美声日記6.20:記憶の未来

「『The Future of the Past』という本を知っている?過去をどう理解するかと言うことの文化による相違を検証した本。面白いわよ。」

そういったのはコロンビア大学でジャーナリズムを教えながら9冊の小説、6つの小説、そして1つの戯曲の執筆歴を誇る物書き。戦争被害者や難民キャンプ在住者のインタビューを重ねながら、人権問題について一人称で書く彼女の小説には胸を揺さぶる説得力がある。

「記憶を頼りに未来へ向かう。人生は後ろ歩きなんだ。そして進行の過程で過去への視点が変わっていくという意味では、記憶の未来もまた未知なんだ。」

そんな返答をしたのは、音を物体として捉え、その物理的・文化的・感情的なインパクトを探求しながら視覚化する「ソニック・ペインティング」のモルティ・メディア・アーティスト

日課となった夕焼け鑑賞散歩会から帰って来て、もうねむねむの状態で黙って聞いたそんな会話。

毎晩の夕焼け鑑賞散歩コース

そういえばヴァージニア創造芸術センター(Virginia Center for the Creative Arts、以下VCCA)に来て11日目。残りあと4日半の滞在を何を目的にどう過ごしたいのか考えるためにも、ここまでの学びを振り返ってまとめてみます。

到着日6.9:「登場人物全員のそれぞれの視点から一人称で書いてみる」

私の住む米西海岸は、VCCAのある東海岸より3時間遅れの時差があります。前夜22時半の飛行機出発でVCCAに着いたのが翌朝8時半。そうしてやっとこさ到着した寝ぼけ眼この一日目だったのですが、夜の3人の小説家による朗読会ですでに感動の学びの嵐。

場面の掘り下げテクニック#1:一つの場面を色々な登場人物の視点から一人称で書いてみる(私は自分の教師やセクハラ親父や両親の視点から一人称で過去の出来事を書けるのか…?)

場面の掘り下げテクニック#2:複数一人称で書き始めた場面を徐々に一人称に落とし込み、インパクトを大きくする。(これを言ったのは、戦場での兵士体験を綴る退役軍人。いつ誰が死ぬか分からない状況を短編として綴っている。私の状況に当てはめると例えばこんな感じかな?As Asians girls, we were constantly mistaken for each other. The message was clear: to them, we were interchangeable. People often called me “Sue,” or “Yao,” and each time, I only smiled. Inside, I was mortified and infuriated at myself for reenforcing the stereotype. But I didn’t want my accent and grammatical mistakes to be my only identifier either. So, I remained silent. (私たち東洋人女子はみんな十把一絡げにされた。私は「ハーイ、スー」とか「ハロー、ヤオ」と声を掛けられ、その度に「どれが誰でも構わない」と言われている情けさを無視して微笑んだ。「ジャパニーズ・スマイル」のステレオタイプに加担している自分に憤りを感じながら、自分の英語の日本語なまりのみが自分のアイデンティティになるのが嫌で黙っていた。)

6/10:「入浴も彫刻も両方必要!」

時差解消とリズムづくりに、朝からワシワシキャンパスを歩き回ること4キロ。まだカリフォルニアから到着したばかりなのに加え、日本から帰ってきてから一週間目〰日本時間もまだ残っている。そして日本では執筆の時間が本当に無かった。とりあえずVCCA一日目のブログを書いて執筆ウォームアップ。そしてヨガ・参加者全員で一緒に食堂で食べる有色・その後VCCA主催の交流会。

パーティーで出会った中国系の彫刻家が面白いことを言っていた。「彫刻は道具と素材を揃えるだけでもお金も時間も労力もかかる。作品を保管する倉庫の賃貸も馬鹿にならない。肉体労働の様な作品過程もある。妻には『なんで製作し続けるのか』と聞かれる。でもその度に答えるんだ。『自分にとって彫刻はシャワーの様な物なんだ。時間が経つと自分がどんどん臭くなる。周りには分からなくても自分ではたまらないんだ。シャワーを浴びたくなるように、彫刻が作りたくて作りたくて…」

布・裁縫アーティストとも結構話し込む。「10年間、毎週一回作品をお互いに発表・論評しあう会をやっているの。もう有名なベテランアーティストも駆け出しのアーティストも居るけれど、みんなで正直にお互いを評しあうことでお互いを高めあってきていると思う。あなたのグループももう一年半?6人?そう、それは良かった。6人というのは完璧な数だと思うのよ。バランスもとれるし、でも多すぎて誰かが影に隠れてしまうこともないし。」

6/11:…悶々

苦しい。何をどう書けば良いか、全然分からない。文字通り暗中模索。時間だけ過ぎる。友人に電話してSOS。誘われるままに運転して来た参加者のドライブで近所の湖まで泳ぎに行く。詩人二人と作曲家と私。泳いで、甲羅干しして、色々お駄弁りする。シャワー、夕食、書こうとしたけどやっぱり書けず、就寝。

この湖でみんなで泳ぎました。

6/12:執筆下痢状態そして

朝3時に突如目が覚め、書かずにはおれない。暗闇の中を懐中電灯頼りにスタジオ向かい、そのまま執筆没頭。視点と方向性が定まった。12時間ほど没頭して執筆。昼食がスタジオに配達されるのが有難い。15時に突如放心状態。ボーっとピアノを弾いたりする。16時半からヨガ。18時から食堂で夕食。19時15分から詩人3人の朗読。

