間「エネルギー保存則」に関する研究を1847年に発表。   1849年:クーニグスバーグ大学に就任。反射神経に関する研究を発表し、のちに生態学と心理学の架け橋と言われる要素の一因となる。   その後、視覚に関する研究で検眼鏡を発明したり、三色説を打ちだしたり、三色説を応用して聴覚の知覚が耳の中での共鳴で起こると言う事に関する説を打ちだしたり、音色が倍音の数、種類、強さによって変わることを証明して、音楽理論を物理の観点から書いた本を出したり…。   兎に角多方面に貢献しているのである。   そして今日私は生態学の歴史を読んで、今まで理解していたと思っていた音楽史に新しい深さが出来た。これは感覚的な物もあるけれど、実は誤解していた史実が解明されたり、そう言う事もあったのだ。勉強と言うのは、色々な方面からやらないと死角が出てくる。私の場合は19世紀の、しかも前半に集中しているのでまだ出来るが、いや~、私は本当にものを知らない!でもだから、読むもの全てが新発見でワクワクする。   音楽人生万歳!  

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脳の再起活性化について。

アメリカでは8月下旬始業に先立ち毎学年度、ダイアル式ロッカーの番号が変わる。 去年はいつまでも覚えられなくて、番号を書いた紙をその度に参照し、悲しい気分になった。 ところが今年はドンピシャ!一回で覚えてしまったのである。 最近文献も驚くほどすらすら読めるし、譜読みも早い。   去年と今年で違っていることは色々ある。 1.今年一月から走っている。(一時は週5日毎日4キロ弱走っていた。今は暑さで回数は減っているが、でも週3回は走っているし、週末は8キロ走ったりする) 2.より健康食。(元々私は健康食には結構こだわっていたが、最近はブレンダ―で手作りする野菜ジュースや、無農薬野菜にさらにこだわっている) 3.毎日体重を計っている。(健康バロメーターに最高!食べ過ぎたら翌週調整など、色々工夫が出来、物凄くゆっくりだが少しずつ減量。)   でも、何よりも一番大きいのは幸福感だ、と思う。 去年の今頃はストーカー騒ぎの真っただ中で、警察とのやり取りも盛んで大変だった。 主観的にはそれなりに異常なハプニングを楽しんでいる気持ちだったが、 しかしやはり、不眠や食欲不振など色々なストレスの症状が在ったのは覚えている。 現在私は楽しみにしていることが色々あり、とっても幸せなのである。 それにこのストーカー騒ぎは 私に過去の色々なうやむやも一気に処理させてくれる意外な効力を持っていて、 なんだか憑き物が落ちた様な、新しい門出に立った気持ちなのである。 この事件をきっかけに家庭内虐待の被害者援助のヴォランティア活動への参加も強い効力。 まだ実際の被害者を助けるところまでは行っていないのだが、 その為のトレーニングを受ける段階でも、 それから活動の広報など、このヴォランティアのために積極的に動くと言う過程でも、 そういう問題を一般化し、その事に対して生産的に働きかけることが、 心理的に自分のためになっていると思う。   しかし、ストレスやトラウマを抱えながらもすごい偉業を果たす人も居る。 人によってはそれが故に、と言う人も居るかもしれないが、感嘆する。 昨晩、改めて「イミテーション・ゲーム」を見た。 第二次世界大戦中、ドイツの暗号を読み解くべく初代コンピューターを発明した イギリス人天才数学者、アラン・チューリングの実話に基づいた映画である。 彼は社交に於けるハンディや、1967年までイギリスでは違法だった同性愛者だったなど 私生活に於ける沢山の問題を抱えながら、この偉業を達成し、 第二次世界大戦の勝利へと導く。   最近、実話に基づいた「困難・差別・虐待を超越して偉業を達成する」と言う話に感動する。 これから出る映画だが、1960年代人種問題がピークに達している時代に NASAで大活躍した3人の黒人女性の実話に基づいた映画が出るらしい。   私も頑張る! 音楽人生万歳!            

