Category: 音楽人生


  • メリークリスマス! クリスマスはなぜか子供時代を思い出させてくれます。サンタさんとか、クリスマスツリーとか。 私は1歳半から6歳半まで父の転勤に伴い、香港で過ごしました。クリスマスイブになると、ブラスバンドがクリスマスキャロルを演奏して、それを家族でベランダに出て、聞きました。素敵な思いでです。ちなみに、バンドメンバーが演奏後、一部屋一部屋回って、寄付を集金していたのも覚えています。あの奏者たちはどういう人たちだったのだろう? 私は両親や駐在員コミュニティーの子供たちとは日本語、乳母とは広東語、そして幼稚園では広東語と英語、と言う環境で言葉をしゃべり始めました。始めは文章が色々な言葉のちゃんぽんで、お友達との意思疎通ができず、幼稚園でも一人遊びが多く、母を心配させたそうです。そのせいでしょうか?家に在ったアップライトを勝手に弾き始め、特に教えられた記憶があるわけでも無いのですが、即興演奏をしたり、童謡などを弾いたりしていました。そして、いつも歌を歌っていました。 今、私は自分がどうやって舞台恐怖症を克服したか、その過程を本にまとめています。その資料として、古い演奏録音をデジタル化しているのですが、3歳の頃、まだレッスンを始める前の録音を聞いて、考えるところ多し。 クリップをお聞きください。   私がすごいと思うのは、3歳の私がピアノを弾きながら歌っていて、どの鍵盤を押せばどの音が出るかと言うことを感覚的に知っているということです。クリップの最後に10度の跳躍をしているのですが、レからそのオクターブ上のファをちゃんと歌っている。別に自画自賛をしているわけではなくて、なんで、と言う疑問がまず一つ。私の両親やよくLP録音でクラシックを聴いていたし、私の母はピアノを弾いたり、コーラスで歌ったりしていた。その記憶?さらに、この自信と言うか、自分の感覚的な知識と言うのが信じられなくなって、舞台恐怖症に至るまでの自分に何があったのか?と言う疑問が二つ目。 書く、と言う作業は自分が潜在的にずっと考えていたことを形にしてくれている、昇華させてくれる作業だと、実感しています。どうぞ、応援してください。

  • US-ジャパンリーダーシッププログラムのご縁でお会いすることの出来た退蔵院副住職でいらっしゃる松山大耕さんの記事です。音楽家として、皆さまの心により寄り添った活動をするにはどうすれば良いのか試行錯誤をしている自分にはとても考えさせられる記事でした。 17年間、皆さまのご支援の基、毎年定期的に日本で演奏活動を行い色々な出会いに恵まれて来ました。癌闘病を続けながら毎年「来年もマキチャンの演奏会を聴きに来れるように頑張ります」とおっしゃってくださって遂に亡くなった方もいらっしゃいます。家族の闘病を支えながら毎年演奏会に来てくださる事を家族の恒例行事にしてくださっていたご家族が、お亡くなりにご主人や奥様と「今日はデートです」と言ってお子様と一緒にいらしてくださったケースもいくつかありました。また私が帰国の度に練習をさせていただきに伺っていたお宅のご近所で介護で苦しんでいらっしゃる方が「マキチャンの練習が始まると(良く聞こえる)お庭に出て草むしりをしながら泣いた」と教えてくださった事もありました。ただ、この方々は、私が勝手にやっていた音楽活動にありがたくも癒しや家族の絆の象徴性の様なものを見つけてくださったのであって、もっと積極的に私から癒しを提供できる活動をするためにはどうすれば良いのか。それともそんな事を考えるのはおこがましくて、私は私の芸に徹すれば良いのか? 人生半ばに差し掛かり、博士課程取得など色々な節目を迎え、これから社会度の様に社会貢献をさせて頂こうか、色々考えています。カンボジアやアフリカに音楽教育に行くなどと言うお話しも在ります。それは私の見聞を広める事には違いない。そして貢献も少しは出来るでしょう。しかし本当に遠征しなければ私の音楽や音楽観・人生観は社会貢献出来ないのか?ニーズはもっと身近なところにも沢山あるような気がします。皆さまにお考えをお聞かせ願えれば幸いです。

