• バーンスタインは作曲しながら卑猥な落書きを繰り返ししている。 チャールズ・アイブズの直筆は意外にもぶるぶる震えている。 シューベルトの直筆と思われていたものが、実は出版準備の為のコピーイストの物だと発見して残念。 ブラームスの直筆は読みにくい。急いで書いてるみたい。 音符を全部書いてからフレーズとかを「ザ!ザ!」と書き込んでいる。凄い勢い。 ベートーヴェンのは汚なくて、ほとんど全然読めない。 何を大事にしてこだわって書いて、何がやっつけ仕事だったのか、 筆の圧力や丁寧さ、雑さ、筆の勢い、溜めこみ、力のかけ方、抜け方などで 段々分かって来るようになる。 面白い。

  • 凄い!

    モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、コープランド、バーンスタインの直筆が次から次へと出てくる! シューベルトの直筆も、メンデルスゾーンの直筆も、バッハの直筆も、どんどんどんどん出てくる! ランドウスカのハープシコードも、クライスラーのグアルネリも、ピカソのステージプランも、ショーンベルグの「月夜のピエロ」も! これをどうするか、どう活かすか。 試されている気がする。

  • 去年に引き続き、ライスの音楽学部は博士課程の生徒5人を選び、ワシントンDCに送り込みました。Library of Congress(米国の国会図書館)でリサーチと演奏をするためです。Library of Congress(以下、L of C)はアメリカで一番古い文化関係の建物で在り、世界で一番大きな図書館です。 今年選ばれた5人は一年目から私とチェロの女の子、3年目から作曲家とヴァイオリニスト、4年目からもう一人ピアニストです。このプロジェクトは2段階になっています。私たちは今回、12月5日から10日まで5日間リサーチをします。2段目は、3月1日から5日までもう一度DCに戻ってきます。この時は私たちは演奏をする予定です。DCの演奏会の前はヒューストンで同じプログラムで演奏会が在ります。 プロジェクトの第一段階の今回は私たちはリサーチをします。リサーチの課題は大きく分けて二つあります。 1) L of Cの音楽のコレクションは直筆の楽譜、直筆のコピーが多く在りますが、その多くはきちんとカタログされておらず、これらのコレクションのきちんとした記録が在りません。何が在るのか、把握している人がいないのです。私たちはこれらの膨大な量のコレクションに目を通し、自分に興味が在る物をカメラで写したり、コピーを取ったりする事が許されています。去年のプロジェクト・チームはバーバーのトリオ、まだ存在を誰も知らなかったトリオ、を発見しました。私たちがこうやって探している過程で、少しずつこれらのコレクションをカタログするお手伝いをするのです。ここで見つけた物の一部を、私たちは2月と3月にヒューストンとワシントンで何回かの演奏会で演奏する事になっています。 2) ライス大学は1912年に創立されました。2012年は創立100年の大きなお祝いとしてイベントが沢山企画されています。その一環として一年間にわたるコンサート・シリーズが予定されています。この演奏会で演奏されるのは、1912年に書かれた、あるいは出版された曲、または、1912年に(特にヒューストンかヒューストン近辺で)演奏された曲、です。私たちは1912年に書かれた曲、あるいは出版された曲、そしてヒューストン近辺で在った演奏会の曲目を調べます。 学校は私たちの経費を全て負担してくれた他、L of Cの真向かいにあるホテルにそれぞれ一人部屋を取ってくれ、お小遣いもくれました。明日の朝8時半に図書館の係りの人が迎えに来てくれます。