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書評:「Sound Unseen」「Music, Sensation and Sensuali」

ここ二十年来の音楽学は変貌を遂げて来ているそうである。 最近では作曲家とその作品、それらに関する当時の哲学的・分析的言及のみならず 当時の演奏者や聴衆に関する研究、アマチュア音楽愛好家の活動や、 音楽家のパトロン、音楽産業の市場事情など、さまざまな角度から 実際の音楽活動がいかに行われ、いかに受け止められていたのか、 研究が進んでいるそうである。 だから私の博士論文のトピック「ピアノ演奏に於ける暗譜の起源」は「ホット!」なんだそうだ。   そう教えてくれたのは、去年ライス大学の音楽学助教授として就任して来たキーファー。 彼女の専門は、19世紀終焉から20世紀初期にかけてのフランスでの科学の歴史、五感の歴史がどのようにドビュッシーの音楽に於ける自然主義へと発展したか。 彼女が、私が先日ブログに書評を書いた「ロマンチックな演奏解剖学」を勧めてくれた。 http://ameblo.jp/makikochan6/entry-12186148890.html   その彼女が次に勧めてくれた本がこれ。 Brian Kane著、Sound Unseen: Acousmatic Sound in Theory and Practice (2014)   ピタゴラスはカーテンの後ろで講義をした、と言う伝説があるらしい。 音源の見えない方が、聞き手が音や音の伝達する情報に集中する、 と考えたピタゴラスの工夫だった。 カーテンに隠れて講義するピタゴラスに耳を傾けた聴講者を ギリシャ語で当時Akousmatikoiと呼び、 それが「音源が見えない、音源が明らかでない音」と言う意味の英語、Acousmataになった。 Acousmataの例は宗教的な逸話や、科学が発達する前の自然現象など、色々あるが 引き起こす反応は大きく二つ。 1.音源を明かそうと躍起になる。 2.恐怖心、好奇心、畏怖の念、宗教心などに満たされる。(「崇高」?)   これは、私の論文に直接使える! 「音源」を楽器や奏者とせずに「楽譜」として(これはベートーヴェン以降の絶対音楽に於いて19世紀ごろから出回り始めた不思議な概念)、楽譜を使わずに暗譜で行う演奏を「Acousmata」=崇高とする。 …どうだ~~~!   イェール大学で教授を務めるBrian Kane博士はこのピタゴラスの伝説が実は事実無根である事をまず解明し、なぜこんな伝説が出来たのか伝説の歴史的重要性を追求するなど、音楽学者では無いの?と言うような緻密は研究で本の最初の章を始めたりするのだが、私はそこは読まずに割愛。その後、本は録音の市場、BGMの氾濫、電子音楽へと飛躍。そこも私はスっ飛ばす。   私が興味あるのは4章目。見えない音楽、演奏の要素から切り離された音楽は「絶対音楽」。それを正しい状態で正しく聴いた人間は、超越体験をすることが出来る。ワーグナーはバイロイトの自分の「総合芸術」を演出するオペラ劇場でオペラを完全に客席から見えないように、角度とピットの蓋に工夫をした。しかしその前にすでに18世紀末から「目をつぶって音楽体験」と言う記述は絶対音楽に於ける崇高の概念を打ち出した物書き、Wackenroderなどによって提示されていた。などなど...   この本にもKantやSchopenhauerが沢山出て来るのだが、この本は焦点がはっきりしていることと、KantやSchopenhauerの引用がトピックにはっきりと関連性がある事などから、とても読みやすかった。それにしてもこの人は歴史・哲学・電子音楽と実に多様な事に言及している。なんだかスーパーマンに思えてくる。そして私よりも5年くらいしか年上じゃない。ガーン。   キーファーの他に、私は最近、物凄い学者さんと親しくなってしまった。 先週私が講師として参加したArtsAhimsaと言うアマチュア向けの室内楽音楽祭で ヴァイオリンの受講生として参加していた女性が実はコロンビア大学やバーナード大学の教授をし、色々な財団から受賞をしているすごい人だったのだ!ミルクの歴史的背景や社会背景を中世から現代にいたるまで描いた本を2011年に出版している。ArtsAhimsaの図書館にあったその本を私は音楽祭滞在中に二章ほど読んで「この人は凄い!」と思い、自分の博士論文についてアプローチした所、意気投合してしまい、文献の紹介や意見交換など物凄く話し込んでしまった。でも私は博士論文を書いている学生。向こうはアイヴィーリーブの教授。年齢も一回り違うし…と、ちょっと遠慮していたのだが、音楽祭から帰宅した翌々日、とっても長いメールが来て、私との意見交換がいかに新鮮だったか書いてあったのだ!そしてもう一つ文献を紹介してくれた。   Linda Pyllis Austern編、Music, Sensation and

