朝5時半起床:自分的には少なめの睡眠時間だが、船の揺れが心地よく熟睡できた感じ。乗客に義務付けられている朝一(歯磨き前、水飲み前)の唾サンプルを2ミリリットル試験官に入れ、簡単に洗面と着替えをした後、いざ泳ぎに!船にプールは3つある。今朝は7階にある二つのプールで泳いだ。Infinity Poolは海に向かって開けたような構造になっている。アイディアは素敵なのだがプール自体が小さく、一生懸命泳ぐと平泳ぎ5掻きで壁タッチになってしまう。ぷかぷか浮く感じ、次にSun Roomにあるプール。こちらの方が大きくて泳いだ実感がある。息が切れるまで泳いで、その後ジェット温水に浸かる。至福。プールサイドの係の人とお話しする。エフレンというフィリピン出身の男性。お客がキャパの3分の1でもスタッフはフルキャパで船を運営していると聞いて仰天する。「そしたら支出の方が多くなるのでは?」という私の率直な質問に「この会社のオーナーがスタッフの生活を支えるための方針なのです」と答えられ、にわかに恥ずかしくなる。自分は何という自己中な箱入り娘なんだ。それに比べてこの会社のオーナーは偉い!豪華客船という社会均等化からは程遠く思える産業を斜に構えて考えていた。が、会社というのは社会だ。会社を運営するという事は、一つの社会ユニットを運営する、という事なんだ。エフレン、ごめん!許してくれ!内省しながら部屋でシャワーをし、メールなどを書いて一仕事。
9時:バンドリーダーの部屋に集合。今日の予定などについて軽く協議した後、一緒に朝食。World Cafeというビュッフェスタイルのレストランで頂く。食べ過ぎた。
10時:ショーやエンタメの総責任者のロザンナと会議。本番の会場を案内させてもらい、ピアノを試し弾きし、明日のリハーサルと本番、1週間を通じての練習場所などについて教えてもらう。イギリス英語のはきはきとした白人女性。とても張り切って前向きな感じ。
11時:リハーサル開始。代役としては甘んじるしか無いのかも知れないが、自分では絶対にしない音楽表現を要求されたり、自分では完璧に弾けているつもりのパッセージを何度も繰り返し一人で弾かされいつものピアニストとここが違うあそこが違うといじられたり、即興をしろと言われて装飾音を多めに弾いたら、呆れたような顔でまじまじと眺められ「やっぱりいいわ。元通りにして。」と言われたり。この人はこういう態度で何が達成できると思っているのか?結局自分の権威を誇示する事だけの様な気がする。どんな本番でもこの様なリハーサルが良い本番に繋がるとは到底思えない。途中で自分の心拍数が上がってくるのを感じ(わたしゃあんたのバンドがこの演奏で成功しようがしまいが、痛くもかゆくもないんだよ~)と投げやりになって来た自分を感じ、「休憩にしましょう。」と押し切る。トイレに行って心を静める。私はバンドリーダーがいかに理不尽であろうと、それで自分のプロ意識を妥協はしたくない。後で恥じるような演奏をしたくないし、それに何より聴いて下さるお客様に少しでも良い物と、少なくとも私のまごころを提供したい。
1時:私が明らかに不機嫌なので、明日の本番の演目のみのリハーサルで解散となる。1日(月)の演目はまた今度。私は兎に角浄化したくて、バッハの平均律を1番から10番まで続けざまに弾く。脂っこ~い飲茶を食べた後に、香高い中国茶を飲んだような気持ち。(これが私の音楽だ)と思う。
1時半:ノルウェー人の経営者が「自分の祖母のノルウェー料理レシピのレストラン」というのを7階に作っていて、お腹は空いてなかったけれど興味半分で覗いてみる。薄切り生牛肉(ステーキタルタル)のライムギパン包みが珍しかったので食べてみる。卵の黄身と玉ねぎやピクルスなどの薬味をかけて頂く。美味しかったけど、わさび醤油で食べたらもっとおいしかった。それからバターミルクのアーモンドケーキとハーブティーを頂く。癒される。ホッとする。
レストランからの絶景 ノルウェータルタルタルタル断面図 デザート
2時半:停泊していたドミニカ国の首都ルソーや、工芸品工場、植物園などの短いツアーにトリオで参加。ドミニカ国はジョニーデップ主演の映画「カリブ海の海賊」のロケ現場になったりしたそうだ。緑濃い熱帯の島。男の子が二人、ツアー団体を珍しそうに見ているので、話しかけてみる。8歳と10歳。「あなたはいくつ?」と聞かれたので「いくつだと思う?」と言ったら「29歳」と言われる。なぜそのピンポイント?四捨五入はしないの?子供の気遣い?子供たちと大笑いして楽しい。カリブ海のコロナ感染者数はいまだに高い。学校はまだ全てオンライン出そう。でも食料自給率は100パーセント以上。バナナなどの農産物を輸出する、自然の豊かな国。
一週間の宿 ドミニカ国頂点から見た船 熱帯森林
4時半:忙しくメールの追いつき合戦。年末に向けての演奏会やプロジェクトの詳細や収入などの交渉に加え、アメリカの母がいよいよ具合が悪くなっていっている。クリスマスを一緒に祝おうと思っていたが、もっと前に帰るべきか?幸い12月中旬に東海岸で演奏や録音の話しがいくつかある。
7時半:船一のグルメとされる「シェフのテーブル」で5品目のコース。今夜は中華。ピリ辛スープ、エビのパン粉上げ、ココナッツとレモンシャーベット、牛の角煮、マンゴのプディングとメニューのはいたって普通だが、それぞれの料理がワインとペアで出てきて、そしてそれまでの固定観念とは食材の質も、調理のひねりも、質感の複雑さも、詳細へのこだわりも、匂いと味のハーモニーも格別。特にメインのビーフと一緒に出てきたバナナの葉で包まれた味ご飯は、ショウガとトマトとターメリックを混ぜ込んであってバナナの葉の香と共に素晴らしい味!
エビのパン粉焼き 牛の角煮とバナナの葉のおこわ マンゴとタピオカのプリン
9時15分:私らのバンドと一緒に船に乗り込んで来たサックス奏者のトミー君のショーを見る。照明効果や音響効果とトークを駆使したよくこなれたショー。でも訴えるものが少ない。
10時:他のバンドも聞いてみる。バーでやってるギターの語り弾きの方がトミー君より訴えてくるものがよほどある。ロビーで弾いてるピアニストも、サロンで弾いてるヴァイオリンとチェロのデュオも、音の壁紙。そして皆どうしたのかと思う位目が死んでいる。
お疲れ様です。
旅程の出来事が的確に表現されてます。
なので、ともにクルーズしている感じがします。
死んでる眼は、生活のための眼です。
かたや、自己実現のピアニストです。
きっと、眼は活き活きかなと思います。
小川久男