オケのコンサートに乗る日

独奏のコンサートと違って、オケのコンサートに乗る日は緊張感が少ない。 その代り、ソロの練習や、論文執筆、そして生活のペースダウンをしないで いかに演奏をこなすか、と言うことが重要事項になってくる。 今日は朝は6時起き。 夜の本番はシーズンオープニングのギャラなので、 後でオケ付きのドーナー(寄付してくださる方々)をお招きするパーティーのイベントにも出席。 その時を見込んで朝の身支度はいつもより入念に。 そして朝食を取ったあと、8時過ぎに学校の練習室に入り、練習開始。 9時半まで練習して(11月の現代曲リサイタルの譜読み) 10時開始のオケのリハーサルに向けて、出発。 会場には10分前には入ったのですが、すでに奏者はほとんど全員着席状態。 素早くハーモニアムのチェックや、最終の打ち合わせを行い (音量の微調整をするために、ふたの開け閉めを担当するアシスタントがそばに座ることに) 10時ぴったりにリハーサルが始まります。 11時には私の乗る曲はリハーサル終了。 昼食は外で食べることにします。 どんなに小さな本番でも、やっぱり本番の日はいつもより多めに食べます。 『古き良きアメリカ』風の「House of Pies」と言うライス大学の学生を始め、 この地域一帯に愛されている24時間営業のお店でポーチドエッグとトーストとポテトの朝食セット。 すごいボリュームです。 食べながら、することのリストを作ります。 書くべきメール、整理するべき郵便物、払うべき請求書、スケジュールするべきレッスン… 図書館でも、楽譜を借りたり、録音を聴いたり、することのリストはどんどん長くなっていきます。 お腹とリストが一杯になったらお家に帰って、一つづつリストの項目をチェックオフ! 一段落したら、学校に行ってもうちょっと練習して、 その後入念におしゃれをして、5時に開演に余裕を持って着くべく4時には出よう! 5時開演、7時終演。 終演後は近くのカントリークラブでのギャラに出席です。 今日は幸い、気持ちの良い快晴です! それにしても面白いのは こういうスケジュールだから見える、色々な奏者の、化粧を落とした素顔。 今夜ばっちりお化粧することを見込んでか、 今日の朝のリハーサルは皆ほとんどすっぴん。 自分があまり化粧をしないため、私は男性のように誰がどのような化粧をしているか、疎い。 ところが、すっぴんを見て初めて 「あの美しい女優のような顔は要するに、ものすごいアイメークだったのですね! もしかして、付けまつげ+マスカラ+アイシャドー+アイライナーなど、などですか!?」 みたいな。 皆、素顔もきれいなのに。 それによく見ると、ちょっと怖そうな印象だった人が、意外とあどけない顔だったり。 何だかちょっと家族になったみたいで嬉しい。 すっぴんも良いものです。

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今週末はハーモニアム!

