私は、Dr.ピアニストとして、音楽を社会的なツールとして提唱しています。音楽の正しい活用方法を広めることで、沢山の人に、より健康に幸せに人間として尊厳のある生活をして行く手助けができると確信しています。今回は認知症の予防、症状の改善、そして介護でどのように音楽を使えるか、少しご紹介させてください。実際にワークショップも行っています。
認知症で言語能力が衰えている方でも、その方のお好きな歌を歌って差し上げると一緒に歌詞付きで歌える、と言う話しを聞いたことはありませんか?論より証拠。こちらをご覧ください。
音楽のパワーの由縁は何なのでしょうか?一つには、聴覚が人間の生存本能に直結している、と言うことがあります。
五感の中で一番命の危険の察知に適しているのは聴覚なんです。瞬き、睡眠時…目はつむりますよね。でも、聴覚はいつも機能しているんです。と言うことで音は脳の一番原始的なところに(Amygdala=偏桃体)に直接・素早く届くんです。生存本能に直結しているので、論理や言語能力に関する記憶が衰えても、音楽をプロセスする脳の部分は生き残るんです。
音楽のパワーの由縁のもう一つには「共感パワー」があります。音楽を聴くと、心拍・脈拍が音楽の拍に合ってきます。呼吸はフレーズに、そして脳波でさえも、他の聴衆の脳波とシンクしてきます。人間は孤立しては生き延びれない、と言う生存本能があります。お互いを助け合って種として生き延びる社会的動物なので、音楽で共存を実感できる共体験をすると安心します。音楽によって、血圧が下がり、ストレスホルモン(コルチゾール)が軽減し、さらに苦痛が軽減します。例えば、患者さんに音楽を聴いてもらうことで手術時の鎮痛剤の処方が減少した、と言う研究結果があります。病気その物に対する不安がすでにストレスです。音楽はそういう不安やストレスを軽減し、自信と安心をもたらしてくれます。
世界保健機構(WHO)も音楽を推奨!
2019年11月に世界保健機構(WHO)が芸術と健康の関係について、900の研究の検証結果をまとめて発表しました。それの、特に認知症に関する部分を引用・要約してみましょう。(44ページ目から、セクション2.2.3.6.)
音楽は認知症の人々の認知能力を維持するという見解が出ています。音楽鑑賞や楽器演奏は一般的な認識能力、言語能力や視空間認識力の向上、会話能力の上昇などの効果がみられることを多くの研究が発表しています(805-807)...特に歌うという行為によって集中力、エピソード記憶・実行機能を始めとする広範囲での好影響が見られました(810)... 認知症患者の精神衛生に於いても、沢山の研究が音楽やダンスが不安解消(ストレスホルモンの軽減を含む)や抗鬱の効果があり、特に3か月以上の定期的なレッスン受講による効果が著しいとの見解を発表しています(805、816、817、826-828)。回想法と音楽を組み合わせると、ストレス・不安・鬱の軽減に相乗効果が見られました(829)...長期にわたる音楽のグループレッスンは血圧の上昇を防ぎ、健康維持に効果があります(830)。音楽活動は動揺(反復行為、徘徊、イライラ、乱暴)など、認知症の人々の問題行動を軽減します(805、826、827、831、832)。これらの結論はアルツハイマー症を含む、様々なタイプの認知症に対して一巻しています(827)。(原文は、WHOのリンクでご覧いただけます。特に私がこの章で引用した部分の原文は、このブログの一番最後をご覧ください。)
http://www.euro.who.int/en/publications/abstracts/what-is-the-evidence-on-the-role-of-the-arts-in-improving-health-and-well-being-a-scoping-review-2019
では、どのように音楽を日常生活に取り入れれば、認知症の予防、症状軽減、そして介護の役に立てることができるのでしょうか?下で一つずつ、簡単にご紹介していきます。
認知症予防
双子を使った研究があります。どちらかが楽器を練習している65歳以上の双子の統計を取ったところ、楽器の練習をすると認知症を発祥する確率が64%減る、との結果が出たのです。楽器演奏は刺激に対する反応にかかる時間を縮め、長期では脳の構造そのものに好影響を与えます。楽器演奏は子供の脳の発達に好影響があるとか、言語取得能力を高めるとか、皆さんもお聞きになったことが在ると思いますが、なぜなのでしょうか?
