「A Symposium on AI and the Arts (AIとアーツについての協議会) BEYOND HUMAN?(人間超越?): From the Metaphysical to the Physical(概念論から物理まで)」という9時から16時までの一日イベントに参加しました。良い刺激を受け、学びとこれからの考察課題を沢山もらいました。
主催は南カリフォルニア大学(University of Southern California, 以下USC)。会場はUSCキャンパスにあるBovard Auditorium:1,235席あります。8時半の開場時にはすでに長蛇の列。学生さんらしき若い世代は半分くらいで、新卒20代から働き盛り世代、そしてかなりのご高齢者まで、年齢・人種にも多様性があります。参加費が無料だった上に登録者にはAIロボットが作るお昼がふるまわれるとの前宣伝も人気に繋がったとは思いますが、しかし月曜日の日中イベントにここまで人が集まるのはやはりこのトピックへの一般関心の高さを感じました。
「AIは分かるけれど、なぜ今アーツ?」
この題目を見てそう感じられる方もいらっしゃるかもしれません。AIとアーツが並べば、生成AIなどによって芸術関連の職業やアートの存在意義が脅かされるという内容しか想像できない方は世の中に多くいらっしゃるのでしょう。しかし一方、我々現代人は、歴史的前例がない、つまり今までの常識が通用しない未来に不安を感じています。人口増加・環境変動とそれに伴う自然災害の悪化と増加・エネルギー国際安全・世界各地での武装紛争と核兵器の脅威・人権問題・経済格差・サイバーセキュリティ―…私が昨日学んだ新しい言葉の一つが「Polycrisis(日本語では『ポリクライシス』または『複合危機』)」。世界経済フォーラム(WEF)が2023年1月の年次総会(ダボス会議)前に公表したグローバルリスク報告書で、この言葉がキーワードとして登場して以来、よく使われている言葉です。現在あるいは将来の複数のグローバルリスクが絡み合って複合的な影響や予測できない結果を生み出し、様々なリスクが連鎖して増幅することを意味します。更なる不安要素がいくつかあります。⓵個人の見識の狭さとバイアスの強さがSNSのアルゴリズムや誤報や偽情報などで助長されている。⓶言語や文化や宗教観や世界観の違いによるコミュニケーションギャップと社会的分断と対立。⓷実用性や社会への関連性が希薄になってしまった個々の専門業界や研究分野。そんな中、包括的・人間的なアプローチのできる芸術やAIの内蔵する可能性に希望を見出す動きが強くなってきているのです。
「なぜAIとアーツを並べるの?」「AIとアーツは別々に協議をするべき相反する・対立するものじゃ…?」
そうではないと明確化してくれたのが12人の講演者の一人、「地球上一番多くのロボットとダンスをした」ダンサー・振付家・ロボット研究家、スタンフォード大学のDr. Catie Cuanです。「これから我々の社会や日常生活は動く非生物、つまりロボットを多く迎え入れることになります。この時我々がこれ等ロボットに抱くのは警戒心か疎外感か、あるいは愛着や共感か。それによって未来の我々の幸福度や社会性が大きく影響されるのです。」こう言って講義を始めたDr. Cuanは社会的・日常的に受け入れられるロボットを作るための動作や仕草、つまり雰囲気や印象を形作る研究をしています。8時間ぶっ続けでロボットと踊り続け人間らしい動きを教え込んだり、ロボットのそれぞれの関節に違う楽器音のサンプルを埋め込み動きに合わせて好感度の高い和音を奏でさせたりと、彼女の研究は多様です。私が一番びっくりしたのは機械学習を使って「How to be lovable(どうすれば愛されるのか)」を探求するプロジェクトです。半数近い子供を含む毎日8000人以上の来館者がある未来博物館にロボットを置き、そのロボットの動作・仕草に対する反応や観覧者たち同士の会話のデータを集め、どうすれば好感度を高め、接触時間を長くできるかロボットに学習させるんです。
「AI≠Artificial Intelligence: AI=Aggregated Intelligence (AIは人工知能じゃない:AIは集大成知能だ!)」
こういったのはARやブロックチェインやNFTやImmersive Filmなどを使う芸術家、Nancy Cahillです。彼女によると、芸術家というのはすでにある素材の常識を超越した使い方を提示する。であるからして、AIを使った芸術はAIの可能性を高め・深め・広げる、ということです。
それに似たことを言ったのは、Harry Yeff(Reeps One)、物凄い声の魔術師です。ちょっと観て(聴いて)ください。
以下が上のHarry Yeff氏の主張の概要です。「人間は通常自分の持つ声の可能性の20%ほど使っていないとされています。自分は声域を広げて、声を媒体とするアーティストとして様々な活動してきました。AIを使えばよりその媒体の持つ可能性を大きく活用ができると気が付いたのは、チェス選手権の過去を持つからです。チェスの腕を上げる方法は色々あるのですが、自分は貧しい育ちなのでコンピューターを相手に練習をして強くなりました。AIを競争相手にしたんです。人間の弱さの一つに、一度成功をするとその成功した方法に囚われてしまうということがあります。が、AIにはその弱さがないーそしてAIを相手に練習すれば自分のその弱さから脱却できるんです。AIは我々の先生になりえるんです。その教訓を基に私は、AIに開拓した自分の声を全て教え込み、その上で更にAIに新しい可能性を開拓してもらってそのテクニックをAIから学びとる、という方法で更に自分の声の可能性を広げることができました。AIと協力することによって人間の常識や限界を超えることができるんです。」