  • 移動中

    木曜日はマインド&ボディー及びLarry Rachleffによる有志の為の特別クラス「スコア・スタディーズ」の最終回の後、これから私の主任教授となるブライアン・コンリーとのこれからのレッスン方針などについてのミーティング、急にこれから教える事になったおしゃまな11歳の女の子のレッスンと午後も割と忙しく、夜にはチェンバー・シンフォニーの演奏会を聴き(メンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」、ラヴェルのマザーグース組曲、そして指揮者なしのチャイコフスキーの弦楽セレナーデ)を聞いた。 金曜日は洗濯、掃除、今学期のノートの整理、図書館への山の様な本の返却など、これから一か月、年明けまで不在にするヒューストンでの生活に一区切りを付けるべく翻弄。夜はシンフォニーの演奏会を聴く(ワーグナーの「ローエングリン3幕への前奏曲」、ストラヴィンスキー「Symphony in C」、そしてライスのピアノの教授でもあるジョン・木村・パーカー氏独奏によるブラームスのピアノ協奏曲2番。圧巻だった。特にブラームスが素晴らしく、演奏直後、思わずワッと立ちあがってしまった。素晴らしかった)。この日は10時過ぎに終わった演奏会の後、ライス大学での日本人のお友達やその他数人を交えて鍋大会で午前2時までドンチャン騒ぎ!その後荷造りして睡眠は計4時間。 そして今日土曜日、朝の飛行機でNJまで飛び、これからDCで学校スポンサーのLibrary of Congressでの5日間のリサーチの為の冬服などを整え、一息ついてから明日DCにバスで向かいます。保護者のジョーンとエドは、私が孵って来るのを首を長くして待っていてくれ、夕飯はイタリア料理をご馳走してくれました。私の到着をこんなに心待ちにしてくれている人たちが世界のどこかにいる、と言うのは嬉しい物です。 明日はワシントン入り。リサーチは月曜日の朝8時半から始まります。学校がLibrary of Congressのすぐ隣の豪華なホテルを取ってくれたので、それが楽しみです。ホテルの室内プールやジムが特に楽しみなので、体操着と水着を忘れないようにちゃんと荷造りしよう。

  • 今学期は私は新しい事に色々挑戦した。 今までより集中して指揮に取り組んだし、大学での教職をゲットすると言う新しいはっきりとしたゴールに向かって、正式なレジュメの製作、面接の練習などをした。それからロサンジェルスの日本語テレビチャンネルの為のプチ・音楽講座の製作の開始、自分の勉強の為の指揮のヴィデオの録画・編集、さらに博士課程セミナーの一環として録音・編集技術の習得など、テクノロジーに関する事を非常に多く学んだ。 そんなわけで自分の録画像を多く見る機会が在った訳だが、自分に付いて一つ大きな事に気が付いた。私は頭がぐらぐらしているのである。話している時や指揮をしている時、絶えず頭を振っている。さすがにピアノを弾いている時は(姿勢などについていつも考えているし、長年訓練しているので)頭はしっかりと座っているが、指揮やトークの時、一々頭を動かしているのは、一見表現豊かそうに見えて、実は非常に非効率的、そして上辺の効果の為に本質を犠牲にしている、悲しい事実だと思う。これは私の学習、そして人生のスタイルも反映しているのでは、と、大いに反省、これからの課題にしたい。 私は何かを発見した時、そのことに付いてすぐ表現したがる。しかし表現する事に集中する余り、その発見を消化すると言う作業をおろそかにしている事が多い気がする。例えば音楽に関しても、私は楽譜で読んだ情報をピアノで弾く、あるいは指揮で振る事を割と簡単にこなしているが、本当に楽譜で得た情報を頭、腹、そして人間として受け止めて消化して、自分のものとしているか、と言うのが多いに疑問になって来た。表現する事で自分で反芻して、確認すると言う効果も勿論あるが、しかし私は自分の物事に対する理解が余りに浅はかな気持ちがして、悲しい。もっとしっかり分かりたい。楽しみたい。そして覚えていたい。自分のものとしたい。もっと腹を据えて、頭や表情をそんなにくるくる変える事無く、一々自分が今瞬間的に取り入れた情報をばらまいて分かった様な錯覚をし、周りにもさせる事に集中するのではなく、お腹の底で感じ取り、消化し、しっかりと自分の中に取り入れる時間をかけてみたい。