美声日記7.25:書評『急に具合が悪くなる』

音楽とは何か―自問自答の堂々巡りに身を委ねていると、時々開眼への突破口が啓示されることがあります。

今回の突破口は哲学者・宮野真生子と医療人類学者・磯野真穂の往復書簡『急に具合が悪くなる』(晶文社、2019年)。読み始めたら引き込まれ、思わず一気に完読しました。
先々月カンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲得した濱口竜介監督の映画の原作です。アメリカでの公開は11月と言うことで私はまだ見ていませんが、映画では原作とは全く異なる設定の元ストーリーが創造されています。日本ではもう公開されているようですね。

往復書簡は磯野から学会登壇の誘いを受けた宮野が「乳がんの多発転移で急に具合が悪くなる可能性があるが、それでも登壇を引き受けてよいか」と打ち明けたことをきっかけに始まります。偶然・出会い・恋愛などを研究テーマにした哲学者の宮野と、摂食障害や終末ケアをテーマにする医療人類学者の磯野。40代の学者二人が、宮野が死に至るまでの3か月間に交わした書簡です。人生の不確定性と死の必然性、医療スタッフの人間性や代替医療や妖術の意義、死に行く末期患者と健常者の人間関係、出会いを縁に→縁を運命に昇華する時間の厚みなどが、時には学術的に、時には個人的に綴られています。文字通り命がけの真剣勝負です。

読み終えて本を置いたとき、世界がいつもより光り輝いて見えました。この本が出版されたこと、そして映画化でこれから世界に知られることに感謝しました。自分が同世代の人間、日本人女性、そして物書きとして同じくあがいていることが誇らしく思えました。何年も連絡を取っていない友人を何人も思い出し、切実に話しがしたいと思いました。

そしてこの本は「音楽とは何か」という私の永遠の問いに対する新しい糸口を啓示してもくれました。一番最後の手紙で死にゆく宮野は、偶然を必然に→必然を運命に変える一つのフォースとして精神医学者の木村敏を引用して「出来事としての時間」、すなわち単なるタイムを超越した『タイミング』と言います。わたしは音楽というのはタイムをタイミングに変える魔法ではないか、と思ったのです。

死までの距離にいくばくか相違があっても限りある命を一生懸命生きる同志

音楽万歳!文学万歳!

このブログは隔週で日刊サンに掲載中のコラム「ピアノの道」#182(8月2日出版)を基にしています。

1 thought on “美声日記7.25:書評『急に具合が悪くなる』”

  1. Yuko Yamaguchi

    私もこちらの原作を読みたいと思っていました!なので先に磯野さんにブログを拝読して圧倒的なまでの「言葉の力」に引き込まれています. 生と死の問題は全ての人々にとっての永遠の課題ですね. 先日帰天された山田五郎氏のYouTube チャンネルでの最後の講義「Memento Mori」も今から楽しみです!

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