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今日は私の心の友、クラリネット奏者の佐々木麻衣子さんと 国際クラリネット協会の大会で演奏をする日でした。 私たちは麻衣子さんは朝6時、私は7時過ぎに起床し、 それぞれ身支度して朝食を食べて、リハーサル室に入ったのが9時。 リハーサル室まではホテルから徒歩約15分。 着替える衣装、録音・録画装置、演奏後希望者に買っていただくCDと麻衣子さんが編曲した楽譜をえっちらおっちら持って行きます 9時から10時前までウォームアップをして、10時前に会場入りし、 11時からの演奏に備えて、録音・録画装置の設置、衣装替え。 新しい会場の音響、そしてピアノ、と言うのは、新しい共演者と同じくらい気を使います。 自分が出した音に、その部屋、そのピアノ、そして聴衆がどう共鳴するか、 瞬時に判断し、次の音、次のフレーズへの参考にします。 これはとても神経を使う作業です。 私たちは誇りに思える演奏をできた、と胸を張ってご報告できます。 聴衆も気前のよい拍手で応えてくれ、麻衣子さんが用意した楽譜はフランクは売り切れ! さて、そのあと私たちは豪勢なエチオピア料理でお祝いをしたあと 同じく大会で演奏するクラリネット奏者やクラリネットアンサンブルの演奏を4つ立て続けに聞きました。 最後のはかなり素晴らしい、大掛かりなアンサンブルであったにもかかわらず、 私も麻衣子さんも、もうどうしようもなく船をこぐ疲れのピーク。。。 考えてみたら、ヨーロッパはNYより6時間早いのです。 私は朝の5時に演奏したのです。 それに会場からホテルまで片道15分を昨日と今日で往復5往復。 買い出しなどの寄り道も結構しています。 たぶん毎日の歩数は軽く10000歩を超えています。 そりゃ、疲れるわ。。。 今日は気持ちよく眠れそうです。
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スペインは2007年の夏以来。 しかもその時はヒホンと言う海岸街だったので、今回のマドリッドとは随分違います。 マドリッドは光の街!と言うのが最初の印象です。 人々の笑顔も、スペイン語の快活さもまぶしいのですが、 何よりお日様がキラキラして、 背の高さが都市の歴史をかんじさせる木々も パリと同じくらい歴史深く、装飾が多いけれど、フランスとは明らかに違う建築物も すべてが朗らかに「ようこそマドリッドへ!」と言う感じ。 実に明るい。 英語がしゃべれない人々も、私たちがしゃべる英語を理解してくれ、スペイン語で返してくれて そして立派に会話が成り立ってしまう。 そう言うのが楽しい。実に旅の醍醐味。 そして今日のハイライトはお昼のピクニック用に入ったチーズ屋さん。 「英語はちょっとしか喋れないけど。。。頑張る」と言ってくれたおじさんに 「私たちはスペインのいろいろな味のチーズが食べたい」と言って いろいろおじさんが自慢そうに食べさせてくれる味見にいちいち感動して、 私たちの感動ぶりにおじさんも感動してくれて、 負けてくれたのか何なのか芸術的に思える3種類のチーズが実に安くてまた感動して。 あ、もちろんリハーサルもしているし、ほかの参加者の演奏も拝聴しに出向き、 ネットワーキングもしています。 ご心配なく!
