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昨日は横須賀ゆかりのピアニストグループが毎年恒例で開催するピアノ・フェスティバル 『スカぴあ』5周年目の音楽会が、おかげさまで大盛況のうちに終了いたしました。 今年は特に5周年目と言うことで、いろいろな仕掛けがありました。 サプライズ・ゲストで、横須賀ご出身でイタリアでご活躍のオペラ歌手、 バリトンの宮本史利(みやもと・ふみとし)さんに2台8手の伴奏で 「オーソレミオ」を歌っていただいたり、 休憩中にロビーにて、ハープ演奏(奈良文化センターより、小林秀吏さん)や 鴨井山口屋さんの非常においしい和菓子の販売があったり、 すべてが非常に好評で、準備に駆け回ってくれたスカぴあリーダーの久美ちゃんも 大満足の様子でした。 そして何よりも大きな仕掛けだったのが、こちら! この写真は本番前のリハーサル中の試運転中で、 実際にスクリーンに鍵盤を上から映し出したのは、連弾の部です。 ピアニストが二人、三人、四人、と増えていく中、 手が交差したり、非常に近い場所で弾いたり、 また同じメロディーを変わりばんこで違う音域で弾いたりする様が 視覚的に確認でき、私たちも舞台そでで見ていて、思った以上の効果に歓声をあげました。 モニター技術・録音を担当してくださった奥村浩一先生、ありがとうございました! そしてスカぴあ名物の振り付け入りの一台8手。 今年はラヴィニャックと言う作曲家のギャロップ・マーチ。 最後はみんなで「ハ!」と言いながらポーズを決めました。 このポーズです! 楽しかった!来年は7月を予定しています。楽しみです。
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「まきちゃん、これ凄い!スカぴあでもやるから見といて!」 とスカぴあリーダーのくみちゃんに言われて見ている、このYouTube. 楽しそう! そして私が一番感銘を受けているのは、 このエジプトで収録されたヴィデオに出演している3人の日本人女性はだれ!? 特にこのヴィデオ中央で踊ったりしている、髪の長い、ノリの良い日本人女性は誰?? なぜ、3人のアジア人がすべて日本人女性!? なぜ、日本人女性は世界の意外な場所でいつも神出鬼没? う~ん、音楽は世界の共通語! みんなではもれば、世界は平和! 音楽は「音が楽しい」と書きます! 人と言う字は、二人の人間がお互いに寄り添って支えあう象形文字!! 人間は「人の間」と書きます!!!!! 音楽、万歳!!
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昨日はスカぴあのリハーサルのために京急で北久里浜に行く際、 篠田節子の「沈黙の画布」の最後の盛り上がりにはまりまくって 二駅も乗り過ごしてしまった。(くみちゃん、ごめんね)。 この小説はすごい! 昨日のブログにもちょっと書いたけれどもう一度、私なりのあらすじを。 死後、急に小さなきっかけを元にメディアの脚光を浴び始めた新潟の田舎の郷土画家。 元美術雑誌の編集者だった主人公は、その過去の自負を捨てきれず、 その画家の画集制作に一念発起する。 同時にこの画家を支えてきた地元の有力者たちは この郷土画家の名を知らしめることによってこの地の知名度、 自分たちの所有する絵の価値、さらには自分たちの過去の画家支援の正当化を願う。 そこに、この画家を非常な苦労をして支えてきた妻、 さらにこの画家のインスピレーションだったのかもしれない不倫相手、 得体の知れない風呂敷画商、などのさまざまな思いが入り混じって、 この画家の作品と人生に自分の人生観、芸術観、人生観、結婚、 さらには物の真の価値に対する市場につけられる値段、などへの考察を投影する。 すごい! 沢山いる登場人物のすべてが 複雑なストーリー展開に連れてみんな以外な一面を次々に表わしてくる。 面白い… 今の自分にはここまでのものは(まだ)書けないぞ… 脱帽! 全然関係ないけど、スカぴあのYouTubeヴィデオを張り付けておきます。 今週日曜日の14時半開演! 横須賀ベイサイドポケット! チケット、まだあります! 今日も一日リハーサルと打ち合わせ!
