Category: 音楽人生


  • ブログをお読みいただいている方々はもうご存知とかと思いますが、 私は『スカぴあ』なるモノの、創始メンバーでも、あります。 『スカぴあ』は横須賀(スカ)ゆかりのピアニストのグループの略です。 リーダーの宮川久美さんの提唱で始まった2011年は 兎に角3.11のチャリティーを!と言う事最初集まりましたが、 その後お陰様で毎年恒例となって、今年四年目です。 3人の横須賀出身のピアニストに 唯一横浜出身、しかも在外の私が加わらせていただいているのは、 私の日本での演奏活動を今までずっと応援してくださってきた 『海外で活躍する演奏家を応援する会』が横須賀に本部があるためです。 ソロの部、スカぴあオーディションを勝ち抜いた「スカぴあ名誉隊」の部、 ピアノの連弾:4手(二人)、6手(三人)、8手(四人)の部、 そして2台のピアノによる豪華なグランドフィナーレの部! そして全てに先立つプレ・イベント、毎年大好評の「弾き比べ」。 四人のメンバーが同じ曲を同じピアノで次々と弾きます。 同じピアニストが、同じ曲と音響の中で、これだけ違う音を出し、音世界を作る! と、毎年びっくりしていただきます。 今年の曲は「子犬のワルツ」。 詳しくはスカぴあのHPにて! http://www.sukapia.com/ みなとみらいが終わるまで、私抜きでリハーサルや打ち合わせをしていてくれた皆。 みなとみらいが終わった翌日の昨日、私が加わった最初のリハーサルが始まりました。 みんなとの再会は、特に色々在った今年、本当に感無量です。 一緒に弾き始めると本当に楽しい! みなとみらいで本番前のリハーサル中に音響と最高のピアノに陶酔したのとは又違った わくわくとした楽しさで、笑い声が上がり、思わず声を大きくなります。 皆の目が輝いています。 私も自分で、演奏会翌日の疲れが吹っ飛び、楽しさが満身に溢れてくるのが実感されます。 そしてリハーサルの前後、そして休憩中に交わす雑談。 音楽家として生きることの喜びと困難、音楽の話し、 音楽家で無い人(親や、パートナーなど)にどうやって自分の選択に共感してもらうか、 など、仲間だからこそ実感を持って交わせる話題が飛び交います。 私は、在外で、日本ではコピー機もうまく扱えず、本当にお味噌的な存在で 毎年申し訳なく思っていますが、 一年に一回だけ帰って来る日本でこんなに素晴らしい仲間と 共演して、一つのイベントを創り上げることができることが本当に幸せです。

  • 昨日の13時半開演で、「ショパンToジャパン」の独奏会をして参りました。 ピアノもホールも良く響き、 (ああ、良いホールで、良いピアノで弾くって、そう言えばこういう感じだった!)と リハーサル中は至福のときでしたが、本番は思わずあがってしまいました。 リハーサル中は問題なかったヒールが、ひざが震えてバランスが取りにくく、 ペダルを踏むのが困難になって、途中で脱いでしまいました。 それでも、ホールがピアノに共鳴するのは本当に気持ちよく 気持ちよさに浸るのと、「あがり」に襲われる、そのせめぎあいで 私の中の葛藤はかなり忙しく、時に音楽がおろそかになったのではないかと危惧しますが、 自分では明らかなミス以外は判断のしようが在りません。 でも、録音聞くのも怖くて本当にいやなんだな~。 でも、そんな中、父がお世話になっている同僚の方のエピソードが私を和ませてくれました。 この方は前半の途中に会場を飛び出してきたそうです。 受付をずっとやってくれていた父(どうもありがとう!)が 「どうしました!?」とお伺いしたところ 「ショパンが良くって血が騒ぐ!花を買いに行って来る!」 と言って、走って行ってしまったそうです。 非常に立派な花束に付けられたカードには 「誠に、実に素晴らしいピアノを聴くことができました。 気づいていましたら日比谷花壇を探していました」 と、書いてありました。 私はこのエピソードはずっと忘れません。 これから一生、心の宝、勇気の素にさせていただきます。 「Beauty is in the eye of the beholder(美は見る人の目の中にある)」 と言う言葉に付いて、考えさせられます。 私はもっと委ねる、と言うこと、託す、と言う気持ち、信頼すると言う姿勢を持たなければ。 一度解き放った音楽は、もう聴き手の物なのです。 私は正直に、一生懸命、ピアノと音響と音楽と聴衆の聴く心を信じて、 ただもうそこにある音楽を解き放ち、音楽世界を広げるのが、 ピアニストとしてのお仕事なのです。 それ以下でも、それ以上、でも無い。 もっと謙虚に成ろう。

