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一昨日は半徹で論文に取り組んだ。 昨日の昼食の約束まで寸暇を惜しんで書き進め、 昼食で非常に楽しい・美味しい忘年会をした後に 図書館で論文指導の先生にみっちりと校正作業とこれからどのように書くべきが指導を受け、 その後NYで演奏するヴァイオリニストとリハーサル。 夜はテキサス特有のメキシコ料理を食べた後、 ヒューストン界隈でも名所になっているクリスマス・ライトの飾りつけがすごい住宅街を 友人と大笑いしながら散策。 勝手にクリスマスの飾りつけの独断と偏見に満ちた品評会などを大声でやりながら 久しぶりに歩く気持ちよさを満喫。 今朝は、兎に角年末の大掃除。 ずっとかけたかった掃除機もざっとだがかけることができた。 風呂桶も磨き、リサイクルも済ませ、最後の洗濯もして、 滑り込みセーフで飛行場に! その合間にずっと会えていなくて近況が気になっていた友人に お弁当を買ってきてもらって一緒に食べたりもした。 いや~、充実! 飛行機の中の3時間は論文指導の先生のコメントを読み直し、必要な校正を頑張ります!
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生まれて初めて、自分の教え子を3人発表会に出演させた。 結構緊張するものである。 最近大変お世話になっている楽器屋さんであった発表会に便乗させていただいたのだが、 楽しい企画で皆で持ち寄りの立食パーティーが演奏会後にあり、 生徒たちも皆それぞれ精一杯おめかしして、中々素晴らしい会になった。 感慨深かったのは初心者の大人の参加者が多かったこと。 ハ長調とニ長調のスケールだけを何回か片手づつ披露し、 その後エリーゼのために最初の部分だけをなんどか繰り返したが続かず、 ステージの上で挫折してしょんぼりとしていた男性に声をかけたらば、 自分は石油発掘の現場で2年前に爆発事故を経験し、 以後、それまでして見たかった事全てに積極的にチャレンジすることを決めた結果の ピアノ・レッスンと発表会だ、と言う。 そんな中、私の生徒ちゃんたち3人は本当に頑張った。 普段以上の演奏をして私をびっくりさせた、いつもは内気なSちゃん。 普段の素晴らしい音楽性が半分くらいしか、緊張のため出せなかったけれど、 しかし素晴らしいえんそうをしたAちゃん。 そしてとてもシャイでどうなるかと心配していたけれど立派に弾ききったFちゃん。 自分の生徒は身を乗り出して汗を手に握る感じで聴いてしまう。 私の子供のころの自分の発表会を思い出した。 母も、先生も、頑張ってくれたのだ、と今になって良く分かる。 ありがとうございます。
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音楽家の脳が非・音楽家の脳と違うと言う事実、 いかに違うのか、なぜ違うのか、 脳が違うから音楽家になるのか、それとも音楽の訓練を受けて脳が変わるのか、 そう言う事が今、神経科学のホットトピックだ、と言うことはもう何年か知識がありました。 また、「音楽と脳」と言うその分野では当時(1977)画期的だった本を 高校生の時からなぜか持っていて愛読書にしていたり、 「音楽の心理学」と言う授業を学部生の時にとったり、 最近では「音楽嗜好症(Musicophilia)」と言う神経学の権威の書いた本を何度も読み直したり その分野には昔から興味がありました。 今執筆中の暗譜に関する博士論文も、 元々は心理的や脳神経科学的な面をもっとリサーチしたかったのですが、 その方面の学術論文は沢山あり、代わりに暗譜の歴史に関する論文がほとんど無かったことを知り、 それで「暗譜の起源と発展」について書いている次第です。 例えばパーキンソン患者のリハビリは音楽を聞かせながらやると効果が激増する。 事故などで脳の一部に破損してしまった患者さんに音楽を利用させると素晴らしい効果がある。 例えば) 1.長期記憶を全くなくしてしまった元・ピアニストの患者さんは3分以上の記憶が出来ないのに、20分の曲を暗譜で弾きとおすことができる。 2.言語能力を失ってしまった患者さんに、言いたい事をメロディーに乗せてもらうと、ちゃんと意思疎通が図れる など。 本当に音楽の持つ力と言うのは底知れないのです。 今日は、ヒューストンにあるMedical Center for the Performing Artsと言う 音楽家の脳の研究やそうですが、 音楽家や舞踏家特有の、使いすぎによる体の故障の治療などを専門にする病院で 音楽を聞いた時の音楽専門家の脳の反応の仕方を Functional MRIで測定して、非・音楽家の脳の音楽に対する反応の仕方と比べる、 と言う研究の被験者となりました。 fMRIと言うのは初めて体験しましたが、機械自体がとてもうるさい! それで耳栓をして、その上にヘッドフォーンをして、 そのヘッドフォーンを通じて流れてくる音楽を聴くのですが、 機械の音にも脳は反応しているはずで、これをどう差し引くのかな~とか、 例えば私のその日の心理状態とか、体調とか、そう言うのはどう差し引くのかな~とか、 色々疑問はありました。 何しろ、全く動かない状態で1時間以上、 30秒ごとに音楽と沈黙を繰り返して聞かされるのですから、色々考える時間があります。 それに、暖かくて心地よくって、私は眠って夢まで見てしまいました。 その夢の部分はどうやって差し引くのでしょうか… しかし、私の素人的な疑問はさておき、 脳のイメージを見せてもらって、その美しさにびっくりしました。 (自分の脳だったからと言ってうぬぼれている訳では在りません…多分) コンピューターで3Dで観られるイメージはマウスのクリックのみで色々な事が出来るのですが、 例えばシノプシスの電流がどちらの方向に流れているのか (上から下、下から上、前から後ろ、後ろから前、右から左、左から右) 色分けできるのです。 (斜めとかは、無いのでしょうか?…どうしても天邪鬼的疑問が多い私です) こうして観た脳と言うのは、まるで現代アート。 ハっとするイメージです。 もう一つ面白かったのは、クラシックのピアノ音楽を沢山色々聞かされた後、 何故かカントリーミュージックをかけたとき、 私の脳がそれまでとは全く違った反応をしたようなのです。…
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充実した毎日を元気に楽しく送っています。 練習、演奏、論文執筆、クリスマス関係の色々な社交… そんな中、ブログ更新が中々間遠になってしまったりします。 書いておきたいトピックは多々あるのですが… そんな中、最近のブログに書いた「美しい」を全ての選択に於いて追及する、と言う事。 http://ameblo.jp/makikochan6/entry-12103543794.html これは中々有効です。 小さい事では言葉遣い、言葉の選択、立ち居振る舞い。 もっと大きなことでは、時間、一日、一週間をどのように使うのか。 誰と、どのように時間を過ごすのか。 例えば私には思慮深い積極性は受動的な姿勢よりも美しく思えます。 それで「美しくあろう」と思うことで行動的になることができる。 正直に愚痴をこぼせる友情と言うのは美しいと思いますが、 行動や思考の伴わない愚痴に甘んじる事は、私は美しいとは思わない。 それで、愚痴をこぼしてしまった次の日は対処法を行動に移す! 食べるものの選択、食べる量の選択も、「美しさ」を追及すると簡単です。 これで、どんどん贅肉が落ちてきたのには、自分でもびっくりしています。 今までいかに、惰性で不必要に、考えなく食べて来ていたか。 ちゃんと味わって、意識して物を食べてあげる、と言う行為は美しいと思います。 最近、私のストーカー現状を気遣って 「いやな思いをしていないか」 と聞いてくださる方がありました。 この質問にどう応えるか、私はしばし熟考しました。 何を「いや」と思うかは、自分の態度次第だと思います。 態度と何にフォーカスするかと言う選択一つで、 ちょっとした困難は「いやな経験」にも「チャレンジ」にもなり得る。 私を心配してくださる気持ちは美しい。 そこを尊重・重視して、私成りに美しいと思える返事をすることで、 自分もより勇気づけられました。 私がこういう風に考えられるのは、 美しい人々に囲まれ、ストーカーと言う非常事態にありながら 沢山の友達と素晴らしいコミュニティーにサポートしてもらって、 優しい気持ちでいられるから、です。 私は本当にラッキーです。
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事あるごろに(私はなんて没頭・執着・熱血型なんだ!)と感嘆する。 練習と論文をバランス良く、と朝起きたところでは思っていても、 論文始めると、一日がアッと言う間に過ぎてしまう。 練習やっているといつまでも練習したくなってしまう。 更に、メール対処で一日を始めると、一日の大部分が溜まっていたメールの返信で終わってしまう。 昨日は、ず~っとしなきゃと思っていた掃除と、衣替えとかそういう事を始めてしまった。 気分転換になるかな~と思ったのと、 2章を書いている段階で部屋中に文献が散乱し、 それはそれで2章目には丁度良い具合に2章に重要な文献が上の方に浮いてきていて 足の踏み場はどんどん減ったが、2章執筆のためには丁度良い具合だったのだが、 2章が一応終了した段階で、3章に必要な文献がどこに埋もれているか不明な状況で、 結構切実に掃除が必要だったのだ。 ところが! 掃除を始めたら、洗面台も磨きたい!キッチンシンクもごしごししたい! 溜まっていたリサイクル用のごみもきれいに整理してリサイクル場に持っていきたい! さらに風呂桶、とか机の上とか、もう一生懸命になってなんだか大掃除をしてしまい、 気が付いたら論文を書かずにレッスンを教える時間になってしまっていた。 でも! 私の部屋はとってもすっきり。 文献は完璧に整理された。 よし! 体制が万全に整いました。 これからまた、頑張ります。