  • 昨日は千葉女子専門学校と障碍福祉サーヴィス「まあるい広場」、そして千葉の「平田真希子応援団」の皆さんのご協力により、障碍者とその家族のための音楽会が実現しました。音楽が特に自閉症などをお持ちの方々に効用を発揮することは証明されていますが、でも実情ではこの様な方々が普通の演奏会にご出席なさりにくいのです。通常のクラシックの演奏会では聴衆は儀式のルールにのっとった行動を期待されます。静粛不動で、決められた場所で拍手をする。それは、正直なところ大方の人に窮屈なのではないでしょうか?特に、色々な事情をお抱えの方々はこのルールに徹するのは無理がある場合が多いのですが、そうすると他のお客様のご迷惑になる場合があり、ご家族も恐縮されてしまいます。だから障がい者とそのご家族が、何の心配も気兼ねも無く、堂々とおおらかな気持ちで音楽を楽しめる会が出来れば良いな~、といつも機会を探しています。 昨日は思いがけず多くの方々にお越しいただけました。主に自閉症、ダウン症と言った知的障碍をお持ちの小さなお子様から大人まで、そしてそのご兄弟や保護者の方々、そして施設や団体関係者の方々など雲行きのあやしい土曜日の午後でしたが、120名位の方々がお集まりくださいました。中には車いすの方もいらっしゃいます。(音楽会の会場に居る!)と言うだけで興奮と緊張のあまり車いすの中で跳躍の様な動きが何分も止まらない男の子も居ました。開場前の私が少し練習の手を止めると、その度に一生懸命一々拍手をして下さる方も居ました。 時間が来て会が始まった時、私はまず音と言う物がいかに空気の振動で耳の鼓膜だけじゃなくて、聞いてくださる方を囲んでいる空気の全てを振動しているか、と言う事、だから私はピアノを弾くとき、聴衆の皆さまを一人ひとり優しく触れるつもりで弾いています、と言うお話しをしました。そしたら最前列の女の子が自分の頬っぺたを優しく触れているのです!うれしい…。そしてみんなの興奮を沈め、音に集中してもらうために、まず一音だけぽ~んと弾きました。そして皆には手を挙げてもらって「音が段々小さくなって、もう聞こえないと思ったら手を下げてください」とお願いしました。そしたら会場の空気が本当に集中して来るのが手に取るように分かったのです。不思議な感じでした。 その次にバッハの平均律集一巻から前奏曲一番を弾きました。 「この曲はいつも同じフレーズが二回繰り返されます。皆で一回目に息を大きくゆっくり吸い、二回目で大きくゆっくり吐いてみましょう」と言ってまずデモンストレーションをした後に曲を弾き始めました。そしたらみんな本当に一生懸命私と一緒に息を吸ったり吐いたりしてくれました。 その後にショパンのエオリアン・ハープを弾きました。 次は同じショパンの「英雄」ポローネズ!主題の勇ましいテーマが聞こえたら敬礼をしてください、とお願いしたら、みんな一生懸命聞いて、敬礼してくれました。ちょっとダイジェスト版にして、中間部はカットしましたが、全部弾いても皆一生懸命に聞いてくれたのかも知れません。 皆が元気づいて、にぎやかになってきたので、次は鎮静効果のあるドビュッシーの「月の光」を情景の説明をしてから弾きました。 そして「月の光」比べで、次はベートーヴェンの「月光」の一楽章。 そしてベートーヴェンが難聴・失聴に打ち勝った英雄だったと言う事をお話しした後、ソナタ一番の終楽章を弾きました。 人間と言うのはいかなる困難にも打ち勝つ事の出来る強い生き物だ、と言う事で、スクリャービンの左手のためのノクターンを弾きました。