アラバマ州の学校で
アメリカ南部に初めて行った。ニューオリンズ州のジャズ、ケンタッキー州のフライドチキン、「風と共に去りぬ」の南部だ。ヨーロッパの文化と歴史に引け目を感じる北部に対し、独自の訛り、風習、古き良きアメリカ的人情を誇りとする彼等。けれども、もう一方では南北戦争敗北後、文化面、経済面での発展途上地域とみなされているような所もある。 そんな南部の公立学校で、音楽の授業の為の資金を捻出できる地域は少ない。だからアラバマ州での独奏会当日の朝、学校でちょっと演奏してくれ、と頼まれた時、引き受けることにした。学校にはピアノも無い。近辺の楽器屋から白塗りのヤマハが運ばれる。私は本当は怖かった。ハスに構えてピアニストなんて馬鹿にするかもしれない。いじめられたらどうしよう。幼稚園から高ニまで付近の合計1000人がスクールバスで一校の講堂に集まった。 ステージに上る。挨拶をする。挨拶が満場一致で返って来る。先ずホッとする。ほぼ全員にとって生まれて初めての演奏会━━選曲も責任重大だ。鳥の鳴き声がそのまま折り込まれている「悲しい小鳥」(ラヴェル)で始める。真夏の炎天下、森で迷子になった小鳥、という作曲家の注釈の話をしてから弾く。その後の40分はただ一生懸命、モーツァルト、バッハ、ショパンと喋りをはさみながら弾き進んだ。質問が無いか、きいてみる。予想通りの気まずいクスクス笑いの後、後ろで一本手が挙がった。体の大きな男の子が肌黒い顔を真面目にしかめて立ち上がる。 「小鳥はお家に着けたのですか?」。可愛い、と思った。前列のもっと年少の子達が、質問に大きくうなづいている。それは曲を聴いた一人一人がそれぞれ解釈する事だと説明しながら1000人皆に握手して回りたいと思った。 ピアノを弾いてて良かった。