明鏡日記9.1:行く旅、来る旅

旅をしていると色々な瞬間が思い出になりますよね。たまたま通りすがりの人とバス停で交わした笑み。目にした道路わきの石碑。友人にさりげなくかけてもらった褒め言葉。コロナ禍の在宅状態が続いた後、再び始まった私の音楽旅行はそういう瞬間がいつもにも増して凝縮しているような気がしました。そうして立ち止まって反芻したい瞬間の数が余りにも多いと、人間というのはそこに象徴的な共通点を見出して、物語を紡ぎだしたくなるのでは...?私は、そうです。

今回の旅は私にとって、今まで権威者に見えていた人々が、同じ人間として共感や同情をする事が出来た旅でした。

16歳の時に家族が日本に帰国してから、私のホームステイ先の「アメリカンマザー」としてずっと私と家族関係を保ってきたジョーン。「難しい年ごろ」だった十代の私と怒鳴り合いの喧嘩をしたりもしましたが、彼女が86歳半にしてやはり色々医療的な問題を抱え始めました。大きな体とはじけるような勢いの言動が特徴的だった彼女の身長は今や私よりも十数センチ低くなり、会話も笑い声もおっとりして来ました。「あなたを私たちの人生に迎え入れることができて、本当によかった」と涙声の過去形で言われたときは、(私が頑張って彼女の余生を少しでもサポートしなければ)と思いました。

追い付こうと思いすらしない、私よりもずっと大きく見えた先輩や先生がた。コロナ禍で収入源も仕事も無くなり、数週間行方不明になったのち精神病院で発見された先輩の話しを聞いて、愕然としました。今回のパンデミックは舞台芸術で生活をしていた人々に大きな問題提示をしました。安泰と思われた教職を解雇された先生も居ます。救急隊員になった人も、消防士になった人も知っています。祖国に帰った人も、実家に転居した人も、学校に入りなおした人も、起業した人もいます。でも、様々な理由でそういう転換をできずに生活苦を抱えている人は、助けを求めにくいだろうという事に想いを馳せなければいけない、と思いました。音楽家は厳しい労働環境やプレッシャーに耐えることになれている、物凄い人材です。私は音楽の治癒効果の活用を謳う事で、こういう人材の社会起用も目指して、頑張ります。

そして何よりもの打撃だったのは、アフガニスタンからの米軍撤退を受けて「自分たちは何のために部下を死なせた?」と苦悶する退役軍人や政府や救済労働者の涙で赤くなった目を見た事です。大量虐殺の舞台で救済活動に当たっていた際に市民戦争に巻き込まれそうになった過去を持つ私の友人は、「アフガニスタンで必死に飛行機に乗ろうとする人々を観ていると、あの時の自分を思い出す」と話してくれました。私はずっと、外国の紛争や人権侵害問題などは、他人事だと思ってきました。アメリカ政府や国際機関やそういう志を持つボランティアたちが何とかしてくれるだろう、と呑気に思って、責任を持って情報を探す事すらしていなかった。でもそうじゃない、と思う様になりました。

アメリカ大統領だって、独裁政権や国際機関のトップだって、皆人の子です。どんなに権力や能力があっても、一人の人間には限界がある。一人の人間、一つの機関に、大問題の解決を求めるのは無理だし、人間社会はそういう風には出来ていない。

一人の痛みは皆の痛みだと思います。世界平均幸福度・健康度・安全度を少しでも理想に近づけることに尽力する責任が、私達一人一人にあると思います。

私は、東洋人の女性として、今まで自分はちっぽけで無力だと思って居ました。でも、そうじゃない。私にもしなければいけない事がある。果たさなければいけない責任がある。そして今の私は元気と自信があり、応援してくれている人々がいる。

決意を新たにした数日を経て帰ってきたら、野の君がお家をピカピカにお掃除して、冷蔵庫を食料でいっぱいにして、にこにこと私の帰りを楽しみに待っていてくれました。明日は野の君と二人で5時間運転して、これから4日間行われるルネッサンス・ウィークエンドに参加します。各界リーダーたちの会合。政治・テック・学界・芸術・メディア・宗教などなどのVIPたちが集まるという会合です。多いに学ばせて頂くつもりです。

旅先の写真の数々

2 thoughts on “明鏡日記9.1:行く旅、来る旅”

  1. お疲れ様です。

    感情を抑えた文章で事実が客観的に表されています。
    政治体制の入れ替えは、映画『ドクトル・ジバゴ』が鋭く描いています。
    ピアニストで脳科学者だから人々に伝える仕事は沢山あります。
    人は、時間の切り売りです。
    聡明な今だからこそ、できることを行ってください。

    小川久男

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