日刊サンコラム「ピアノの道」

美声日記1.3:お愛でとうございます。

新年明けましておめでとうございます。 おめでとうの漢字はいくつかあるようです。お芽出とうは芽が出る→努力の結果が形になる―これは分かりやすいですね。お目出とうは賽(さい)の良い目が出るということ、そしてお愛でとうは「愛でる」+「甚(いた)し」で、「とてもいとおしい」という意味なんだそうです。 私の今年の目標は「あるもの愛す」。「ないものねだり」の反対語は「あるもの探し」なんだそうです。可能性の範疇にないものをねだって嘆くより、範疇にあるものを主体性を持って探し求め実現化し、そして感謝して慈しむ、という意味の「あるもの愛す。」例えば世界平和は、個人が実現化できる範疇にはないので、願うことは他力本願のないものねだりになります。でも一方、自分の心中や人間関係の平和を積極的に探し求めて実現することは、連鎖反応によって結局、個人にも可能な世界平和への貢献になりえるのではないでしょうか。「もっともっと」と利益や寿命に数値ばかりを追い求める欲張り亡者よりも、あるものを慈しみ、どう活用するかに重点を置けるようになったのは年の功でしょうか。 かくいう私も「もっともっと」と音数や音量や演奏会や聴衆の数・大きさに囚われて、亡者になった過去を経ています。でも最近思うのです。ミスタッチというのは誇張や虚言と出所が同じなのではないか。見栄っ張りの勢い任せで指は転がり、舌は滑ります。本当に心を籠めて出す音や奏でる演奏には、ミスはあり得ない。そして心を籠めるためには時間と気持ちのゆとりが必要です。 …という訳で、「あるもの愛す」でお愛でとうございます。 皆さんは、どういう心持ちで新年をお迎えでしょうか。 昨年も大変お世話になりました。2025年もよろしくお願いいたします。

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美笑日記11.12:世界平均幸福度を上げよう。

「疲れや貧しさに喘ぎ、自由に焦がれて岸辺に群がり、安住を拒まれて嵐にもまれる哀れなさすらい人たちを私に送れ。私はランプを掲げて黄金の扉を示す。」『移民の国』アメリカ民主主義の理想です

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美笑日記10.29:音楽の平穏

「喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、健やかの時も病める時も…」通常新郎新婦が結婚式の誓いに交わす言葉ですが、私は音楽家としてこの誓いにある様に聴き手に寄り添えるピアニストを目指しています。 不穏なご時世。(私に何ができるのだろうか)と弱気になることもあります。でも私は色々なところで様々な方々のために演奏して、世界の広さと多様性を体感しています。モンタナではその街初の演奏会を披露し、アラバマでは1000人の小学生に質問攻めにあいました。重度障碍者とそのご家族や、ホームレスの方々などにも演奏した一方、有名会社の創立者ご家族や映画業界の著名人などの豪邸で演奏させて頂いた事もあります。音楽はどんな人々の間にも橋渡しができると信じて活動しています。 音楽というのは食事と同じだと思うのです。どんなに正反対の固定観念を持っていても、どんなに生まれ育った状況や受けてきた教育が違っても、空腹時にご馳走のテーブルを一緒に囲めば笑顔になります。寒い日に暖かいシチューを振舞われれば優しい感謝が生まれます。 こんな寓話をご存知ですか?地獄に行くと細長いテーブルを挟んで人々が向かい合って座っています。それぞれの前においしそうなスープが湯気を立てていますが、みんな飢えて痩せこけています。スプーンが長すぎて自分の前のスープ皿にも自分の口にも入れられないのです。天国に行くと全く同じ状況ですが、みんな丸々と太ってニコニコしてます。違いはただ一つ。天国では長いスプーンでテーブル向かいの隣人にスープを食べさせてあげてたのです。 否が応でも我々は地球人として、運命共同体です。一人の痛みはみんなの痛み。あなたの喜びは私の喜び。自分の幸福度は周囲の幸福感に影響されるのは研究でも立証されています。最大数の人々が最大の効果を得るために、一人ひとりが今できることはなんでしょうか。 この記事は日刊サンに隔週で連載中のコラム「ピアノの道」♯140(11月3日付け)を基にしています。

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美笑日記10.16:核兵器廃絶への世界の願い

「忘れたいと思えば思うほどよみがえってくる。忘れてはいけないことなんだ、無かったことにしてはいけないんだとやっと気が付いた。」15歳の時に広島で被爆し、亡くなった下級生たちを火葬までした体験を語り続けてきた切明千枝子さん(94)の言葉です。 先日「日本原水爆被害者団体協議会」(日本被団協)のノーベル平和賞受賞は被爆の悲惨を世界に訴え続けた被爆者たちへの評価であると同時に、核兵器拡散や使用はこれら被爆者の努力をないがしろにする非人道だという警告でもあります。かくいう私も被爆者を祖父に持ちながら、2023年にランド研究所の「現世の最大の危機は環境汚染よりも核兵器だ」との発表を知るまで核兵器の脅威を歴史とSFのお話と感じていました。 Doomsday Clock(終末時計)をご存知ですか?核戦争などによる人類滅亡を「午前0時」とし、滅亡までの危険性を残り時間として表現する「原子力科学者会報」の表紙絵です。第二次世界大戦中、核兵器を完成させたアメリカの「マンハッタン計画」に携わった科学者たちが自らの社会的責任の認識の体現として1947年に始めて以来、現在まで続いています。原子爆弾を上回る破壊力の水素爆弾が開発された1953年には2分前まで近づくも1991年の冷戦終結で17分前まで回復した、その時計の針は今どこだと思いますか? …90秒前なんです。 世界唯一の被爆国に生まれた日本人として我々ができること、なすべきことは何なのでしょうか。日本は被爆国であると同時に、人間の強さの象徴でもあります。原爆投下直後は「75年は草木も生えぬ」と言われた広島は、1949年には平和記念公園の整備を始め、奇跡と言われた戦後の日本高度経済成長と共に復興し、去年はG7 の主催都市にもなりました。人間は過去の過ちの反省を基に成長する知性と人道をもっています。「無かったことにしていけない」のは過去の被爆の悲惨な記憶だけではなく、未来の核爆弾による破滅の可能性も同じです。 この記事の英訳はこちらでお読みいただけます。https://musicalmakiko.com/en/nikkan-san-the-way-of-the-pianist/3334  このブログエントリーは、日刊サンに隔週で掲載中のコラム「ピアノの道」のエントリー139(10月20日付け)を基にしています。

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