私が音をミスしようがしまいが、演奏が評価されようがされまいが、そんな事はどうでも良い。音楽家として何ができるのか、私は試行錯誤をしている。皆も一緒に考えよう。力を合わせてこれからのチャレンジに一緒に立ち向かっていこう。音楽仲間なんだから。世界市民なんだから。
固定観念を伝統的に引き継ぐ専門研究家が同じような次世代を育てるという、排他的な人脈構造になっている学会の現状をもってしてはありのままの世界を客観的に研究・観察できないと結論付けています。それに比べて多様な背景を持ち、創造性豊かで固定観念にとらわれにくい芸術家たちを、研究者の一員として起用することは必須だ
物質的には豊かでも、愛情・良い親子関係・幼少時の思い出・愛する対象などなどを「持たざる者」は、社会層に関係無く、どこにでもいる。全員、一人一人の中にある。
哲学の教授4人を相手にすごく専門的な19世紀美学の論議に巻き込まれながらスクリャービンやバッハを弾いたり、ホームレスの人々にドビュッシーやシューベルトを弾いたり、凄く寒い小雨を気にせずコンクリートの歩道にべったり座り込んだ何十人という大学生の熱心なまなざしに向けてショパンを弾いたり、満月の下で月光のソナタを弾いて拍手されたりしました。