演奏道中記1.12:芸術と公衆衛生

去年の11月、ピアノバン(アップライトを乗せたピアノ)大冒険でサンフランシスコを回っていた時、とある芸術センターの館長さんがピアノバンと私の大冒険を偉く気に入ってくださいました。「多数の大学研究室や芸術機関が携わっている現在進行中の芸術と公衆衛生に関する研究があります。今度その定期報告会があるので、ぜひご参加ください。」その報告会が昨日、オンライン開催されました。

「芸術家も医療従事者も目指すところは同じー人々により良く生きて欲しいーその為に尽力します。芸術と文化は健康やウェルビーイング(持続的な幸福感をもたらす心身の健康)を促進するきっかけや手段になるという認識が浸透して来ています。芸術と公衆衛生の関連性についてのリサーチは分野として著しく成長を遂げ、学術的発見に基づいた芸術活動も増えてきました。公衆衛生の専門家と芸術家のコラボは盛んになって来ていますが、その効果を評価する基準が欠如しています。更に、ほとんどのリサーチは公衆衛生の専門家が行っており、芸術家の観点が欠如しています。(Like public health professionals, artists and culture-bearers have long worked to achieve the same goals – to improve the lives of people and communities. Arts and culture are increasingly being recognized as important catalysts in creating solutions to promote health and wellbeing. Today, a growing field of arts in public health is driving research and, in turn, evidence-based practice. And, while collaboration between public health professionals and artists is increasingly common in practice, guiding frameworks for assessing outcomes are lacking. Additionally, much research is being undertaken by public health professionals without the crucial involvement of artists.)

(芸術と公衆衛生:コア・アウトカム・セット・ブリーフィングのイントロより)

私自身が音楽の治癒効果を謳い始めたのは何がきっかけだったのか...?ヒューストン・メソディスト病院で共同研究を始めたのは2015年ですが、3.11のチャリティーコンサートでも、9.11の救援隊の休養所でボランティアとして演奏した時も、音楽の力を目の当たりにしました。そしてもっと遡ると病気で死にかけた二十歳の時の経験がその前にあるし、そもそも私は幼少期はかなり病弱だったのです。「音楽の治癒効果を謳うべくして生まれてきた」と言われたら、そう思えなくもありません。

そんな私は、医療研究者との共同研究や、今は環境運動の為の音楽の起用について自然科学者や社会科学者と共同体を立ち上げたり、色々試みていますが、時々悔しい想いをする時があります。伝統的なヒエルアーキ―の押しつけを感じる時です。

知性>感性、男性>女性、欧米>東洋、科学>文化、数値・データ>実感・体験・経験...「あるある」ですよね!?

そんな私の胸を「スカッ!!」と爽やかにしてくれたのです、昨日のブリーフィングは!

この2枚の写真の下にある、青い枠組みの中の言葉。「Recognizing Colonial and Racist Structures in Scientific Research (科学研究の植民地的・人種差別的構造を認める)」...そ、そこまで言い切ってしまうのか~~~??? これを読んだ時は嬉しい反面、ちょっとドキドキしました。

「WEIRD」という頭文字語はご存知ですか?2008年にアメリカ心理学会に発表された研究所が使ったのをきっかけに問題意識が急上昇した現象です。これは心理学や社会学などの実験やアンケートの対象となる人材の大半がWestern(西洋出身者ー主に白人)・Educated(高学歴)・Industrialized(生産的な・工業的な)・Rich(高収入)・Democratic(民主主義)であり、世界の多様性を反映していない事から起こる研究の根本的な間違えを指摘する言葉です。

しかし、今回のブリーフィングはそもそもの学会の白人男性優勢主義を助長する構造をも糾弾しました。例えば高等教育の構造や、学術論文を出版する際に必要となる「査読」というプロセス一つを見ても、同じような環境で生まれ育ち・教育を受け・世界観を持つに至った固定観念を伝統的に引き継ぐ専門研究家が同じような次世代を育てるという、排他的な人脈構造になっている学会の現状をもってしてはありのままの世界を客観的に研究・観察できないと結論付けています。それに比べて多様な背景を持ち、創造性豊かで固定観念にとらわれにくい芸術家たちを、研究者の一員として起用することは必須だ、と言っているのです。

う~~~~ん、実に実に勇気づけられたぞ!

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