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お城での一週間を終え、現実に戻る前の回想

私が一週間過ごしたお城の外装・内装、 そして40エーカー(東京ドーム3.5個分)の敷地内に点在する プール、劇場、野外劇場、4面テニスコート、バレースタジオ、アートスタジオ、など その豊かさが、下のリンクでご覧いただけます。 https://www.google.com/search?q=belvoir+terrace&biw=1280&bih=598&source=lnms&tbm=isch&sa=X&sqi=2&ved=0ahUKEwi8_t3Vyt_OAhUFOCYKHepEBDgQ_AUIBygC   夏の8週間、女の子用のキャンプとして開放されるこの豪邸は、 女の子のキャンプが終わってから一週間はアマチュア用の室内楽音楽祭に変身。 私はここで一週間、講師としてアンサンブルのコーチングや演奏などをしたのです。 http://www.artsahimsa.org/events/fest/index.htm   その別世界の様な環境よりさらに感銘を受けたことをいくつか、 今日は回想させてください。   まず、参加者全員の音楽を愛する気持ち。 全員楽器奏者で、レヴェルは全くまちまち。 中にはセミプロ級の人も居ます。 例えば鈴木メソードに感銘を受け、 研究歯科医として活躍していたキャリアを30台半ばで辞めて ヴィオラの教師として何十年も地域貢献をした女性も生徒として参加して7年目。 ピアノは幼少から弾いていたものの、40代半ばで室内楽の面白さに目覚め、 離婚の危機に瀕するまでにも寸暇を惜しんでのめり込んだと言う 初見ばりばりで音楽性も豊かなセミプロ級の腕を持つ女性も居ます。 その一方では数えることも音程を取ることにも一々苦労している、 でも目をキラキラさせて一生懸命頑張る人達も堂々と演奏を披露します。 最後の2日間は午後と夜に発表会があります。 参加演奏は義務では無いのですが、弾きたい人が多すぎて演奏会は3時間を超すことも。 よたよたと今にも止まってしまいそうな演奏には会場が一体となって (頑張れ!)(もう少しで終わりにたどり着く!)と手に汗を握ります。 何故か、全然飽きません。   なぜ飽きないのか。 なぜこれらの音楽会が私にこんなにも新鮮だったのか。   この音楽祭に着いた翌々日、 一晩抜け出して聞きに行ったタングルウッド音楽祭での演奏会が対照的に思い出されます。 世界終焉をテーマにしたメシアンの「時の終わりのための四重奏」を完璧に、 でも無表情に弾きこなしたボストン交響楽団の奏者たち。 燃え尽き症候群は、オーケストラ奏者の間で蔓延する問題の一つです。   もう一つ、このマラソンアマチュア演奏会で思った事。 18・19世紀のサロン演奏では、いわゆるアマチュアがプロに混ざって演奏や共演しました。 音楽を愛でると言う典雅な時間。 それは時空を超越するものなのだ、と実感しました。 多分意図的に、この豪邸では無線インターネットが使える場所が限られていた。 居間では使えるのですが、ここでメールチェックなどをしていると 色々な方との社交を無視して作業に集中することはほぼ不可能。 と、言う事でブログ更新もままならず、メール返信も遅れたのですが、 でもそのためにこの「音楽を愛でる」と言う典雅な姿勢が取り戻せた様な気持ちもします。   最後に。 この音楽祭に参加していたアマチュアの音楽愛好家たちは実に面白い方々が多かった。 特に私が触発されたのは、アカデミアで活躍する女性たち。 芸術に関する法律を専門に教えているヴァイオリン奏者。 貧困層に手軽に歯科衛生を保ってもらえるために活躍する歯科医。

