演奏道中記11.30:繰り返す愛おしさ

このブログは日刊サンに連載させて頂いて3年目になる私のコラム「ピアノの道」12月4日発表の記事を基にしています。

「こんにちは。」「いい天気ですね。」「寒くなりましたね。」「お気をつけて。」こんな儀式の様な決まり文句が愛おしく感じられるようになったのは、コロナ禍の非常時を経たからでしょうか。師走の慌ただしさの中、交わす挨拶でフッと気持ちが和むからでしょうか。

楽譜の『繰り返し』。このサインの中にある部分を二回弾いてください、という作曲家からの指示です。下の例では2小節ですが、大抵は曲や楽章の区分をリピートします。

音楽学生時代、試験やオーディションや通し稽古の様なミニコンサートでは、時間短縮の為にこの繰り返しを省いていました。一度弾いた箇所を二度目弾く音楽的な意義が分かる若手は少ないのではないでしょうか。一度目と二度目の解釈を大きく変えて、自分の音楽性の幅を見せつけようと創意工夫を凝らしていたら、先生に言われたことがあります。

「すでに体験した音楽をもう一度味わい、それだけの時間が経過する事で、二度目を体験する奏者や聴き手は一度目から進化している。だから同じ弾き方をしてもその音楽は違う意味を持つんだよ。」

どんな時代にも世界中で、冠婚葬祭には音楽が付き物。人生や世界観を大きく揺らぐ時、音楽による「変わらない物もある」「みんな一緒だ」という確認が安心感をもたらす、と言うのは認知心理学や脳神経科学を専門とする研究者、Daniel Levitin博士の主張です。

もう何度か聞いた友人の笑い話に、涙が出るほど笑えるのです。チキンの方が美味しいと思いつつ、七面鳥とクランベリーソースに、渡米した頃の思い出が尽きないのです。初対面の人と実家からの最寄り駅が同じだと、駅前のお店や通りの話しをしていると嬉しくなるのです。そんな私は最近、バッハでもモーツァルトでも繰り返しの指示に従って二度目も弾くようになりました。そして、しみじみとするのです。

この記事の英訳はこちらでお読み頂けます。https://musicalmakiko.com/en/life-of-a-pianist/2789

1 thought on “演奏道中記11.30:繰り返す愛おしさ”

  1. お疲れ様です。

    :が繰り返しとは。
    音楽に疎い者は、奏でる空気の振動が頼りです。
    心地良ければ至極となります。
    繰り返しは聴かせ処とも。

    小川久男

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