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私は、自慢では無いが、日本語の読書スピードが早い。 (英語はそれよりずっと遅いし、日本語はそのスピードが故に読み落としていることが多いと思う) 今年の芥川賞を受賞した「火花」は一日で読んでしまった。 まずその本の薄さにびっくりし、 次に一人称の視点から書かれた私小説タイプの小説なのに (やっぱりその方が特に今の文字離れが進んだ読者には受けるのかな)と思った。 これが芥川賞か...私が書いたら、取れるかな? マイナーお笑い芸人のキャリアを叩き上げのところから引退まで、 主にその師匠との関係を語ることで追う、と言う小説。 芸人としての苦労にはある程度感銘を受けたが、 その自虐的な笑いの取り方にはちょっとびっくり。 途中で結構感銘を受けたところもあるのだが、 最後の「おち(❓)」にかなり引いた。 一番感銘を受けたところは32ページ目にある神谷さんの指摘。 「平凡かどうかだけで判断すると、非凡アピール大会に成り下がってしまわへんか?ほんで、反対に新しいものを端から否定すると、技術アピールに成り下がってしまわへんか?本で、両方を上手く混ぜてるものだけをよしとするとバランス大会に成り下がってしまわへんか?」 ここで、(おお、伝統芸術―クラシックを含む―の難しさを上手くついている!)と、 とても嬉しくなった。 しかし、そこからは本当に私には憐れみだけが強調されているような、 いたたまれないような、共感がしにくいストーリーと登場人物の発展で、 後味がかなり悪く、 テレビで筆者がコマーシャルで 「あほが書いたあほな小説」とプロモーション(?)してるのを見たときには 「やめて~!!」と思った。 火花に前後して今年直木賞を受賞した「サラバ!」を読んだ。 (これは一週間くらいかけた) 私が私小説を書いたら(書ける、とは言っていない…まだ) 「火花」よりは「サラバ!」の方に近くなると思う。 しかし、彼女の文体、ストーリー展開、そして登場人物に平凡と極端が入り混じることなど、 この小説に登場するジョン・アーヴィングにすごく似ているように感じる。 John Irvingは私が一時かなり読んだ小説家で、 特にその「A Prayer for Owen Meany」はすごく良いと思う。 でも、日本語に非常に訳しにくい文体で、日本語でどれだけ読まれているか、私には疑問。 沢山の作品が映画化されているけれど、 でも「サラバ!」の作者は絶対John Irvingを読んでいる、と確信している。 英語で読んだのかな? 一冊だけ読んで、この作者についてどうこう言うのは申し訳ない、 もっと読もう、と思わさせてくれる。 今、読書中なのは篠田節子の「沈黙の画布」。 面白い。 面白いから、今かなり唯一に近い読書タイムである電車移動時間が待ち遠しい。 田舎の男性画家が死後、さまざまないきさつから脚光を浴びるにいたり、 その生涯も明るみに出て、 その作品と共にいろいろな人の考察と自己反省、 さらに芸術とは、芸術家とは、何かと言う問いかけのきっかけになると言う小説。 最後に、昨日「いつやるの?今でしょ!」と題された、 林修のレクチャーを聴きに行く機会が昨日あった。 彼のジョークは日本に一年約一か月の滞在しかしない私には理解できない、 日本固有なローカルなものが多く、(例えば芸能人や芸能界の話題、など) その彼のトークだけで関内ホール大ホールが90パーセント埋まる、と言う事実に…
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時間が限りあるものだと言うことは、大人になればなるほど実感する。 練習時間も、大人になればなるほど限られてくる。 責任の増加、行動範囲の広がり、やりたい事の明確化… そのすべてが(もっと時間があったら!)と、時々私たちに思わせてしまう。 でも、同時に限りある時間だからありがたみが出てくる、と言うこともある。 聞いた話しだが、 死刑囚と、終身刑囚では、死刑囚の方が更生したり、宗教に開眼したり、本を書いたり、 充実した時間を送る可能性が高いそうだ。 どれだけ時間があるか、では無い。 ある時間をどう使うか、なのだ。 全く同じことが練習時間についても言える。 若いころは練習だけしていれば良かった。 でも大人になってくると、自分の生活のための諸々だけでなく、 演奏会の企画・運営も多くが演奏者自身にかかってきたり、 また社会人として、音楽とは関係の無い責任や周囲からの期待も増えてくる。 そんな中、10分でも有効利用して、質の高い練習ができるかどうかが 演奏家の存命にかかっているのだと思う。 今週はほぼ毎日、スカぴあのリハーサル! しかし、私の日本滞在日数もカウント・ダウンが始まって、 その為の諸々や、アメリカに帰ってからの諸々もまた、 私の「やることリスト」を長くしている。 落ち着いて、一つ一つ片づけて、 そして細かい時間にも感謝して、できることを積極的にする! がんばるぞ!
