Category: 音楽人生


  • 出張演奏!

    演奏会と言うイヴェントに聴衆として参加するのは、中々大変である。 介護、子育て、体のハンディなど、 演奏会場に出向くこと自体が困難になる状況を抱えていらっしゃる方も多いだろう。 さらに、心身障害などで自分の意志に関係なく声が出てしまう方々やそのご家族、 本当に音楽の癒しパワーに触れていただきたい方々が 他の聴衆などに気づかいをして、会場に出向きにくくなる、と言うこともあると思う。 さらに日本の交通事情。 元気な若者でも、会場に出向くの時間と出費は痛かったりする。 じゃあ、演奏家が出向けば? ピアノはどこにでもある。 幼稚園、学校、教会、オフィスやホテルのロビー、レストラン、お店、個人宅。 ある程度のメインテナンスが施してあるピアノなら、 アップライトでもグランドでも、 兎に角演奏家と時空を共にして、音楽の共体験をする機会を提供できれば。 録音、テレビ、ラジオ、インターネット… 無料の音楽が溢れている世の中で、 なぜ会場にわざわざ出向かなければ行けないのか。 生演奏で無ければ行けないのか。 納得して頂くきっかけを提供できるかも。 そうして、生演奏に触れてくださった方々の一部が じゃあ、最高の音響、最高のピアノでも生演奏を体験したい!と思ってくださったら。 そして、どうしても演奏会場に足を運ぶのが難しい状況にある方々に 生演奏のデリヴァリーを提供して差し上げられたら… そう言うのがビジネスとして成り立たないかなあ、と思っている。 結婚記念日に奥さんにプライヴェート・コンサートのプレゼントは? 子供の誕生日のサプライズ・ゲストにドレスを着たピアニストは? あるいはお世話になっている方々にお礼の気持ちを込めて? 子供たちのための音楽会初体験? 闘病生活、介護生活の気分転換? 音楽愛好家の会? 今日はその実験。 お世話になっている夫婦がお家でお友達を集めてくださった。 演奏会に良く来てくださるご近所の方は手作りのゼリーを持って来てくださるそう。 さあ、どうなるでしょう! 楽しみです。

  • 昨日は横須賀ゆかりのピアニストグループが毎年恒例で開催するピアノ・フェスティバル 『スカぴあ』5周年目の音楽会が、おかげさまで大盛況のうちに終了いたしました。 今年は特に5周年目と言うことで、いろいろな仕掛けがありました。 サプライズ・ゲストで、横須賀ご出身でイタリアでご活躍のオペラ歌手、 バリトンの宮本史利(みやもと・ふみとし)さんに2台8手の伴奏で 「オーソレミオ」を歌っていただいたり、 休憩中にロビーにて、ハープ演奏(奈良文化センターより、小林秀吏さん)や 鴨井山口屋さんの非常においしい和菓子の販売があったり、 すべてが非常に好評で、準備に駆け回ってくれたスカぴあリーダーの久美ちゃんも 大満足の様子でした。 そして何よりも大きな仕掛けだったのが、こちら! この写真は本番前のリハーサル中の試運転中で、 実際にスクリーンに鍵盤を上から映し出したのは、連弾の部です。 ピアニストが二人、三人、四人、と増えていく中、 手が交差したり、非常に近い場所で弾いたり、 また同じメロディーを変わりばんこで違う音域で弾いたりする様が 視覚的に確認でき、私たちも舞台そでで見ていて、思った以上の効果に歓声をあげました。 モニター技術・録音を担当してくださった奥村浩一先生、ありがとうございました! そしてスカぴあ名物の振り付け入りの一台8手。 今年はラヴィニャックと言う作曲家のギャロップ・マーチ。 最後はみんなで「ハ!」と言いながらポーズを決めました。 このポーズです! 楽しかった!来年は7月を予定しています。楽しみです。

  • 時間が限りあるものだと言うことは、大人になればなるほど実感する。 練習時間も、大人になればなるほど限られてくる。 責任の増加、行動範囲の広がり、やりたい事の明確化… そのすべてが(もっと時間があったら!)と、時々私たちに思わせてしまう。 でも、同時に限りある時間だからありがたみが出てくる、と言うこともある。 聞いた話しだが、 死刑囚と、終身刑囚では、死刑囚の方が更生したり、宗教に開眼したり、本を書いたり、 充実した時間を送る可能性が高いそうだ。 どれだけ時間があるか、では無い。 ある時間をどう使うか、なのだ。 全く同じことが練習時間についても言える。 若いころは練習だけしていれば良かった。 でも大人になってくると、自分の生活のための諸々だけでなく、 演奏会の企画・運営も多くが演奏者自身にかかってきたり、 また社会人として、音楽とは関係の無い責任や周囲からの期待も増えてくる。 そんな中、10分でも有効利用して、質の高い練習ができるかどうかが 演奏家の存命にかかっているのだと思う。 今週はほぼ毎日、スカぴあのリハーサル! しかし、私の日本滞在日数もカウント・ダウンが始まって、 その為の諸々や、アメリカに帰ってからの諸々もまた、 私の「やることリスト」を長くしている。 落ち着いて、一つ一つ片づけて、 そして細かい時間にも感謝して、できることを積極的にする! がんばるぞ!

  • 本番翌朝!