右手を故障してしまったピアニスト、戦場で右手を亡くしてしまったピアニストでも、生きている限り音楽を続けようとする意志のある人達が左手のための曲を沢山委嘱しました。その事だけでも、人間賛歌、そして困難を直面している人への応援歌となる、と私は思い、私自身がいつも勇気づけられます。 終演の時間が近づいてきたので、みんなで楽しい気持ちになってもらおうと思い、係りの方に鈴や太鼓やカスタネットなどを配っていただいて、みんなからリクエストを頂き、「サザエさん」「キャンディ―キャンディー」「ドラえもん」「水戸黄門」などのテーマソングを弾いていっしょに歌ってもらいました。みんな一生懸命歌って手拍子や打楽器で参加してくれました。エリーゼのためにも弾きましたし、最後のアンコールではトルコ行進曲でみんなに足踏みをしてもらいました。昔はこういうみんなが喜んでくれるポピュラークラシックや、アニメ・ソングなどを弾くのは、本当に心外だったりした時期もありました。自信が無かったのだと思います。でも今は私は音楽は楽しくなければいけない、と思います。そして本当にシェアするためには歩み寄りもしたい、と思います。 楽しい会でした。皆に喜んでもらえて、私も本当に嬉しかった。 音楽と言うのは本当に治癒能力があると私は信じています。でも本当にその効果を必要としている、闘病生活を送られていたり、人生に困難を抱えていられたり、自分で移動が難しかったりする方々に生演奏を聴く機会と言うのは少ないと思います。こういう活動をもっと沢山やりたい、そしてこういう活動を広めていきたい、と思います。 今夜は千葉のジャズスポット「Candy」で「『天上の音楽』vs.地上の英雄」を弾きます!Candyももう10年以上毎年お邪魔しています。通の常連さんが沢山集まる、熱気あふれる音楽会場です。楽しみです。

  • 昨日は千葉美浜文化ホールでの「『天上の音楽』vs.地上の音楽」でした。音響もピアノも素晴らしいホールで前々から今年も楽しみでしたが、本番前の練習の時、あまりにも音がきれいで練習し過ぎ無い様に、本番のために体力温存するため自分を制するのが難しい感じでした。こういう時、本番前は結構苦しいです。素晴らしいごちそうを目前に、お預けを食らっている感じです。 今、昨日の録音を聴きながらブログを書いていますが、素晴らしいピアノや音響と言うのは奏者を勇気百倍にし、また実際の助っ人にもなってくれます。私も昨日は本当に気持ちよく弾けました。まだまだ課題は多いのですが、でもきゅりあんよりも自分本位の演奏が出来た、と自負しています。 でも、ゴールドベルグを演奏する前にちょっとしたハプニングが… このブログを読む方の中には「寝耳に水」の方も多いかと存じますが、私実は毎年恒例で17年間行ってきた日本での演奏活動に一つのピリオドを打とうと思って今年は来日しています。今の形ではあまりにも家族や応援の会・応援団の皆さまへの負担が大きいと言う事、そして私ももう音楽博士の学位を頂き、長かった学生生活に終止符を打ち、ボランティアの方々に頼らなければ出来ない活動は辞めようと思ったのです。品川きゅりあんの際には、嬉しい演奏会の場で、その事をお客様にご披露するのも水を差すようで気が引けしなかったのですが、千葉の方では主催者をずっとしてくれていた叔母から「話しをしてくれ」と言われていましたので、ゴールドベルグの紹介の最後にちょっと言い始めたのです。 「私が今年特にこのゴールドベルグ変奏曲を弾きたかった理由は長~いこの曲の最初と最後にそっくり同じ形で提示される美しいアリアに、時間の不思議さと感慨深さを感じたからです。17年間、私も多大なご支援を得て演奏をしてまいりました。長いようでも短いようでもありました。色々な事がありました。私自身も色々経験・成長しましたが、お客様も皆さま色々おありでした。