今週末はこのオケ曲のハーモニアムパート担当です。 https://youtu.be/wmMpbGdrivA ハーモニアムと言うのはペダルオルガンの事です。 アコーディオンとパイプオルガンの中間と思ってください。 小学校の教室に置いてあるペダルオルガンの豪華版です。 ストラウス、マーラーなど19世紀末、20世紀初頭の作曲家は好んで使います。 昔はペダルで空気を楽器に送り込み、それで音量を調節することもできたのですが、 今は大抵のハーモニアムは電気で空気を送り込んでいるため 微妙な音量のコントロールはしにくくなりました。 奏者の運動量は減りますが。 膝を開いたり閉じたりすることでコントロールする「ニー(Knee)ペダル」があり 右のニーペダルは音量、左のニーペダルはオクターブを足したり引いたりするのに使いますが、 私が今回弾いているハーモニアムは右のニーペダルが馬鹿になっています。 ピアノに比べると、実に非音楽的な鍵盤楽器だ… でも、オケと弾くのは楽しいです。 ソロでも、オケの一パートでも、息と気持ちを一つにしてハモると言うのは音楽人生の醍醐味。 今回一緒に弾くオケはヒューストンでも重鎮。 今年10周年記念を迎えるリヴァ―オークス室内楽団。 http://rocohouston.org/ このオケはユニークな理想を掲げた演奏活動を行っており、 その為に色々表彰されたり、メディアで取り上げられたりもしています。 例えば、聴衆との距離を縮めるため、 毎回演奏会の度に抽選で四名の人が最初の曲だけ、壇上でオケ奏者に交じって聞きます。 それから、地域のボーイスカウトや、日曜学校など、子供のためのグループを招待して、 演奏会全部ではなく、2曲くらい20分だけホールで聴く「演奏会初体験」もやります。 子供たちの入場は会場全体にアナウンスされ、 壇上の奏者も聴衆も一緒になって拍手で迎えます。 また、健康上の理由から会場に足を運べないご高齢の方々のために 地域の介護施設と提携して、演奏会の録画がダウンロードで観れるようになっています。 また奏者同志の関係も良くするためにも、色々な試みがされています。 例えば、午前と午後のリハーサルの間の一時間に豪華のお昼がケータリングされます。 皆、テーブルクロスのかかったテーブルで座ってお昼をいただきながら歓談します。 それから一つのプログラムのリハーサル・演奏中に必ず一回は 誰かのお家でピザパーティーが開かれます。 オケの鍵盤パートと言うのはあまり多くありません。 だからいつもエキストラ状態なのですが、 それでも私がリハーサルのために会場入りすると、 色々な人が笑顔で手を振って、迎えてくれます。 仲間、そして同志です。 さあ、リハーサルに行く準備をするぞ! 行ってまいります。

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教える日

木曜日は朝から教えている。 幼稚園から高校3年までエレヴェーター式のある国際学校でピアノのレッスンをするのだ。 すごい経歴の知り合いのピアニストは その性転換手術を伴う人生の紆余曲折の中、 一時演奏の機会をかなり失った時期があった。 「私は幼稚園児を教えるためにジュリアードに行ったのか? レパートリーに持っている100幾つの協奏曲を誰も一つも欲しがらない」 と号泣されたことがあった。 もう10年以上昔になるが。 まあ、そういう風にも考えられる。 でも、私、実は結構楽しいのである。 ト音記号の書き方から道化の朝の歌を弾きこなすまで、 プライヴェートの生徒さんを含めると私の生徒のレヴェルは本当にまちまちだが、 その一人ひとりがすごく個性的。 そしてそれぞれの個性に合わせてピアノの技術や音楽への心構えなどを伝授しようと工夫する 自分の言葉や言い回しに昔自分が先生におっしゃっていただいたことを思い出したり、 新しい考え方の発見をしたり。 歴史上、演奏だけで食べていけた器楽奏者と言うのは本当に少ない。 ショパンもモーツァルトもベートーヴェンさえ、生徒が結構たくさん居た。 クレメンティやチェルニーやクレーマーに至っては 楽器販売、楽譜の出版業、教則本の執筆など様々なことを手掛けている。 それに、教えるということも、音楽をシェアする一つの手段である。 練習と演奏だけの音楽人生より、幅が出て楽しい。 朝の8時にレッスンスタート! 行ってまいります。

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今日は朝練!