楽器演奏は、目と手、左手と右手、聴覚と視覚、言語と音感などの多様な協調関係の訓練になり、非常な集中力を要します。そして、練習の成果が美しい音楽と言うはっきりとした報酬です。結局楽しいんです。楽しい→もっと集中する→上手くなると→もっと楽しい。好循環です。
更に、手を動かすというのは脳を動かす、ということです。「大脳全体と手の細胞は非常にリンクしています…身体のそれぞれの部分を支配している『神経細胞の量』の割合を体の面積で示した図〔で〕、手や舌に関係した神経細胞が非常に多いということが分かります」(『海馬:脳は疲れない、池谷裕司・糸井重里対談集(2002)以下、「海馬」より、P. 19)
「指を沢山使えば使うほど、指先の豊富な神経細胞と脳とが連動して、脳の神経細胞もたくさんはたらかせる結果になる。…手や口を動かすと脳も動くんですね。脳に発火させる導火線みたい。」(『海馬』P. 19-20 )楽器演奏は脳のさまざまな機能を総動員しているんです。脳のエアロビックスです。
もう一つ。動かすのは指と手だけではありません。ホムンクルスの画像をご覧いただくとお分かりいただけるように、舌と口にも神経細胞が密集していますよね。だから歌を歌う、と言うのが効果が在るんです。口を動かしはっきりと発音する、姿勢を正して発声する、呼吸をコントロールする…これら全ては口や表情筋の活性化だけでなく、腹式呼吸・血行促進、作曲家や合唱パートナーとの連帯感、ストレス軽減など、沢山の効果があります。そして、いつも新しい曲を学び続ける、と言うのは新しいシノプシスを作り続ける、と言うことです。
認知症の症状改善
この箇所は認知症のタイプや進行度、更に個人個人の生活環境や人生状況・家族構成など、色々な事が複雑に絡み合ってくるので、本当に最低限を書き記します。
1.認知症そのものがストレスの要因になります。自分の記憶に自信が持てない。将来の見通しが大きく変わる。これら全てが不安要素ですよね。 慢性のストレスやPTSDは認知症のリスクを高めるとした研究結果があります。長期にわたるストレスは免疫力・メタボリズム・そして心血管の機能を衰弱させ、脳にダメージを与える。更に不安は軽い認知症の診断を受けた人をアルツハイマー病へと進行させる恐れがある、と発表した研究もあります。 音楽のストレス軽減効果を活用してください。心拍より少し遅めの曲を聴いて、自分の心を委ねるつもりで、身体の力を抜いて聴いてみるとリラックスできます。心拍数よりも少し早めの曲と一緒に体を動かすと、気分が向上します。
2.好きこそ物の上手なれ。楽しいから定期的に続けられます。一番楽しい音楽活動は何ですか?できるだけ能動的に音楽に関わってください。例えば『聴く』と言う行為なら、何も考えずにただじっと座って受動的に流れる音に体をさらすのではなく、曲についてイメージを膨らませてください。一曲聴いて色でも形でもイメージを思い浮かべ、曲を聴き終わったらその絵を実際に書いてみるのでも良し。映画や物語や人物描写を想像しても良し。音楽に合わせて手拍子や足踏みやダンスも良いです。『演奏』と言う行為なら、太鼓をたたくのでも、合唱でも、口笛でも。兎に角楽しくて、もっともっとやりたくなる!と言うのが一番です。それが何か、探してみてください。『作曲』にチャレンジも楽しいのでは?音楽の効果の一つにオキシトシン(俗称「愛情ホルモン」)の分泌があります。音楽とは本来、集団行動です。より社交的になるきっかけとしても音楽は大事なのだと思います。孤立化が健康に良くない事はすでにデータ化されています。音楽は社交性を高め、抗鬱効果もあります。
介護者の音楽の使い方
世界保健機構(WHO)は医療スタッフや介護者への芸術活動を勧めています。(レポートの26ページ目から28ページ目)下に一部引用します。(原文は、音楽と認知症の原文の下でお読みください。)
アートクラス一般は、感情認知、共感の育成、そして違う視点・意見の理解を、臨床医の間で高めた(440、441)。音楽や演劇は異文化の人たちへの共感を強めた(442)。(介護者の間では)音楽や動きのクラスなどで、共感力を高めることによって、ストレスや燃え尽き症候群の減少が見られた(452-454)。作業中の音楽はムードの向上、ストレスの軽減効果があり、集中力・効率・熱意・統率の向上が見られた。
アートプログラムは、介護者と介護を受ける側の疎通を良好にし、患者の個性の認識と、それに合ったケアの質の向上が見られる(468)。介護者と患者が共同参加できるアートの企画は意思疎通や感情的繋がりにより関係向上の結果が見られる(469、470)。介護者を伴うアートクラスは、介護者に休憩の機会を与え、介護者同志のネットワークの強化や、意見や情報交換の場を提供する(475)。また、介護者のアイデンティティや有効性を見直す大事な機会をも提供する(472、474、477、478)。最後に、ドラミング、歌、音楽鑑賞などの活動は、介護者のリラクセーションと健康維持に有効であり、不安やストレスの解消に役立つ、との結果もある。(479-482)
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/329834/9789289054553-eng.pdf
1.介護者のストレスはそのまま患者さんのストレスになります。介護者の自己犠牲は、共倒れになりかねません。飛行機で非常訓練の時、酸素マスクは必ず最初に自分につけてから、子供さんにつけてあげるように指示されますよね。介護者は、患者さんのためにも、セルフケアを優先させてください。音楽のストレス軽減効果を使ってください。
2.認知症を患われた相手と、健常なご自分の間に、意思疎通のギャップが生まれてくるとき、音楽はそのギャップを埋める手助けができます。一緒に音楽鑑賞をする。ご自分たちの「懐メロ」集を一緒に楽しまれることは、感情的にも症状対処にも色々な効果があります。一緒に音楽イベントに参加する。歌を歌う。音楽に合わせて一緒に体を動かす。
このブログが少しでも皆さんのお役に立てたのならば、幸いです。世界保健機構のレポートや、音楽効果についてご質問があれば、いつでもご連絡ください。「音楽を使った脳トレ」ワークショップは今年の7月、帰国の最中に行う予定です。
音楽と認知症に関連するWHOのレポートの引用の原文です。
