• 今日は体力温存の日。 明日はいよいよみなとみらいです! 美しいホール、良く鳴る音響、そして完璧に調整されたピアノで 聴衆の方々と再会できるのは、本当に音楽人生冥利に尽きます。 私の演奏会は今年で16年目になりますが、 16年前から毎年欠かさず来てくださっている方々もおられます。 例えば私が小三の時に担当してくださった恩師のS先生。 幼少の頃、私の最初の先生をご紹介してくださったBおじさんとその奥様のNおばさん。 修士時代のクラスメートで現在は大活躍、音楽ジャーナリストのKさん。 そして久しぶりに来てくださる事が分かっているN校長先生。 音楽同志のKちゃん。 さらに今年は初めていらしてくださる方々も沢山いらっしゃいます。 色々なご縁で普段はあまりクラシックにお馴染みで無い方々も今年は多くいらっしゃいます。 皆さまに、心からくつろいで、楽しんで頂くためには、 どのような演奏で共感を促し、音楽を通じた会場の連帯感を強め、 そしてどのようなトークで演目を弾き進めていけば良いのか。 皿洗いをしながら、論文のリサーチ用読書をしながら、 ご飯を食べながら、イギリスのEU離脱のニュースに驚きながら、 頭の後ろはいつも明日の演奏会の事を考えている自分が居ます。 ワクワク。 音楽人生万歳!

  • 親しくさせて頂いた人生の先輩が亡くなりました。 とっても面白い人で、いつも私を笑わせてくれました。 奥様と、NYの素敵なアパートでパーティーを良く開いてくださり、 (19世紀のサロンと言うのはこう言う物だったのでは?)と思わせるような 色々な分野の面白い方々を沢山ご招待されて皆が楽しく意見交換を出来る、 本当に触発される会に良く私も加えてくださいました。 「パーティーに何をお持ちしたらよいですか?今から買い物に寄ってから伺います」 と、メールをすると、 「それでは金の延べ棒が欲しいです。スーパーにあったら買って来てください」 と返してきた思い出は、今でも思い出し笑いしてしまいます。 若くしてアメリカに渡られ、 エンジニアとしての技術を活かされてビジネス界で大成功を遂げたのち、 若くしてそれを売られて芸術に没頭され、絵画や彫刻などに精進されました。 その姿は私の様に子供の頃から音楽の道を進んできたものの襟を正さすような、 インスピレーションがあり、色々私は触発されました。 私の人生の色々に本当に親身になって一喜一憂してくださり、 一生懸命私の話しを聞いてくれ、私よりも一生懸命私のためにお考え下さり、 私が忘れたころに「次はこうしたら?」と人生相談のリンクを送って来てくださったり、 本当に人生や、友好を、愛でて生きられた方でした。 私が菜食主義だった頃、私の演奏会に来てくださって、 演奏直後でお腹が空いていたた私のために 特別に手作りでスープも昆布だしの「菜食ラーメン」を作ってくださった。 演奏後にホッとしました。 若輩者の私に、本当に腹を割ってご自分の考えや人生観をお聞かせくださり、 そして腹を割って私と対話をしてくださいました。 私には親戚のおじさんの様な、心の拠り所、勇気をくれる人、大事な友人でした。 昨日は三鷹にある和風工芸品のギャラリー「静」さんで演奏だったのです。 自分の気持ちの中で追悼演奏にしようと思っていたのですが、 もう何年も「静」で私の事を聞いてくださっている方々にはやはり聞いて頂きたくて、 アンコールの時に和夫さんのお話しをしました。 そしたら、弾きながら涙が出てしまいました。 ラフマニノフの「哀歌」を弾いたら本当に涙と鼻水が出て、 鼻水がすすり切れなくて、どうしようかと思いました。 そういう私の姿を見たら、和夫さんはきっと大笑いをしたと思います。