  • 日本二日目は三鷹の和風ギャラリー「静」で演奏してきました。 和風の焼き物、ガラス細工、染物など、雰囲気の溢れる素晴らしい物たちが 沢山置いてあるこじんまりとしたスペースになぜか アップライトが置いてあって、ここでの演奏は7年目です。 地域に強く根付いているのは、やはりオーナー原さんの人徳でしょうか? 毎年、必ず来てくださるお客様が一生懸命聴いてくださり、 熱心に音楽協議に参加して下さって、 一緒に「音楽会」の空間を共有、いえ、共同制作してくださいます。 今年はそこに、留学を模索中に私のブログに出会ったと言う 大宮からいらした、ピアニストの方がいらしてくだり、 演奏が終わってからの恒例の食事とワインと歓談の会で、盛り上がりました。 毎年、花束まで持ってきてくださるSさん。 奥様が作ってくれるお料理持参で参加してくれるお店から徒歩1分と言う方も居ます。 私の着物姿のデザインの「ショパンToジャパン」のアルバムも好評で、 皆さんに一緒に祝っていただけました。 14年年目だから、の醍醐味です。 「継続は力なり」と言っていただきました。

  • 昨日の演奏会は物凄く喜ばれたし、自分自身も意義を感じる会でした。 1829年にウィーンで製造された古楽器で、ソプラノとのリサイタルだったのだけれど(途中でNatural ホルン奏者が三曲参加)、まず会場が凄かった。マンハッタンに現存する最古の建物で、歴史的建築物に指定され、NYCが博物館として管理している1765年の豪邸。マンハッタンの北のハドソン川を望む高台にあって、ジョージ・ワシントンがアメリカ独立戦争の時総司令本部に使っていた建物です。楽器はソプラノ歌手の家族におじいさんの代から伝わって来た物で、おじいさんが別荘を買った際、建物と一緒に買い取ったのですが、その頃にはもう楽器としては使い物にならなくて、ただ単に家具として部屋の隅にずっと置いてあったそうです。この別荘にソプラノは物凄く執着していて、ここで芸術家村のような物を計画して…とか色々夢が在ったらしいんだけど、お家の事情で別荘が売られることになった時、兎に角この楽器だけでも救出しようと、物凄い散財をして運び出し、オランダで修復作業をし、アメリカに空輸して、凄いリサーチをしてこの博物館が時代的にも一番適当と決断、ここに寄贈してこのフォルテピアノでコンサート・シリーズをようやく始めよう!と張り切っている時にこの建物の湿度・温度管理が皆無で、フォルテピアノがまた使い物にならなくなっていることを発見…またもや修復作業。そして、気候が一番安全なこの時期に兎に角一回だけはコンサートをして、その後にもっと湿度・温度管理設備が整っている音楽学校に寄贈することを決定。そのたった一回のコンサートが今回の演奏会だったのです。 古楽器演奏の専門家ではなく、私のような普通のピアニストを起用した理由は、このソプラノ歌手の夢の中に、この楽器で、普段古楽器に触れる機会の少ない普通のピアニストに古楽器演奏の機会を与え、音楽観や視野を広げてもらいたいと言う熱情がもともとあったからです。私は、師事するBrian Connelly氏が古楽器の専門だったこともあり、彼の演奏する古楽器演奏会に聴衆として定期的に参加していますし、参考のために彼の所有する色々な時代の古楽器に触れさせてもらったりもしているのですが、、実際に演奏に向けて練習すると全く気合が違い、今回は本当に開眼の瞬間に多く恵まれました。古楽器と現代のピアノの違いはいわば、普通に喋るのと、演説をするような違いがあります。古楽器の鍵盤は現代の鍵盤の半分ほどの重さしかありません。実際にはもっと軽く感じられ、それまで指をたくさん動かして弾いていたシューベルトやベートーヴェンの速いパッセージやトリルなどは、古楽器では本当に遊んでいるようにより速く、軽やかに、簡単に弾けます。現代のピアノが共鳴に金属盤を使い、スチールのピアノ線で物凄い重量と、圧力がかかっているのに対し、古楽器では全ての部分が木で作られていて、音量はずっと小さい物の、暖かい、無理の無い音がします。でも、音量は相対的なものなのですね。始めは「小さい音だな、可愛らしいな」と言う印象を持つ古楽器の音色が、一度その音世界に入り込むと、その音量と音色の微妙な差の味が味わえるようになってきます。一番びっくりしたのは、低音の魅力。例えばベートーヴェンの月光のソナタのベースなど、古楽器で弾くと本当に打ち震えるように響くのです。とても劇的な効果です。もう一つ古楽器で探求して本当に楽しかったのは「モデレーター・ペダル」と呼ばれるペダルです。このペダルを踏むと、弦とハンマーの間に布が差し込まれ、全く新しい楽器のように音色がガラッと変わります。ハープシコードか、ルートのような音色ですが、音はずっと長く響かせられるし、強弱の幅も広い。ハンマークラヴィアのゆっくりな3楽章にこのペダルの使用が指示されていたので、このペダルの存在は知っていましたが、実際にこの楽章をこのペダルを使用して弾いてみると、これは驚異の効果!現代のピアノでは絶対分かりません。 しかし一番の収穫は、聴衆の反応でした。食い入るように最初から最後まで聞いてくれ、冗談をかませば大笑いしてくれ、最後の音の緊張感が溶けていく瞬間には皆で一緒に大きなため息とともに拍手のポコ・ア・ポコ・クレッシェンド。本当に会場が音楽を通じて一体となってに特別な時空を共有・共感した!と言う、まさに私が目指しているような音楽会となりました。演奏後「宇宙に小さな穴が開いてこの会場ごと皆で2時間タイム・トラヴェルをしたようだった。物凄い体験だった」と言ってくれた人や「あなたの『この楽器の製作者を始め、修復を決断したマルチェラ(ソプラノ)、修復を手がけた修復者や、今日の演奏会を可能にするために寸かを惜しんで調性したステュワート、そして今日の演奏会の企画に関わって奔走した皆、そして今日こうして会場に足を運んだ聴衆の一人一人。全ての人のこだわり、愛情、熱情がこうして歴史を経て今日の演奏会に繋がっているんだな、と実感し、今日ここでこのフォルテピアノを演奏できる自分の運命に感動しています』と言う言葉に感激して涙してしまいました」と言ってくれた人など、本当に音楽人生の醍醐味を今日、味わえたな~、と思いました。 感謝。