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お城に住んでます。三日目

タングルウッド音楽祭が開催されるBirkshireにあるお城、Belvoire Terrace. ここで開催されるArtsAhimsaに演奏と室内楽のコーチングをしに来ています。 着いた日には、口があんぐり…お城~なのです。 このホームページで写真が見れますが…来てみないと分からない。 http://www.belvoirterrace.com/history.php まずそのメイン・ビルディングがまさにお城。 女の子が良く「お城」の絵を描く時に必ずある屋根のギザギザがある! そして中はステイン・グラスや、壁のいたるところに木の掘り込みのデザインや、 パイプオルガンや、大理石の暖炉や、ティファニー?と思うようなランプシェードや… そして40エーカー(東京ドーム3.5個分)ある敷地内には アート用のアトリエ、ダンス・スタジオ、グリーンハウス、など計18の建物。 そのほぼ全ての部屋にピアノが居れてあります。 ここで行われているのはアマチュア音楽家のための音楽祭。 レヴェルはピンからキリ。 子供の頃は音楽家を目指して勉強したと言う、初見もばりばりのツワモノから 65歳になってずっとやりたかったチェロのレッスンを始めたと言う81歳の女性まで。 講師として来ている人は「生徒」として来ている人の数とほぼ同じですが、 そのレヴェルもピンキリ。 学部を終えたばかりと言う初々しいヴィオラ奏者も居れば、 かなり名前のある音楽学校の教授も、すでに引退しているオケ奏者も居ます。 ここで「プロとアマとの音楽共演」と言うのがこの音楽祭の謳い文句。 何故かアマチュアの人には医者、弁護士、大学教授と言ったいわゆるエリートが多く、 思いがけなく私の博士論文のトピックに興味を持ってもらって論議になったりもします。 音程がおぼつかないチェリストはでも、メンデルスゾーンの三重奏を感激しながら私と弾いて 「I feel like I died and went to heaven」と涙を浮かべながら言ってくれました。 日本では「天国に上った心地」と言いますが、 英語では「死んで天国に行った気持ち」となります。 これは81歳の方に美しい青い目でじっと見つめられて言われると、 何と返したら良いか分からなくなります。 音楽とは何か、富とは何か、考えさせられます。 お城を持っていても、夏の数か月しか使えない。 なぜなら、厳しい冬の光熱費が膨大な経費となるからです。 しかし、夏の数か月のために建物のメンテ、広大な庭の手入れ、 そして税金の支払い…光熱費が無くても膨大な経費になります。 これを効率よく使いこなすにはどうすれば良いのか? そう思って考えはじめると、使いこなされていない財産と言うのは世界にいくらでもある。 片方では家を追われ、難民やホームレスとしてコンクリで眠る家族がいるのに、 もう片方では一年に数か月しか使われない豪邸がある。 そしてこの近所はこういう別荘として使われている豪邸が非常に多く、 この様に音楽祭や何等かのコミュニティー開放をしているところは非常に少ない。 こういう何十エーカーの土地に家族だけ住む人々も居る。 その寂しさ、虚しさ。 私だったら、悲しくなってしまう。 今夜は演奏会があります。 私はガーシュウィンの前奏曲を弾きます。 他にはピアノトリオ、メンデルスゾーンの8重奏、モーツァルトのクラリネット五重奏など。

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