  • 日本に帰ってくると嬉しい事は色々ある。 美味しいごはん、CMに大笑いすること、家族との時間、アイディア商品の奇抜さ… そういう事に加えて、私は本の虫なので、日本語の本を乱読するのが楽しい。 私のために母が図書館から推薦図書をわんさか借りてきてくれている。 「図書館で借りて読んで、これは良いと思ったので」と買っておいてくれて ピアノの上にそっと置いてある本もある。 お母さん、ありがとう! 父は、この前私が築地玉ずしでの会合にお味噌で参加させていただくことを知ると 「お!玉ずしに行くのか…」と自分の愛蔵書から 「築地玉ず90年~暖簾4代の物語」と言う本を貸してくれた。 1924年に創始のお寿司屋さんが東京大地震、世界大戦、高度経済成長、 そしてバブル崩壊をそれぞれどのように切り抜けて今に至るかと言うのを書いた本。 面白くて武蔵小杉から築地に行く電車約45分の間に熱中して大半読んでしまった。 この本を水戸黄門の印籠の様に自己紹介の直後に披露して 「勉強家ですね~」とちょっとポイントアップした。 お父さん、ありがとう! アメリカにずっと居て、帰国して来て日本語の本を読むのは、 野菜不足が続いた後に食べるサラダを食べているような感じである。 いつまでもいつまでも面白い!いつまでもいつまでももっともっと読みたい! 不思議な事に日本語の本を読むと、英語の本が読みやすくなる気がする。 私は今年アメリカ27年目の日本人としては珍しく、日本語の方が微妙に楽。 英語は今、学術本や学術論文ばかり読んでいるせいもあって、 日本語を読むよりも4倍くらい時間がかかってしまう。 ところが、日本語で楽しく読書をした後は「読む姿勢」が改善しているのかも知れない。 『食べるように読む』と言う感じが英語の読書にもそのまま反映する感じ。 言葉を読む、と言うより、知識を吸収する、と言った感じ。 私は二か国語しか喋れないが、9か国語とかしゃべる友人はどうなのだろう? 今度聞いてみよう。 一つの事に夢中になると、他の事にも夢中が移る。 さあ、練習も頑張るぞ! 今日は本番! 19時半開演! 千葉は稲毛のジャズSpot「Candy」! こちらです。http://blog.livedoor.jp/jazzspotcandy/

  • やるべき事、と言うのは沢山ある。 片手練習、ゆっくり練習、弾かずに楽譜を勉強する、 ハーモニー・リズム・メロディーと要素を独立させ弾いて視点を新しくする、 声に出して歌ってみる練習、メロディーに台詞・曲に場面や物語を付けてみる練習、 他の人の録音を聴いてみる勉強法、などなど、などなど。 その中で自分が好んでやる練習とそうでないものがある。 一番後回しになってしまう、一番気が進まないのが、 今日私がやることに決めている、自分の録音を聴いてやる反省会である。 録音した自分の声に物凄く違和感を覚える方は多いだろう。 録音した自分の演奏、録画された自分の演奏姿と言うのは、まさにその違和感! しかも反省点が多すぎて(穴があったら…)状態になる危険性をはらんでいる。 しかし、本当に効果的な勉強法である事も確かで、私は今日はそれをやる! そういう事を一般公開してしまうのは、プロ意識に欠ける! …と思われる方もいらっしゃるかも知れない。 でも私は、自分の成長の過程もシェアする事で、 そういう事に興味がおありになることのお役に少しでもたてば、 そしてクラシック音楽への興味を持つ方が一人でも増えれば本望です。 今日聴くのは5月7日にヒューストンでやった独奏会。 21日(千葉は稲毛のジャズSpot「Candy」さん)、22日(三鷹のギャラリー「静」さん) そして25日にみなとみらいで弾かせていただく演目{『クラシック』って何⁉」。 「キラキラ星」変奏曲 1.テンポにばらつきがある。微妙に走るところがある。これは細かい音をはっきりと弾く事に集中して近視的になって全体像を見失うときにおこるんだと思う。常に歌心を忘れずに。 2.もっと12の変奏曲をまとめる構築をしっかり意識したい。短調の変奏曲をターニングポイントにするのか否か、最終変奏曲を始まった瞬間から「フィナーレ!」と言う雰囲気を持たせるためにはそこまでにどうやって持って来ていれば良いのか、変奏曲から変奏曲へ移行する時のタイミング、テンポの変化(あるいは一貫性)。