(もうちょっと書けるかな~)とスタジオに向かったら夕焼けを静かに見ている写真家がいる。「今日ははかどりましたか?」と聞いてくれたので「下痢の様に言葉が出てきました。」と言ったら笑われる。書くのは放棄して色々お喋りしながら一緒に夕焼け見ていたら虹が二重にかかる。励まされている気持ち。

6/13:夢中で執筆

6/14:執筆ー湖浴ーオープンスタジオ

写真家と彫刻家と布・裁縫アーティストがそれぞれの作業場で自分の作品の説明をしてくれるオープンスタジオでつくづく感心する。それぞれの世界観と魂が浮き彫りになっている。そして自分の作品に対する献身と執着が、「人間とは何か」「創造力とは何か」「個人と社会の接点は何か」とかそういった非常に根本的な質問を追求したくなるくらい世離れしている。一緒にご飯を食べているとごくごく普通な朗らかな一般人に見えるけど、内面にはこんな衝動と熱情を秘めているんだなあ。人間というのはすごい。

過去の滞在者の著作を集めた図書館がこれともう一つある。

夕食の後に私のアジア系アメリカ人の物書き6人グループの毎週恒例ズーム会をやる。このメンバーが応募を勧めてくれたお陰で私は今VCCAにいる。感謝をいっぱい表明する。

6/15:朝食中の凄い開眼ー

写真家が「沈黙と忍耐」というのがいかに「真実」を抽出するのに大切か…と言うことを話しているのを聴きながら頭の中で物凄いシフトが起こり、朝食中の皆に熱く語ってしまう。

私の手記は「Mermaid’s Soul(人魚の魂)」という題。声の代わりに人間の足(=性器)を手に入れた人魚に、圧政に喘ぐポーランド出身のショパン、そして産業に商品化され弱体化されたピアニストの私…という構図で始まり、この中で私がどうやって成長して自分の声を復活させるに至るかという手記。でもこの会話で思った。沈黙を余儀なくされた人々だからこそ見える真実や、訴えるべき主張がある。

6/16:漫画家との接点

夕食後、中国人漫画家とモルティメディアアーティストのプレゼンがある。漫画家は16歳の時に交換留学生プログラムで単身渡米し、そのまま居残って今では漫画家としてインスタフォロワーが1万5千人。ニューヨーカーやLAタイムズやワシントンポストなどにも発表する売れっ子。

この彼女。渡米したいと言い出した15歳の彼女に対し親が猛反対をする場面についてこんな事を言ったのだ。「AIに描かせたイラストでは出せないニュアンスを心がけています。例えば台詞だけ読むと父は頭ごなしに私の渡米に反対し、𠮟りつけているように読めます。でも彼の顔のラインの描き方一つで、彼がただ単に自分が中国しか知らない、娘の将来が心配でたまらない親だということを表現する事ができます。私も親との不仲や人種差別などそれなりに経験してきているつもりですが、一番思いやりを持った(compassionateな)視点から全ての人を描きたいと思っています」ここにすごく共感して感動した。

6/17:芸術家が十代で決断すること

昨晩プレゼンをした漫画家と話し込む。アメリカ生活が長いアジア人女性としての祖国の家族との距離感や関係性でお互い物凄く共感する点がある。そうして話している内に、そういえばここに来ている人たちの多くが16や17で祖国や家族から遠く離れる決断をしていることが明らかになってくる。

芸術家というのは、社会に於いて例外的で、いわば突然変異の様な存在だ。だから家族や社会に―特に若い時は―共感しにくいという違和感と鬱憤が、若くしての独り立ちに繋がるケースが多い理由だと思う。

6/18:私の発表

夕食後に、私の手記のオープニングであるヨーロッパデビューのシーンを皆の前で朗読する。今まではこれは私の手記の第一章だったのだけれど、VCCAに来て思いっきり手直しをし、言葉を沢山削って、これを序章にした。そしてシーンの後に4段落で、この本を何のために書き、何を成し遂げたいのかという説明を付けた。

シーンで私が弾くショパンの協奏曲2番をちょっとずつ弾きながら読み進めていると、色々語り合ってきた仲間たちが目を見開いて固唾を飲んで聞いてくれているのに励まされる。気心が知れてしまった仲なので欲目があるかもー客観性には欠けるかもしれない。でも彼らはそれぞれ芸術家や物書きとして、私が敬愛する同志たち。彼らが拍手喝采を送って質問を次々と投げかけて来てくれたことが、私には本当に本当に嬉しかった。

ここでプレゼンした。毎日ちょっとずつここで指鳴らしをしてます。いつの間にか聴いてる人がいる時も。

6/19:漫画家の最終日

VCCAの参加者は到着日と出発日がそれぞれバラバラで、常に最終日の人と新参者がいます。昨日は漫画家の最終日。夕食後みんなで夕焼け鑑賞お散歩に出かけました。

私は後3日半。でもだんだんと現実世界の仕事がスケジュール表やメールのインボックスで自己主張を始めています。VCCAで私は一つ大きな打開ができた、そして沢山の学びとインスピレーションを受けられた、と思っています。これをVCCAの後への成長と発展とつなげるために最後の3日半をどう過ごそうか。

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