日本食にケチャップ
日本で演奏会を始めて数年後のこと、母とこんな会話をした。 母はチケットの売れ行きを案じて 私に「皆に耳馴染みがある、ポピュラーな曲も少しプログラムに入れて」と頼んだ。 そして私はそれを突っぱねたのだった。 「アメリカで日本食レストランを始める時、アメリカ人に食べやすいようにってケチャップかける? そうじゃないでしょ、少し分かってもらうのに時間がかかるとしても、 ちゃんと昆布や鰹節でお出汁をとって、 美味しいもの、心をこめて作った物はいつかは美味しいと思ってもらえるって信じたいでしょ? 私も同じ。 ちょっと取っ付き難くても自分が一番凄いと思う曲や作曲家を 心をこめて、『良い物は伝わる』と信じて妥協せずに演奏したい」 と言うのが私の反論だった。 以来私はこの12二年間、家族と「世界で活躍する演奏家を応援する会」NPOが見守る中、 自分の好きな曲を一生懸命弾いてきた。 ベートーヴェンの中でも最長で、もっとも難解とされる「ハンマークラヴィア」や 演奏時間が一時間を有に1時間を越える「ゴールドベルグ変奏曲」など、 普通の主催者ならしり込みするようなプログラムも 家族や、「世界で活躍する演奏家を応援する会」の会長の斉藤さん、そして私の聴衆は 暖かく見守って許容して下さった。 しかし今年日本で、私は自分が主体でない演奏会にいくつか共演者として参加することになった。 チェリストとの共演と、「すかピア」(横須賀ゆかりのピアニスト・グループ)である。 これらはずっと聴衆を意識した選曲を行った。 この二つの全く関係ないプログラムが両方 「カルメン・ファンタジー」と日本の童謡である「夏の思い出」の編曲が含まれている、 と言えば大体分かっていただけるだろう。 そして、お客様は確かに楽しんでいらしている。 父も、大喜び。 私と議論を戦わせた母はさすがに簡単にはこの選曲を慶んで見せることはしないが、 今、私はちょっと迷っている。 私だって「夏の思い出」を弾くのが楽しくないわけではないのだ。 でもやっぱり、こだわって、精進して、背伸びして、聴衆に挑戦したい! 7月7日、王子ホールで演奏した「カルメン幻想曲」です。