    顔がにやけてしまう... 本番直後の夜は、眠れないのが通常です。 本番中のいろいろな場面がフラッシュバックのようにありありと思い出されて 興奮状態で眠ってもすぐ目が覚めてしまったり、中々寝付けなかったり… でも、昨日は本当にうれしい気持ちで家族と一緒にゆっくりお夕飯を食べて ぐっすり眠れて、幸せな気持ちで目が覚めました。 音楽家と言うのは一人でなれる物では決してありません。 聴衆の一人ひとりも勿論、、 一緒に演奏会と言う大きなイベントを企画・実行してくれる賛同者、 そして後押しして、口コミや宣伝を手伝ってくれるコミュニティー 舞台の裏方さんや、ピアノを調整してくださる調律師さん、 そう言うみんなが力を合わせて初めて可能となる、共同制作です。 それが何回も実現して、初めて一人の「音楽家」が誕生するのです。 そういう音楽家が社会的に成り立っていた、18世紀、19世紀の貴族社会は今はありません。 そんな中普段アメリカ暮らしの私が日本で演奏活動を続け、 今年15年目を迎えることができているのは、 沢山の理解者・協力者に恵まれ、 特に、親戚と家族の全面的なサポートを受ける幸運に恵まれているからです。 私の音楽人生は紆余曲折がかなり極端! いろいろな私の場面場面を太っ腹で受け止め、 一緒に笑い、一緒に心配し、 何があっても演奏を続けたい、と言う私の意思を尊重して そのために協力してくれる… 涙がでるほど、感謝しています。 涙と言えば… 昨日初めて来てくださった聴衆の方が 「Tシャツがこんなにぬれるくらい涙が出ました」 と本当にしずくの後が見えるシャツを見せに来てくれました。 昨日達成できた会場との一体感は これからずっと覚えていて、これからの私を勇気づけてくれるでしょう。 ありがとうございました!! さあ、来週の日曜日はスカぴあ! 横須賀芸術劇場のベイサイドポケットで 横須賀ゆかりのピアニストグループ4人組と オーディションで選ばれたスカぴあジュニアが ソロ、連弾、一台6手、一台8手、2台ピアノと弾き進み、 最後は2台16手まで弾いちゃう、 楽しいピアノ祭典!楽しいクラシック音楽会! http://www.geocities.jp/yokosukapianofestival/

  • レーガン大統領は任期の最後、アルツハイマー病にかかっていた。 診断が下された後、彼のスピーチが流されるとき、 大統領付き広報チームは、マス・メディアに対し、 このチームが同意した写真をスライド状態で流すよう、要請した。 自信たっぷりで、頭脳明晰で、力強くレーガンが見えるイメージを公布することで、 レーガンの病の噂や病に侵された言動から国民の目を逸らせたのである。 作戦は成功だった。 この逸話は、現代のこの社会がいかに視覚的か、と言うことを描いたドキュメンタリーで知った。 私は自分の容姿に操作をすることで、交流関係やキャリアを向上することを良しとしない。 しかし、それがちょっと行き過ぎて、のだめのような、 例えば寝癖を直さないで学校の練習室に堂々と出向くとか、 そういう事を良くやって、周りを心配させた。 私に「これくらい着なさい」と沢山の友人が洋服をプレゼントしてくれるのも、 そういう事の表れだと思う。 ここ数年、礼儀として服装に気を使うようになり、 この年(自分が見た目に払う努力が性的なものに誤解されにくい年齢)になって、 初めてはっきりと、自分のルックスは自分の好みや姿勢や過去の反映であり、 一種の表現である、と認識し、 きれいになりたい、きれいになるための努力を楽しみたい、と思うようになった。 しかし、である。t 演奏会のドレスには、多いなる疑問がある。 時代錯誤のイブニング・ガウン。 まあ、弾いている曲が主に18世紀、19世紀のものだから、 タイム・スリップしていただきましょう、と言う意味では面白いかなとも思うけれど、 そして非日常性を醸し出すものとしての意義も同意するけれど、 あまりにも非合理的。 その最たるものが、ヒールである。 慣れが必要なのかもしれない。 でも、ヒールでペダルを操作するのは、結構至難の業である。 私はもう何十回、舞台上、聴衆の前でヒールを脱いだことだろう。 一度など、協奏曲の演奏中、オケのパートで私が長い休符があるところで 急いで脱いだヒールのことを全然失念してしまい、 演奏後に裸足でお辞儀して、すたすたと舞台袖に引っ込んだらば、 団員の一人があたふたと私の靴を一足ずつ両手に持って ついてきたことがある。 このオケはハンガリアのオケで、団員の多くが英語をしゃべらなかった。 彼もしゃべらない一人だったのだが、 舞台袖で「シンデレラ」と大きな声で私に言ったので、 大笑いさせてもらった、楽しい記憶がある。 ああでも、こんな思いでもある。 私の演奏会に毎年いらしてくださっていたAさんは長年、癌闘病をなさっていた。 毎年「来年も来られるように、頑張ります」とおっしゃってくださるそのお姿はでも、 だんだん痩せられ、髪の毛も無くなってしまった。 ある年「入院中だが、一時帰宅を演奏会の日に許可されて、友達に付き添ってもらってくる」 と言うご連絡があったにも関わらず、 病状が悪化されて、来れなかったAさんを私が見舞って病室に行った。 その時私は初めて、ゆっくりとAさんとお話ししたのだが、仰天した。 どの年に私がどう言うドレスを着て、どのような曲目を演奏したか、 全て記憶されていたのである。 (私は全然自分では覚えていない) 感動してしまった。 その数か月後に、Aさんは逝ってしまわれたが、 私は良くAさんのことを思い出す。 私には「ちょっと動きにくい戦闘着」でも、 その私のドレスに夢を託してくださる方々もいらっしゃるんだなあ。…