AIと機械学習で人間の習性に沿ったデザイン→健康にも環境にもよい生活習慣(HBIという新分野)
Human-Building Interaction (HBI)という新しい分野の開拓者、Dr. Burçin Becerik-Gerberの講演も開眼でした。土木工学・環境工学・デザインを勉強し、現在USCのCenter for Intelligent Environments(CENTIENTS)の総長を務める女性です。人間の生活習慣や状態のデータを集め、それを使ってどのように個人や集団の習性やニーズ、そして環境保護やサステイナビリティーに最適なデザインをできるのか、研究しています。最近ではAIを使って建築物や家具を擬人化し、スマホやノートパソコンなどを通じて「もっと姿勢を良くした方が集中できますよ」「あなたは涼しい方が集中できる体質なので、そういう人のために空調の気温設定を下げてある部屋番号xxxxに移動することをお勧めします」などの勧告などの試みもしているそうです。(この時女性が勧告する方が、男性が勧告するよりも7割ほど受け入れられやすいとのデータも出ているそうです。)
下にCENTIENTSのプロモーションヴィデオでより詳しい説明があります。(英語ですが。)
建築物に動くイメージを投影させ、更にAIを使ってこの動くイメージ観覧者に反応するようにすることで建築物も都市の社会性へ参加させるのが「AIアーティスト」Rafik Anadolです。
また火薬とAIを使うアーティスト蔡 国強 (さい・こっきょう、ツァイ・グオチャン、Cai Guo-Qiang)は、その芸術観もさながらAIを使って同時通訳者の声を本人の者や口調にするという技術を披露し、そこにも喝采を受けていました。(この声音のAI技術はアーティストが開発したのではないようです。)
誰が何をAIに教えるべきなのか
AIをプログラムしている人の過半数が似たような人種(白人男性)であるために、AIにバイアスができている、というのはもう10年以上問題になっていることです。その問題を扱ったドキュメンタリーに例えばCoded Biasがあります。Coded Biasで問題になったのは主に人種的偏見(特に黒人差別)ですが、例えば環境保護と利益とどちらを優先させるか、と言ったようなジレンマでもAIのバイアスは比較的簡単に予測が付きます。資本主義・個人主義などを欧米式民主主義教育で受けてきた人たちがAIを訓練している可能性が強いからです。
Soraは簡単な文章を打ち込むと、それに基づく一分以下の動画を創り出す生成AIです。ChatGPTで話題沸騰中のOpenAIが去年打ち出したまだ一般公開されていないフィーチャーです。このSoraにCoded Biasと同じような黒人差別的バイアスがあると主張し、Soraを使った映像で証明したのがMinne Atairuというナイジェリア出身のアーティストでした。
AIにインプットされる世界観の平等化への試みとしては、例えばHarry Yeffは失われていく言語の録音や視覚化をプロジェクトとして手掛けていました。更に建築物に動くデザインを投影するアーティストRafik AnadolはAmazon原住民Yawanawa族と共同生活し、データ収集をし、それに基づいてAIアートをNFTに載せ、儲かった200万ドルで現地に、彼らの長年の希望であった学校などの設備を設立しました
更にすごかったのがAroussiak Gabrielian。人間中心の世界観のままでは環境破壊が進むという信念の基、植物や菌類の発するシグナルなどをAIを使って解読できないか、それをAIにインプットすることで人間以外の生物からよりよい共存の方法を学びとれないかと試みています。彼女の本業はデザイナーと建築。
フェミニスト新物質主義のレンズを通した、芸術ベースのリサーチを応用し、人間と非人間生物との絡み合いを研究し、地球への脅威の応対に一般的な科学技術を用いた環境変動への「対策」を疑問視し、もっと倫理的な道理を具体化できないか模索しています。私の仕事は想像力の勢いを用いて、地球上の生命体全てを我々の関係性を、我々の運命の主導体として再考察することです。
最後に蛇足かもしれませんが。9時から12時まで、そして13時から16時まで、トイレ休憩もなく次から次へと講義のある非常に濃いシンポジウムでした。が、12時か13時までの休憩中にTigawokというどんぶり屋さんが提供するお昼が無料で参加者全員に提供されました。うたい文句によると「Next Robot AI Cooking Robot」なるものが料理してくれる、ということ。午前中最後の講演の後トイレに行ってから列に並んだらざっと150人くらいがすでに行列をなしています。少なくともロボットシェフは手早くは無いようです。30分ほど結局列に並んで待った末、遂に見えてきたロボットは…
洗濯乾燥機の様なものがグルグルと回っていて、その中にチャーハンや、焼きそばや、炒め物などを人間が入れていきます。具材を足す作業も、足す順番もタイミングも、全て人間の手動です。勿論、これを大皿に盛り、更に小皿に分けてお客さんに渡すのも人間です。思わず聞いてしまいました。「AIは何をやっているのですか?」そしたら係の人がちょっとムッとした感じで「火加減と味付けです。」
( ̄∇ ̄;)ハッハッハ!それって一番人間にやってほしいことじゃ.ない?一番料理人の腕の見せ所じゃない?そこがAI?そして誰がやっても同じ具材や料理の出し入れや配膳が人間がやるの?しかも機械の数より人間の数の方がよっぽど多い…
そして気になるお味は…油がべちょべちょで、しょっぱかったです。
お昼ご飯はさておいて、非常に刺激の多い一日でした。USCとそして講演者の皆さん、どうもありがとう!