Music, in particular, has been found to support cognition in people with dementia. A number of studies have found beneficial effects of listening to and making music for global cognition as well as for verbal fluency, visuospatial skills and speech (805–807)…Singing, in particular, has been found to improve a wide range of cognitive skills including attention, episodic memory and executive function (810)..。 In relation to mental health in dementia, many studies have found benefits of music and dance for reducing anxiety (including stress hormones) and also some evidence of their benefits for depression, particularly if individuals engage regularly over long periods of time (e.g. three months or more) (805,816,817,826–828). Music has been found to enhance the effects of reminiscence therapies on stress, anxiety and depression (829) … Long-term group music has also been found to reduce increases in blood pressure and support the maintenance of physical health (830). Relatedly, active engagement with music and music listening have been found to reduce agitation (e.g. repetitive acts, wandering, restlessness and aggressive behaviours) and behavioural problems in people with dementia (805,826,827,831,832). Notably, these results have been found for many types of dementia, including Alzheimer’s disease (827).)
http://www.euro.who.int/en/publications/abstracts/what-is-the-evidence-on-the-role-of-the-arts-in-improving-health-and-well-being-a-scoping-review-2019
介護者(臨床医や病院スタッフも含む)に対する音楽の効用について、WHOのレポートの引用の原語です。
Arts classes have been found to improve emotional recognition, cultivation of empathy and awareness of multiple perspectives in clinicians (440,441), and music and dramatic arts can enhance relatedness to people from different backgrounds (442)… (Among the caregivers,) [the] development of empathy through music and movement has been linked with lower stress and burn-out and higher resilience (452–454)…Music has been found to improve mood and reduce stress while working, as well as improving levels of concentration, efficiency, enthusiasm and ordered working.
The well-being benefits of the arts extend to informal carers. Arts programmes can support interactions between carers and those receiving care and can help with humanization of the person being cared for, thereby improving care strategies (468). Relatedly, joint carer–care recipient arts activities have been found to improve communication and carer intimacy behaviours towards a care recipient, leading to closer emotional responses and physical behaviours (469,470). Joint carer–care recipient arts groups can also help to remove strain from caregivers, provide respite care, and give opportunities for emotional support, practical networking and the sharing of resources (471–473)… Arts classes can be used in care settings as a way to understand carers’ needs and impart important caring information (475). They can also build a positive sense of personal identity and self-efficacy (472,474,477,478). Finally, activities such as drumming, singing or listening to music have been found to improve relaxation and well-being for carers, and decrease their levels of anxiety and stre