今朝野の君と散歩をしていたら、ちょっと奥まった閑静な住宅地の一角で、恰幅のいいおばさまが家の前のポーチに立って道行く人ににこにこと手を振っていた。誰から構わず挨拶をし、そして「道行く人が多くなって、にぎやかで嬉しいわ~」と言っているのだった。のどかだな~、と思った。抗議デモが毎日起こっているのがウソのような、「古き良きアメリカ」という感じだった。
アメリカは暴力に注目します。もし火事も略奪も警察との衝突もなければ、ここまで大きなニュースにはならないでしょう。しかし、暴動を起こせば黒人のステレオタイプを助長してしまうことになる。黒人に対する人種差別を正当化する事にも成り得ない。
「なぜ人は悲しい音楽を聴きたがるの?」…数年前に8歳の生徒に聞かれてからずっと自問しているテーマです。デモが暴動化し門限が発令される中、今の私は悲しい音楽を通じて人間は苦しみに共感する練習をしているのではないかと思っています。私たちは時空を共有する運命共同体ですCovid-19、経済的圧迫、そして社会不正...。挑戦が山積みになる今だからこそ、一緒に力を合わせてどうすればお互い共感し合って喜びを倍増し苦しみを半減できる社会を創り上げられるのか、社会構造からの見直しを迫られている時だと思います。自分の家族・人種・国が良ければ良いという時代では、もう無いのではないでしょうか?私は音楽家の共感力と癒しを発信し続けます。
心配事は直視した方がよい、というのが私の考えです。それで9.11の後の貿易センターも見に行ったし、救助隊が休憩する教会のピアノ演奏のボランティアもしました。ヒューストンのハリケーンハーヴィーの時は膝まで水につかりながらじゃぶじゃぶと麻衣子さんとダウンタウンを探検しました。どちらも一生忘れない、歴史的瞬間の思い出です。だからこの暴動も見ておかなければ、そして腹をくくらなければ、と思いました。
私はピアノ一本で今までの人生の半分を練習室に隠れて暮らしてきました。クラシックの専門家に黒人は極端に少ないので、黒人の友達は多くはありませんでした。「もっと社会に関連性の音楽造りをしたい」と思い始めて、友好関係が広がり、US-ジャパン・リーダーシップなどを通じて色々な人権問題に取り組む運動家たちとも知り合い、段々と事の深刻さが分かり始めています。そして黒人の友達の悲しみや怒りを目の当たりにして、今日は本当に涙が出てきます。