音楽人生

難しいから価値があるんじゃない。

「元気だな~。何か、運動会みたい。 よく弾けてるけど…まあ、これから尼寺にでも行って苦労して来て」 「あとは失恋をすれば、音楽に厚みが増してくるわね」 成長過程でこういう「苦労をしろ」「不幸を知れ」的アドヴァイスを沢山受けたせいだろうか。 私はなぜか、人生においても練習や選曲においてもいつもチャレンジばかりを好んできた。 最近、やっと開眼。 難しいから価値があるんじゃない。 苦労の結果が賞賛に値するとは限らない。 好きなことを素直に好きと喜ぶ簡潔さ。 簡単なことでも心を籠めてこなすことの美しさ。 単純でも喜びを伝達して分かち合うことに心を砕く優しさ。 幸せになりたい。 音を楽しむ喜びを謳歌したい。 音楽を分かち合うことを、世界中に浸透させることを目指して、夢見て 毎日にこにこしながら練習し、演奏会場に足を運びたい。 この場で銃殺された方が楽だ、と思うようなステージの緊張と戦った時代もあった。 「難しい」とされる曲ばかり次々と演奏した時期もあった。 でもこれからは、ちょっと視点と方向性を変えた音楽づくりをしようかな~、 と、考えつつ、もうすぐまた人生一つの節目。

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モーツァルトの素晴らしさ。

久しぶりにモーツァルトのピアノ四重奏を弾いている。 今夜演奏するためのリハーサルなのだが、至福のとき。 モーツァルトは何が凄いのか、と最近親友のピアノ技師に聞かれた。 ピアノ技師だから音楽にとても近いが、音楽家とは少し違う視点からの発言が聞けるので いつも彼と会話をするのはとても刺激になる。 おまけにガラス細工をしたり、詩を書いたり、蝋で絵を描いて賞を取ったり、 中々芸術的なピアノ技師さんなのである。 NY時代からのもう10何年来の親友の一人。 そのピアノ技師さんの「モーツァルトは何が凄いのか」。 確かに、古典派の時代にはまだ作曲家の個性よりも社会的な音楽の役割の方が重視された。 教会音楽にも、宮廷音楽にも、それぞれフォーマットのような物があって だから、今は大方忘れ去られているモーツァルトと同時代の作曲家の曲は 皆モーツァルトっぽく聞こえる。 だからもっと後世の作曲家に比べて 「何がモーツァルトをモーツァルトたらしめるのか」と言う問いかけが もう少し微妙になってくるのだ。 モーツァルトは何が凄いのか。 特定の曲をを分析して、同時代の他の作曲家の同類の曲と比較して モーツァルトの天才を説明することも出来るのだが、 一言で言うと、モーツァルトの天才は 「一見完璧に自然に見せる中での微妙な創意」 と言えるのではないだろうか。 弾いていると本当に自分より大きな物の一部になれる感じがする。 バッハを弾いている時の感覚も同じ言葉で表現できるけれど、 バッハの時とはまた全然違う。 ああ、幸せ。

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NYの魅力、再発見

2つの演奏会と感謝祭のお祝いのため、2週間ほどNYに居た。 今回の演奏会場は Liederkranzと言う財団の所持する87丁目は5番街にある1847年に建てられたビルの中にある 演奏会用の部屋。 NYでの音楽と文化を奨励するための財団だ。 1847年! とても歴史を感じる趣のある、ヨーロッパ風石造りのビル。 中にはシャンデリアや古い肖像画、石造りの大きな暖炉... 主催はMusicians Club of NYと言うこれまた1911年に創立された音楽組織。 クーセヴィツキーを始め、歴史的指揮者や演奏家によって率いられてきた団体。 共催はEdvard Grieg Society。 全て私の初めて知る団体や建物だったけど、凄く楽しく光栄な晩でした。 ノルウェーに注目したプログラムで 私はグリーグの小品集、作品43を演奏させていただいた他、 メトロポリタン・オペラなどで活躍中のメゾソプラノとグリーグの歌曲を共演。 そして、ノルウェー人のホルン奏者とノルウェー人作曲家Madsenによるホルン・ソナタも演奏した。 NYは長く住んだつもりだけれど、まだまだ未発見の宝物が沢山! 訪ねるたびにわくわくする。