だんだん、生活が自分のものになってくる。 引っ越し、完了! 荷物を全て片づけて、小さな自分なりのこだわりをあちこちにしてみました。 いつも素敵なプレゼントをしてくれる、幼馴染のみっちゃんのママから頂いた 書道の大書の練習書きの大きな紙をクロゼットのドアに貼ってみたり、 私のNYの大好きなお友達の画伯が、まだ絵を勉強中に描いた絵を LAに引っ越し記念にと郵送してくださったのを、玄関にかけたり、 そうやってこの小さなスペースをマイホームにしてみました。 仮住まいですが、でも幸せに、生産的に、活動的に、創造力豊かに生活するために 住環境にも心を籠めようと思ったのです。 優先順位の問題ですよね。 小さいころ繰り返し読んだ本の中でも特に好きだったミヒャエル・エンデのモモ。 その中の登場人物の一人、道路掃除夫のベッポのこんな言葉を思い出します。 「なあ、モモ、とっても長い道路を受け持つことがよくあるんだ。おっそろしく長くて。これじゃとてもやりきれない、こう、思ってしまう。」 彼はしばらく口をつぐんで、じっとまえのほうを見ていますが、やがてまたつづけます。 「そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき目をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへってない。だからもっとすごいいきおいで働きまくる。心配でたまらないんだ。そしてしまいには息が切れて、動けなくなってしまう。こういうやりかたは、いかんのだ。」 ここで彼はしばらく考えこみます。それからやおらさきにつづけます。 「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひとはきのことだけを考えるんだ、いつもただつぎのことだけをな。」 またひとやすみして、考えこみ、それから、 「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」 そしてまた長い休みをとってから、 「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶ終わっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからん。」 彼はひとりうなずいて、こうむすびます。 「これがだいじなんだ。」         ~「モモ」第一部第4章“無口なおじいさんとおしゃべりな若もの”より~ 今朝は朝一から練習! 久しぶりに朝は丸々練習できます! 楽しみ。頑張るぞ。

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知らない言葉で暗唱

「なんで日本のオペラ歌劇団が日本人の聴衆にドイツ語で歌うのか?」 二期会制作、モーツァルトの「魔笛」を録画鑑賞して家族で観たときの父の素朴な感想である。 …確かに… ただ、それぞれの言語の持つ独特の持ち味や文化背景もあり、 それを踏まえてその言語のために作曲した音楽をそのまま…と言うのがオペラ文化なのだが。 でも、訳して上演されるオペラも、少数派ではあるが、ある事はある。 大抵はこの頃は字幕スーパー付きで、原語で上演される。 が、歌手がそれではイタリア語、ドイツ語、フランス語、 そして他にも主流ではないがロシア語やチェコ語や云々を本当にしゃべれるのか、と言えば 建前上は勉強はしているのだが、もちろん多数の言語の中には得意不得意も出てくるし、 大抵の歌手は発音の勉強は音楽の一環としてやり、意味は大体ワキマエルと言うのが現実らしい。 そして器楽演奏も似た様なものではないか? 要するに、自分のしゃべらない言語で書かれた詩を暗唱するような。 その西洋音楽と言う言語への理解が深まれば深まるほど 詩への理解も深まり、そして簡単になってくるのだが、 それにしてもじゃあなぜ、自分の生まれ育った言語=音楽で自己表現をしないのか。 その問いの悲しい答えの一つは、 21世紀の日本人が日本人として生まれ育った日本特有の音楽が少ないから、と言うこともあると思う。 そして私たちは皆(そしてその中でも特に日本人は)チャレンジが大好きである。 西洋音楽のような複雑な音楽の場合、チャレンジは満載! 日曜日には地域の歌劇団(Opera in the Heights-素晴らしいグループ!)の上演する イタリアオペラ「Pagliacci」を見る幸運に恵まれた。 イタリアオペラの中でも「Verismo(現実主義)」と言われるジャンルを代表する悲劇で 1892年に初演された傑作である。 勿論イタリア語。歌手は全員アメリカ人。 でも、将来への不安と結婚への不満からついしてしまう不倫、嫉妬など 時代や文化、言葉の壁を超えた普遍的な人間テーマで どんどん引き込まれて、本当に舞台の上の人間模様に感動した。 原語でやるもう一つの理由は、 原語の壁を超えた共感 「人間みな兄弟」「音楽は世界の共通語」 と言うことを確認する感動があるからかもしれない。 さかのぼるが土曜日には、ヒューストン日本人会が主催する敬老の日イベント 「敬愛会」に参加し、数曲添えさせていただいた。 その際、出し物の一つとして琉球太鼓のグループのパフォーマンスを見た。 驚いたことに、グループ5人の中で少しでも日本あるいは沖縄の血が入っているとみられたのは一人。 後は全員、明らかに日本人出ない人たちであったのである。 しかも息をつかせない見事なパフォーマンスで物凄い気迫で息もぴったり。 異文化の伝統芸にこれだけ打ち込む外国人。 自分に共通するものを見出して、本当に嬉しくなった。

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