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数か月ぶりの投稿です。 本当にご無沙汰してしまいました。 なぜ数か月ブログを怠ったかは追ってまたご報告いたしますが、 とりあえず今、私はコーペンは―ゲンの空港に居ます。 目的地はマドリッド! 国際クラリネット教会の毎年恒例の大会で我が心の友、佐々木麻衣子さんと 去年の秋にリリースした{Greener Grass]よりフランクのソナタの1、2楽章と ドビュッシーのヴァイオリンソナタ1、2楽章を演奏させていただきます。 ヒューストンの日本人コミュニティーを始め、音楽仲間や色々な有志が 私たちの旅費のためのファンド・レイズに快く、熱情的に応答してくれ、 私たちは大変励まされて今回の演奏に挑みます。 とりあえず、私は元気に演奏活動を続けていること、 そして8月14日には元気に日本に戻ってきて 例年通り演奏活動を行うことをご挨拶と共に報告するため、書きはじめました。 旅の途中は毎日更新することをお約束します。
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車で北アメリカ大陸を半横断中! ヒューストンからサンフランシスコ。 サンフランシスコから南下してロサンジェルスからヒューストンに戻る。 これを一週間でこなす。 これはかなりの強行軍である、と言うことを身に持って実感している。 西海岸に散らばる義理の家族のご挨拶のためにこういう旅になったのだが、 アメリカは広い! 雄大な自然。 西海岸は本当に美しい。 太平洋の海岸線沿いにずっと南下してその美しさに圧倒される。 同時に、ロス郊外の墨絵のような山脈の図に空気汚染を感じ、 海岸を臨む豪邸と、内陸の砂漠に屯す貧困にあえぐ村に貧富の差を垣間見、 気候の温暖なロサンジェルスに群がるホームレスの群集に 麻薬、精神異常など社会的な病にも考えさせられる。 そして延々と続くドライブで、経験したことの無いような新しい時間の感じ方。 20代にアメリカ大陸を演奏して回った時も オケのメンバーとツアーバスでこういう運転をしたのだけれど、 あの時は毎晩の演奏会での協奏曲への準備のため、 バスの中では前の晩の録音を聞き、同じ曲を巨匠の録音で聞き、 文献を読み、楽譜を勉強し、毎日必死にバスの時間を有効利用していた。 乗用車では私は読書は車酔いしてしまうし、 相棒と変わりばんこの運転。 視点もバスからの視点よりも全然違うし、 ゆったりととめどの無い会話を毎日10時間以上しながら 相棒と過ごすのは、 なかなか面白いものである。 日常生活の上では知りえなかった角度からお互いを知り合える。 人生の一時休符。
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すでに伝説のホロヴィッツも 本番前はガタガタ震えるほど緊張していたらしい。 ラドゥ・ルプの緊張ぶりはNYフィルとの共演前の楽屋で、 手を伸ばせば届く距離で実際目撃したことがある。 「忘れたらどうしよう?忘れたら、どこから弾き直せばよいんだ?」 と、独り言のように共演者の内田光子に訴えかけながら (モーツァルトの二台のピアノのための協奏曲だった) うろうろと歩き回っていた。 本番前の緊張は本当に孤独に感じる。 誰にも分かってもらえない、と思ってしまう。 吐いたり、下痢をしたり、本当に死んだ方がまし、と思ったりする。 しかし、こういうヴィデオを見ると、(みんな同じなんだな)と分かる。 アルゲリッチの本番前のヴィデオだ。 最近公開された、アルゲリッチの娘が制作したドキュメンタリーからのクリップ。 始めはフランス語やドイツ語でアルゲリッチが独り言を言っているが、 その内日本語のアナウンスで(ああ、日本での演奏会なんだな)と分かり、 その頃からすべてが英語になる。 「熱があると思う」 「すごい眠気」 「今日は本当に弾きたくない」 とか、文句たれたれ。 なぜ、こんなに苦しみながらそれでも演奏を続けるのか? 生贄の様な自己犠牲、と感じるときもある。 この「自己犠牲」「生贄」の構図はベートーヴェンが定着させたのでは、 と私は論文への研究を進めるにしたがって、思い始めている。 もともとバッハ(の平均律集)は旧約聖書、 そしてベートーヴェン(のピアノ・ソナタ集)は新約聖書、 と言うことは古くから言われてきた。 しかしベートーヴェン=イエス・キリスト、と言うのは 難聴に苦しみながら、一時は自殺まで考えたが、 しかし芸術のために、自分にしか書けない曲を作曲するために、 余生を作曲に捧げることを決意したとしたためる、 俗に日本語では「ハイリゲンシュタットの遺書」と知られる文書と その文書に形作られたベートーヴェンのイメージから来るのでは、 と私は思っている。 そのいかにも19世紀ドイツ・ロマン派的な「苦しみながらも邁進!」の図が理想とされ、 今の音楽家、特に19世紀の作曲や作曲家を主に勉強するピアニストに 引き継がれているのではないか? しかし、これは本当に音楽のためなのか? 緊張につぶされて、自分のベストが演奏会で尽くせない。 燃え尽き症候群に犯される。 または、自分がやっていることが世界の平和に影響を及ぼすかのような誇大妄想に陥り、 そのためにはどんなわがままも通してしまうような人間になる。 このクリップの最後のアルゲリッチの娘のナレーションに身をつまされる。 「子供のころから母の演奏を見るたびに極度の緊張を経験しました。 無事終われ、早く終われ、とそれだけを念じ、 演奏が終わるときにはぐったりの疲れ切っていました」。 自分の家族を思ってしまう。 私の世界一の応援団。 いつも、ありがとう。