そう言ったものを意思を意識でもってきちんと音楽的に決断しておく。 シューベルト「楽興の時」2番 1.フレーズの「問いかけ」と「応答」の関係がはっきりしなかったりする。フレーズと次のフレーズへのタイミングや音色の関係を、もっと全体的な方向性をはっきりと意識することで自然と明確にする。変ホ長調がヘ短調に移行する時もっと魔法のように不思議な感覚を。それで次に変ホ長調が嬰ヘ短調に変わる時の劇的さが更に強調されるはず。 2.長~く引っ張る和音の中にもちゃんとしっかりとした脈を持たせる。 シューベルト「楽興の時」3番。 音色の変化で際立たせるべき微妙な音楽的変化を表面的にタイミングでやろうとしている。基本的にこれは淡々と左手でもっと流れてかなければいけない。そして音色で表情を付ける。左手の「♪うんちゃ、うんちゃ♪」を表情豊かに淡々と弾く練習をメトロノームとして見よう。 ベートーヴェン「悲愴」一楽章。 ほぼ全てはタイミングで決まる!例えば「ここは粘るぞ」と決めたところで、最後の一瞬の粘りが足りない(すでに次のフレーズの事を頭で考えているのが原因)。それから勢いで弾いている時でも、どんなに速くても一音一音全てを意識しなくてはダメ(例えばオープニングの一番最後の半音階スケール)。連続音が続くところでは周りでどんなメロディーが歌い上げようが、どんな和声が意外な展開をしようが、連続音は時計の様に正確に刻むことに徹する。それで「非情」な感じが「悲愴」さを盛り立てる。 ベートーヴェン「悲愴」2楽章 誰がなぜ歌っているのか。それぞれのメロディーの性格をはっきりと決め、それに徹する。音域が違うさまざまなメロディーを全て弾き分ける。 ベートーヴェン「悲愴」3楽章。 もっとペダルをストイックに、隠し味のように使い、古典的に弾く。この楽章は控えめに弾いて「悲愴さ」をより盛り上げる。装飾音の最後の一音まで美しく転がす。 ベルグ「ピアノソナタ」 細かい音をもっとサラリとさりげなく弾く事で、全体像をもっとはっきりと出す。一々細かい事一つ一つに重要性を持たせ過ぎない。声部毎の練習とか、和音毎の練習とか、小節毎の練習とか、モティーフを一つ一つ意識して強調しながら弾く練習とか、分析しながら細かい練習でつめていく。

  • 昨日、成田に到着しました! 日本は美しいです! ラーメン屋さんのサインも、沢山の洗濯物が翻るマンションのベランダの数々も、 うっそうと茂る初夏の山々と、それに負けじと広がる住宅地も、皆美しい! そして、江戸川、多摩川と超えて実家に帰ってくる電車もうれしい! 郷愁、ですね。 さて、本当にお陰様で私の日本での演奏活動ももう16年目になります。 これは、本当に沢山の方々の心からのご支援とご協力に恵まれて初めて可能になったことで、 感謝しきれません。 私は南米、北米、ヨーロッパと色々演奏して回りましたが、 やはり日本での演奏は知り合いの方々が多くいらしてくださいますし、 色々なお心遣いを頂く事も多いです。 そんな中で一番うれしいのは...実は物では無いのです。 これはきれいごとではなく、本音です。 演奏会にいらしていただくと言う事は、 電車に乗って来ていただいて、演奏前か後、 あるいは両方に外食をしていただくことになり、 どうしても半日以上のイベントになってしまいます。 それにチケット代もある。 それでも来ていただける、しかも中にはほぼ毎年来てくださっている方々には 出来るだけ良い一日にしていただきたい。 私にお花やお菓子を持って来ていただくよりも、 お洒落なカフェでちょっとお茶をして来ていただきたい。 あるいは、普段滅多に会えない人と誘い合わせて、 素敵なお散歩やウィンドウ―ショッピングを楽しんでから来ていただきたい。 そして「楽しかった!来年も来たい!」と思っていただければ本望です。 私も皆さまと会場で音楽を共有し、演奏後にご挨拶するのを 毎年本当に楽しみにしています。