美声日記9.27:成功の思い出

音楽人生を歩んできて学んだことは数多くありますが、その一つは成功の思い出を大切にすることが前進に必要な勇気と元気の素となる、ということです。

我々の脳は生存を最優先にします。危険の察知には敏感で、逆に安全や幸せやルーティンには鈍感です。遠い昔し、村八分は命の危険でした。だから今でも人の批判や大衆の前で恥をかくことは脳みそは『脅威』と認知し、将来的に回避するように深く記憶します。これをネガティビティ・バイアスといいます。失敗の経験はよく覚えているのに、成功例は思い出せない。100ある感想をの内、褒めてある99は忘れて、一つの辛口評価だけいつまでも頭の中で繰り返し考える…

舞台芸術家にとってこれは舞台恐怖症の原因の一つです。

「大成功した舞台の話しを聞かせて」と言ってくれたのはセラピストです。拍手喝采を受けたあと、舞台裏に来て「この今の気持ちをずっと覚えていて」と言ってくれた友達や同僚や先輩や先生も沢山いました。それでも成功の話しをするのは、はばかられます。自慢や法螺に思われないか心配です。失敗から学ぶことは成長の糧とずっと教わって来た手前、成功の話しをするのはまるで学びに疎いような、怠慢なような気もします。

成功を祝うのを臆する気持ちが変わったのは、舞台の成功は私一人のものではない、と気が付いたときです。例え独奏会であっても、一つの演奏会の成功はピアノの調律師さんから裏方スタッフ、企画・運営に携わった全ての方々、そして聴衆の皆さん全員があって可能になったことだ、と実感できるようになりました。

昨日のJAPAN HOUSE Los Angeles主催「Music and Ma」の成功を感謝の気持ちを込めて、ここに共有させて頂きます。

今回の企画は、まずお茶のお点前の「音」を味わっていただき、日本文化に深く根付く『間』の概念をご紹介し、次に『間』というものの生態的な必要性をお見せして、そこから音とは?聴覚とは?そして音楽とは?と問いかけることで、近代社会に住む我々が忘れがちな余裕や共感を慈しもうという趣旨の会でした。

表千家の岡添幸子先生、K.Z先生が持ってきてくださったお茶のお道具一式の周りにJAPAN HOUSEのスタッフが色々工夫してマイクを設置し、お釜でお湯が沸く「松風」の音や、お湯が注がれる音、お茶が点てられる音などが会場に響くようにしてくださいました。また、会場の皆さんが演奏中の私の手を観れるようにカメラを設置しスクリーンに映してくださいました。

2週間ほど前にチケットが売り切れてしまった満席の会場。そこには企画から運営まで天塩にかけて実現までご尽力くださったJAPAN HOUSE Los Angelesの皆さんや表千家の先生方、今日のピアノを提供して下さったShigeru Kawaiの皆さんと土曜日の朝8時に会場入りしてずっと付き添ってくれた調律マスターのDavid、お抹茶を提供して下さったZenkyu Matchaの皆さんなど沢山の方々の沢山の想いが詰まっています。

JAPAN HOUSE Los Angelesの海部優子館長に開会のご挨拶を頂き、私が引き継ぎました。会の趣旨とお茶の先生方のご紹介をしてから、音楽を聴くようにお点前の音に耳を澄ましていただき、その後ピアノの演奏と『間』の脳科学や、西洋音楽にみられる『和』などのお話しでピアノ・トークを進めました。

発声をお願いすれば「あ~」と会場いっぱい思い切り声を響かせてくださり、聞き入ることをお願いすれば目を閉じて身を乗り出してくださる打てば響くようなお客様に恵まれ、私の演奏もトークも熱がこもりました。質疑応答の時には沢山の方々が挙手して質問を投げかけて下さいました。そして終演時には皆さん総立ちになって拍手をしてくださったんです。

プログラムが終了し、お茶とお菓子が振舞われた時には、沢山のお客様が私に握手を求め、音楽に対する熱意や、イベントへの反応を共有してくださいました。

「You have forever changed the way I think about music (音楽に対する認識が一変したわ)」と言って下さった女性がいらっしゃいました。「今日は同窓会の代わりにみんなでこのイベントに来ることにしたの!」と言って8人で和気あいあいと親し気に話しかけてくれた10代の若者たちは「みんながなんとなく避けている環境問題やAIの脅威などを話題に挙げてくれてありがとう」とお礼を言ってくれました。「私はこの会の下準備のためにあなたの博士論文を読んできたのですが…」と質問に前置きをして私を仰天させた高齢男性は、その質問の学術さにさらに私を仰天させました。音楽による環境運動に協力したい、と言いながら涙ぐまれた女性もいました。

(音楽家をやっていてよかった)と心の底から感謝の念に堪えません。

Leave a Comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *