宣言!

しばらくブログをお休みしていました。 う~ん、この二週間、色々あったな~。 ナンだか怠けていた様でもあり、物凄く色々駆けずり回って達成したような... 私のブログをいつもチェックして、 その内容に一喜一憂してくれている家族を始め友人・知人には申し訳なかったのですが、 でも私には多分必要な時間だったのです。 「人生の優先順位」と言うテーマで書き始めたブログエントリーでもお察し頂けたかもしれませんが、 これからの人生の方向性を影響する決断がいくつか目前にあって、 心と頭が忙しかった他、 アドヴァイスを求めるべく私が信頼・尊敬する人々に面会したりしていたのです。 決断その一。 来学期はコミュニティーカレッジで教えない。 決断その二。 練習と演奏を教えに優先させる。 決断その三. 私にとって日々の練習は私を私たらしめる必要な要素。その事に罪悪感を感じない。 決断その四. 上をしつつ、どうやって経済的に責任ある社会人としてやっていくかリサーチをするため、 そして自分のベストを尽くすために、 博士課程の卒業を急がない。 どうやってこの結論に達して行ったかは、 これから少しずつ近況報告の形ブログしていきます。

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自分の極限ベストを常に目指して精進すること。

今週末は土曜日、日曜日と演奏会に出演した。 ヒューストンのコミュニティーに浸透したにオーケストラ演奏活動を始めて今年で10年目の River Oaks Chamber Orchestraのコンサートである。 アメリカ国内で破産の危機にさらされていたり実際破産してしまうオケが相次ぐ中 聴衆も予算も例外的な成長を見ているとしてアメリカ中から注目されているオケ。 色々斬新な試みで音楽の質を妥協せず、しかしどんなレヴェルでも聴衆に楽しんでもらえるよう 色々な工夫を試みている。 その一つに委嘱作品の世界初演がある。 私が出演したのはそんな世界初演のチェレスタのパート。 『不思議な国のアリス』の続編『鏡の国のアリス』の中に出てくる デタラメ詩『Jebberwocky』に触発されて作曲された曲。 最後にはJebberwockyの朗読も入る、 約15分色々な音響効果が楽しく、夢に溢れる曲である。 この他にも例えばプログラムの一曲目では 聴衆の中からくじで選ばれた4人が壇上に招かれて、 オケの中でオケの演奏を間近に体験できるとか、 子供が喜びそうな曲を一曲だけ選んで、 プログラムの中でその曲だけ子供たちが聴衆の拍手を浴びながら入場して オケ初体験をする、とか 本当に細やかな工夫が優しい、すばらしい企画が沢山。 土曜日はこのオケが拠点にしているヒューストンのオフィス街にある教会、St. Johnでの演奏。 日曜日は今回が初めてと言う、ヒューストンの北に約45分車を走らせた所にある コミュニティーセンターでの演奏だった。 このプログラムで私は思いがけず人生観を影響されてしまった。 ベートーヴェンの協奏曲でソロ出演していたAnne-Marie Mcdermottの演奏に感動したのである。 神経が研ぎ澄まされた、一瞬の気の緩みも感じさせない、息を呑まれる演奏だったのである。 しかも聴衆は余り良くなかったのだ。 土曜日の晩は「ここぞ」と言う静かなパッセージで遠慮なく咳き込む人がいた。 咳というのは伝染する物らしい。 一人が咳をすると、「じゃあ私も」と言う感じで咳がどんどん増える。 でも、Ann-Marieは動じること無く、本当に禅僧のような集中力だった。 そしてそのあと太っ腹にも弾いてくれたバッハのイギリス組曲2番の前奏曲のアンコールで 私は度肝を抜かれたのである。 私に最近練習が後回しに成りがちだった自分を深く反省させる演奏だった。 就職活動が何だ!論文がなんだ! 本末転倒!私はピアニストなのに!全てはピアノをうまく弾くためのはずなのに! 血迷ってしまっていた! 土曜日の演奏後のレセプションで 「オケの中でチェレスタを弾いているピアニストですが、あなたの演奏に触発されました」 と自己紹介をしたら、とても喜んでくれた。 日曜日は本当に泣きたくなるほどの会場だった。 最高の音響で素晴らしい会場だったのだが、客入りが本当にチラホラ、と言う感じ。 Anne-Marieが本当に可哀想で、私はまんまん中に座った。 そしたら私の目を見ながら最高の演奏を弾いてくれたのだ。 そして、演奏後にギュッと10秒くらいハグしてくれた。 「音楽人生は楽なことばかりじゃないけれど、でもやっぱり素晴らしいわよね」 と、ギュッと私の上腕を掴んでくれた。 私は練習します! 迷いが吹っ切れた。

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私の人生で大事な物、その5.「本番の高揚」

最近演奏の機会に恵まれている。 今週の水曜日はヒューストン界隈での演奏会を多く手がける Da Camera of Houstonと言うNPO主催のA Little Day Musicと言う演奏会に出演した。 Houstonのオフィス街で正午から1時まで、昼休みに音楽を楽しんでもらおうと言う企画で Houston Grand Operaの拠点、Wortham Theatreと言う堂々とした会場のロビーで行われる。 今回のプログラムはメゾ・ソプラノとヴィオラとピアノ、 そしてメゾ・ソプラノとチェロとピアノのための室内楽。 ブラームス、コープランド、Jake Heggies, Loefflerと 古典から現代まで色々な音楽言語でEmily DikensはBaudlairなどの素晴らしい詩を歌う、 かなり素晴らしいプログラムで、 リハーサルも本番も楽しかった。 本番の緊張、そして共演者との以心伝心、と言うのは何度体験しても凄い。 一秒が物凄く長く感じられ、その間に色々なことを感知できるし、 物凄いパワーを託されたような気持ちになる。 お客さんが本当にピーンと張り詰めて聴いてくれているのが伝わってくる時は そのパワーは本当に倍増されて、自分以上の何かに繋がって 凄い仕事が出来る時がある。 今回の水曜日はそう言うコンサートでした。 Loefflerと言うドイツ生まれのアメリカ人作曲家の書いた曲を演奏した時は 本当に背筋が寒くなりました。 老いた鐘が過去を振り返る、と言うBaudlaireの詩ですが、 曲の中に死者を祭るグレゴリアン聖歌「Dies Irae」がピアノパートに何度も出てきます。 始めは「安易だ」と思ったけれど、聴衆に喰らいつかれて、私も一緒に感動してしまいました。 その曲直後の写真をどうぞ。

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私の人生で大事な物、その4「挑戦」と「目標」

私のとても大切な友達が数年前に言ったこと。 どうしてそう言う発言に至ったのか、経緯も何もかも忘れてしまったが 「ハッ」とさせられて書き留めて置いたので、覚えている。 『人間と言うのは挑戦を必要としている。 だから自分が重要だと信じる挑戦を自分に課し続ける努力を常にしなければいけない。 これを怠ると、自分の脳みそが自動的に挑戦を手当たり次第に求めてしまい、 そう言う挑戦は非生産的であることが多い』 この名言を思い出したのにはいくつか理由がある。 最近私は論文優先で、練習と演奏がちょっとおろそかに成っていた。 ところが急に立て続けに演奏の機会が入ってきたのだ。 例えば先週決まった、NYで21日に弾く演奏会では3楽章から成るこんなソナタも弾く。 シューベルトの歌曲に基づいた変奏曲になっているのですが、 (簡単そう)と思われた方は、1分30秒に飛んで下さい―難しそうでしょう。 難しいのです! この演奏家はノルウェーの作曲家の特集なのだが、私はグリーグのソロの曲集も弾く。 グリーグは叙情的で美しく、技術的に難しい物は少ないのだが、それでも3週間ですよ! ところが、練習し始めて、奮い立っている自分を見出したのである。 (そうそう、この感覚!)とうなづきながら、我を忘れて練習している。 楽しい。 脳みそがプルプルと反応している。 もう一つ、この名言を思い出した理由。 今週末の土・日にヒューストンで非常に地域浸透しているオーケストラ、 River Oaks Chamber Orcestraが委嘱した曲の世界初演で チェレスタのパートを担当させていただくことになった。 初めてのROCOとのお仕事が嬉しかったのだが、 このオケのユニークな支払い法を学んで、浅ましい自分を発見してしまったのである。 このオケはプログラムの何曲弾こうが、演奏者は全て同じ金額が支払われる。 私は一曲だけ。 しかも大きなパートでは無い。 (儲けた!)と思ってしまったのである。 お金を儲けることを目標にするほど空しいことは無い、と思って音楽家になったつもりだったのに。 はっきりとした目標を明確に胸に刻まなければ。 と、言うか私にははっきりとした目標があるのだ、一瞬忘れていただけで。 『死ぬまで毎日、音楽の修行を通じて、ピアニスト、芸術家、そして人間として成長し続ける。その為には毎日自分の幸せに責任を持つこと。貢献でき、触発されるコミュニティーに属していること。そして演奏し続けること』 この目標はもう10年くらい公言し続けている目標。 それに最近加えて『美とは何かを問い続け、美しくある努力と心配りをする事』

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論文を書いてます。中間報告…

う~ん。 論文を書くと言うのは、なかなか苦しい。 リサーチはどんどん面白くなっているのです。 一般的に暗譜での演奏を始めたのは クララ・シューマン(1819-96)とリスト (1811-86)と言う事になっていますが、 実は1800年くらいを境目に、ピアニストはどんどん暗譜で演奏していたらしい。 それに、モーツァルトなんかも楽譜に起こす時間が無くて、 スケッチのような物をチョコチョコット書いた五線譜から演奏したりもしたそうです。 しかも、クララは11歳でのデビュー以来ずっと暗譜で弾いていたにも関わらず なぜか1837年にベルリンでベートーヴェンの「熱情」のソナタを暗譜で演奏した、という史実が 良く暗譜での演奏の最初の例として引き合いに出されるのです。 なぜか。 一つにはベートーヴェンがいかに偉大な歴史的象徴だったか、と言うことがあります。 ベートーヴェンは音楽を 娯楽や宗教音楽、貴族のBGMと言った社会的役割を果たす物から 「自己」を表現する芸術へ、と押し上げ、 必ずしもいつも心地よくなくとも、啓蒙主義的な主張のある音楽を書いた作曲家とされています。 彼が難聴(そして最終的には全く聞こえなくなるのですが)を克服して書き続けたと言う事実も 彼を啓蒙主義の神様のような存在に押し上げたのでしょう。 その彼の、時には苦しい、難解な音楽を暗譜で弾く! これが大事みたいです。 ツェルニーとか、メンデルスゾーンとかモシュレスとか、 クララとかリストよりずっと前に暗譜で演奏していた人も皆 「ベートーヴェンのソナタ全曲」とか「ベートーヴェンの交響曲を楽譜なしでピアノで」とか 兎に角最初の暗譜の記録はいつも「ベートーヴェン」なのです。 もう一つにはクララが女性であった、と言う事実。 モーツァルトの時代には作曲家が自作自演をする、と言うのが普通でした。 ところがクララの時代になると、作曲しないピアニスト、演奏しない作曲家と言うのが出てきます。 そして、作曲しないピアニストは同時代の作曲家だけでなく、 すでに過去の偉大な作曲家の作品を演奏し始めるのです。 こう言うピアニストの多くは女性でした。 なぜか。 女性には「創造力」が無い、と思われていたからです。 例えばこのちょっと前の時代までは楽譜があっても 記譜されている音に装飾音を付けたり、簡単なパッセージを挿入したり、 時にはセクションをリピートして変奏曲にしたり、そう言うことが当たり前でした。 ところが作曲家が偶像化され、 すでに亡き偉大な作曲家の歴史的な曲が崇拝されるにつれて 演奏者が楽譜に手を加えるのは恐れ多い、と言う風になってきます。 この時に作曲家は「主」の立場なのに対して演奏者の配置は「従」の立場。 そしてCreateは男にしか出来なくても、Re-createは女にも出来るんです。 面白い… しかし、今はかいつまんで書きましたが、これには実に複雑な歴史背景があり、 このすべてをどうやってまとめたら良いのか。 書いては消し、書いては消し、 そしてリサーチを続け,ますます議題が複雑に成り… ウオおおおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~~~!!!! これは大変です。 本当に大変です。 マキコ、チャレンジ!

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