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教職、そしてコミュニティーカレッジの現実

今年の誕生日は火曜日だった。 火・木の午後はLone Star Collegeで教える日。 「おやつを持って来るから。そして私のしたい授業をするから!」 火曜日が誕生日だと言うことはクラスに宣伝してあった。 子供の頃、家族に盛大に祝ってもらったせいだろうか? 誕生日は皆に祝ってもらうもの、と言うスタンスにいくつになっても恥ずかしさを感じない。 当日、私の大好きなTrader Joe’sで健康志向のスナック菓子を買い込んで 教室に入ってびっくり。 クラス全員に行き渡る分のカップケーキを焼いてきてくれた子。 クッキーを焼いてきてくれた子。 ケーキを買って来てくれた子。 りんごを持ってきてくれた子。(アメリカで教師にりんごを渡すと言うのは歴史的な習慣で、今では象徴的でほとんど実践されないが、知識を象徴する果実を教師に渡すことでその教えへの感謝を示す、とされていた) ... 凄く感激した。 授業のあと。 いつも私は結構ビジネス志向で、 いつまでもおだべりを続けたい生徒たちのお尻をたたくようにして 教室から追い出すことにしているのだが、誕生日の日はおだべりにつきあった。 そしたら、凄くまじめで私のクラスの成績はトップのMちゃんがもじもじしながら 「随分前だけど、来学期も教えるか決めていないと授業中に言ったでしょ? 私は続けた方が良いと思います。 私がこの学校でとった授業の中で一番好きな先生だし、 先生の授業を音楽に興味がある子に推薦したいからです。」 と言ってくれたのだ! 本当に嬉しくって、もしかして一番のプレゼントだったかも。 Mちゃんは最近いつまでも授業のあと私が皆のお尻をたたき出すまで居残って でも他の子と違って何を言うでもなく、皆の後ろにいつもなんとなく居るだけだったので (暇なのかな~)と思っていたのだけれど... そうか~、それを言ってくれたかったのか。 「ありがとう、Mちゃん!凄く嬉しい! デモね...『来学期は教えません』ってもう電子メール出しちゃった...」 Lone Star Collegeはヒューストンの北に5つのキャンパスを所有するマンモス・カレッジだ。 現在の生徒数は9万人。 ヒューストン界隈では最大の高等教育機関で、 全米で一番の急成長を遂げているコミュニティーカレッジである。 ラジオを聴いているとLone Star Collegeが番組をスポンサーしているとアナウンスがある。 どのキャンパスも凄くモダンな建築でお庭も花が咲き乱れ、噴水があり、美しい。 5つのキャンパスの3つには素晴らしい演奏会場がある。 ところが。 明らかにお金がうなるほどあるこの教育機関が私のような非常勤音楽講師に支払っているのは Contract Hour 35ドル。 要するに、実際に教えている時間、一時間につき35ドル。 しかし、教室で教える、と言うのは実際の授業時間よりずっと沢山の仕事がある。 勿論授業の始まる前には教室に入り、 教材を整え、必要な準備をし、入室する生徒に挨拶する。 授業時間が終わっても、質問がある生徒がいる。 理解に時間のかかる生徒は居残りさせる。

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宣言!

しばらくブログをお休みしていました。 う~ん、この二週間、色々あったな~。 ナンだか怠けていた様でもあり、物凄く色々駆けずり回って達成したような... 私のブログをいつもチェックして、 その内容に一喜一憂してくれている家族を始め友人・知人には申し訳なかったのですが、 でも私には多分必要な時間だったのです。 「人生の優先順位」と言うテーマで書き始めたブログエントリーでもお察し頂けたかもしれませんが、 これからの人生の方向性を影響する決断がいくつか目前にあって、 心と頭が忙しかった他、 アドヴァイスを求めるべく私が信頼・尊敬する人々に面会したりしていたのです。 決断その一。 来学期はコミュニティーカレッジで教えない。 決断その二。 練習と演奏を教えに優先させる。 決断その三. 私にとって日々の練習は私を私たらしめる必要な要素。その事に罪悪感を感じない。 決断その四. 上をしつつ、どうやって経済的に責任ある社会人としてやっていくかリサーチをするため、 そして自分のベストを尽くすために、 博士課程の卒業を急がない。 どうやってこの結論に達して行ったかは、 これから少しずつ近況報告の形ブログしていきます。

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