  • 一概にマンハッタンと言っても、区域によって全く雰囲気も文化も違います。 この多様性がマンハッタンの一つの醍醐味なのですが、 今、このブログの頁を開けながら、窓の外のハドソン川にしばし見入って、 (ここに住んでいたら、私のNY生活は全く違った物になっていただろう) と言う思いに取り付かれました。 窓の外はハドソン川、とその向こうの緑生い茂るNJ州、 手前はマンハッタンのリヴァーサイド・パーク。 ハドソン川はこちらの川岸から向こうの川岸まで2キロ半?3キロ? 川の流れはゆったり。そしてヨットや貨物船がカタツムリの様に下り、上り… 大きな鳥(鷹かな?)が翼を広げて空中を漂っています。 私がNYで最後に住んだのはここから約20ブロック南に下った辺り。 ここは主にドメニカ共和国出身者が多い区域で レストランも南米系が多く、 私はサンドウィッチを重い焼き機でつぶしてカリカリに焼いて食べる ここら辺のサンドウィッチと濃いコーヒーを甘~くしてクリームたっぷりで飲むのが 大好きでした。 ドメニカ共和国では「音楽を一人で聴くのは自分勝手」と言う哲学があるそうで、 寒くなくなったその瞬間から人々はデッキチェアに座り 道端の思い思いの場所で大きな音で音楽を分かち合います。 私はこのアパートに住んでいる時は、就寝時には必ず耳栓をしていました。 2006年にLAに移ってもう8年ですが、 その前私はNY周辺に実に17年も住んだのです。 こうして帰ってみると、どの街角にも思い出が詰まっています。 マンハッタンをこんなに良く知ることが出来たのも、 私の音楽人生の達成感を感じる一つの項目です。 さあ、今日は録音編集とリハーサル!