「何時間くらい練習されているんですか?」…よく受ける質問です。
最近、私のSNSでこのテレビ番組が話題になっています。ピアノ版「ブラック・スワン」といった所でしょうか?予告編を載せます。
この番組中、主人公が涙ながらに「9歳の時から毎日3時間練習させられて...」と厳しい子供時代を振り返るシーンがあるそうです。このセリフが私のピアニスト仲間の間でSNS上ちょっとした物議を醸しているのです。
「え!?一日3時間...?全然足りないわよ!」「私は9歳の時は6時間やってた」「私は9時間」
えええええ~~~~!!??? み、みんな~~~~!!!????
だって学校があったでしょ?ご飯も食べたでしょ?眠ったでしょ?遊ばなかったの?日記とか書かなかった?
私は9歳の頃「秘密劇団」というのを創立して、三年一組の有志を集め、Yちゃんと一緒に書いた台本を自作自演する事に夢中でした。筋は忘れてしまったけれど、魔法使いの呪文を「チンカラホイ」にするか「チンカラプイ」にするかで皆で議論をしたとか、そんなことを覚えています。放課後、市役所の前の広場で大きな声でリハーサルしたりしていました。リハーサルの為に塾をさぼる子が出てPTAで問題になったとかそんな話しを聞いたような気もします。その頃のピアノの練習は目安として一日二時間とか、そんな決め事が在ったような気がします。でも母の目を盗んで楽譜立てに本を立て、読みながらいつまでもスケールを弾くとか、暗譜した曲をループで弾くとか、そんなことをやっていました。毎日日記をつけて提出すると、佐藤先生が私の本文よりも長いお返事を赤ペンでくれるのが嬉しかった。縦笛も逆上がりも練習したし、放課後は母や妹とサイクリングに行ったり、週末は家族四人で多摩川にボートを漕ぎに行ったりしました。
一番本気で練習したのは、20代の後半です。舞台恐怖症になり、練習量を増やす事くらいしか恐怖に立ち向かう方法を思いつかなくなったのです。皮肉な事に、私は舞台恐怖症最盛期に、演奏の機会を一番多くもらっていました。自分にはっぱをかけるために、ピアノから立ち上がる時間を全て「トイレ」とか「水飲み」とかノートに分刻みで書き入れました。だから知っています。私は朝から晩まで練習しても、最高記録は6時間42分くらいです。その頃の私は自分の住居にピアノが無く、学校の練習室まで片道約40分かけて行かなくてはいけなかったとか、学校は8時から22時までしか開いていなかったとか、練習のために一日3度の食事をスキップした事はないとか、色々な微細の条件はありますが、まあそんなもんです。
私自身の経験から勘ぐるに、練習時間を多めに云う人も少なめに云う人も、少~し誇張があると思います。
練習量の多さを誇るピアニストーリスト!
リストのご近所はこんな文句の言葉を残しています。「曲を弾くでもなし、即興をするでもなし、何時間でも両手で同じ音を繰り返し弾きつづけるんだ…」自分の生徒にはこんな指示を出しています。「数か月の間、毎日最低3時間、色々な調性のスケールで音質や強弱やスタッカートや連打でオクターブを弾きつづけるんだ。」自分だって、退屈をしのぐために本を読みながらこういう練習をしているんだから、と生徒を励ましたそうです。
...ちょっと待って...?
どんなに近所だったとしても往復いくらかの時間をかけて生徒の家でレッスン。その上作曲も演奏も社交もし、更に毎日4~5時間オクターブの練習?リストにはちょっとほら吹きの傾向が在ったことは、彼のこんな回想に分かると思います。「毎日沢山の生徒の家を回ってレッスンをしている。食事は訪問する家と家の間を歩きながら口にするんだ。朝出発して夜遅く最後のレッスンを終えて帰ってくる頃には母が作っておいてくれた夕食が腐っている。」…半日で食事って腐りましたっけ?
この「長時間練習マラソン自慢」が工業革命の影響だったという私の主張は、リストと同世代のピアニストの例を二つ上げることで納得してください。ヘンゼルトは10時間、音の出ないピアノに向かって聖書を読みながらバッハを練習したと言われています。毎日16時間練習したと言っているドライショックというピアニストもいます。16時間ピアノの練習を毎日続けたら健康に良くないと思います。そして16時間はトイレ休憩を計算していないと思います。
練習量の少なさを誇るピアニストーショパンとクララ・シューマン。
「自分は全然練習しないのに、何か弾けてしまうんですよ...。カッカッカ!!」
ショパンは自分の生徒に「3時間以上練習してもぼーっとするだけだ」と効率の良い練習を勧めています。自身もその半生は肺結核を患っていましたし、貴族のレッスン・サロン社交・そしてジョルジュ・サンドとの関係など、色々忙しそうです。大体この時代の人は手紙や日記を書くだけでも一日に数時間は書けていると思います。彼らの日常や感情・思考の記録があるのは後世の人間としては嬉しい事ですが、こういう計算をするときは、それも計算に入れなくてはいけません。
クララ・シューマンは伝説的な天才少女でした。彼女を天才少女にするべく多大な努力と工夫をした彼女の父、フリードリヒ・ヴィークは「良いピアニストになるためには知性・肉体・感性のバランスが必要」と言う信念に基づき、ピアノの練習は3時間以内と決めていました。その代わりどんな天候でも必ず一日一度は外での早歩きを義務付け、作曲や語学を勉強させ、劇やオペラや美術館に連れていき、そして早くから演奏旅行をさせていました。(学校は「時間が勿体ない」と通わせていませんでした。)しかし、いくらクララ・シューマンが天才少女だったとしても、彼女の曲数から言うと、時には3時間以上練習する日が在ったのでは?と疑わってしまいます。ピアノ曲は短い物でも弾き通すだけで5分、数楽章あるソナタや協奏曲などになると12分から時には30分以上かかります。
皆色々な理由から色々な事を言うけれど、一日24時間は皆平等です。あんまりピアノばかり練習しているのは、人生勿体ないと思います。
お疲れ様です。
ピアニストは、ド根性が命とは知りませんでした。
ステートアマの長距離ランナーでしたから過酷な練習は当然でした。
質より量、栄光への代償でした。
小川久男
小川さんはマラソンランナーでいらしたのですね。
時間は一番大事な財産ーどうやって使うかで人生が決まりますね。
真希子