長い介護の末親御さんを亡くされた方も居ます。生涯の伴侶を亡くされた方も居ます。ご自身がずっと闘病生活を送りながら『来年も真希子ちゃんの演奏が聴けるように一年また頑張ります』と毎年おっしゃってくださった方も亡くなってしまいました…」ここで、ウっとなってしまったのです。自分でも全く予想していなかったことでした。でも本当に沢山の方のお顔が思い出されて感無量になってしまったのです。感謝と、『愛』としか言いようのない気持ちに襲われてしまったのです。 私は本当に幸せ者だと思います。これからは、音楽を通じた社会貢献・国際親善を積極的に模索・実行して行きます!また、ご招待いただければ日本でもどこでも、聴衆が居ればどこでも飛んでいきますので、是非ご相談ください:)

  • 私の大志

    私は、もしかすると一見滑稽と思われるかも知れないくらいの巨大な志を持っている。 それは、音楽活動を通じて世界平和に貢献したい、と言う事である。 音楽は想像力を刺激する。時空を隔てた作曲家の境遇に思いを馳せ、その気持ちに寄り添いたい、と思わせてくれる共感を促す。更に、時空を共にして音楽を共体験することで、縁在って同じ演奏を共有することになった隣人との一体感を実感することが出来る。 私は人類と言うのは共同体だと思っている。この考え方で行くと、自分だけ幸せになる、自分だけ豊かさを楽しむ、と言う事は不可能になる。激痛にのたうつ人を目前にステーキのおいしさを堪能できる人は、私の考えでは人類の一員ではない。不幸せな隣人の横で、自分の幸せに優越感を持てる人も、人類の一員ではない。潜在的には私たちは、人類全体の幸せや不幸に自分の幸せ度を左右される、そういう生き物だ、と私は思っている。成長痛と言うのもある。必要悪と言うのもある。でもそう言うチャレンジは自然に発生するものであって、お互いわざわざお互いを痛め合わなくとも十分あると思う。 例えばシリア難民を受け入れるか否か、と言う問題はこういう考え方で行くと自明になってくる。勿論、難民を受け入れると言う事は大変な事だ。限りある財政、資源、そう言ったものが自分や自分の家族・子孫に十分残るか、と言う危惧は物凄く現実的な物だと思う。でも、究極的に考えて、私は一人だけ十分な食事を取って生き延びるより、皆と共同体として飢餓を経験する方が良い。最終的にそれが死に至っても。また周りには色々な困難に直面している人が沢山いる。人種差別や性差別に苦しんでいる人、貧困(2012年から14年の統計によると私が現在住んでいるテキサス州の17.2パーセントの家庭が食べる物が十分に無い)、奴隷(現在、自分の意思に反して報酬無しで働かされている人達は史上最高の人数だそうだ)、暴行… 気持ちが萎えるような現状の多くは、マスメディアやインターネットの浸透により、人々がどんどん共感が苦手になって来ているからなのでは?と言うのが、私の自説。そして、私がじゃあ個人的に何が出来るかと考えて、演奏と自分が伝授された音楽の知識を使って共感に喜びを感じてもらえるきっかけを作る、と言う事だと思う。 それをより効果的に出来るようにするために、これから色々試行錯誤するつもりなのだが、その試行錯誤の一巻として私は今回US-Japan Leadership Program(日米リーダーシッププログラム、略してUSJLP)なる物に参加することになった。プログラムの詳細は、こちら(http://www.usjlp.org/jp-about/)。様々な分野から選ばれた日本人20人、アメリカ人20人が、2年間にわたってそれぞれ一週間の共同生活を通じて友好を深めると同時に色々な社会問題に関して討議をし、日米関係をそのネットワークで強化する、と言う物。卒業生はUSJLPのFellowとなり、今では300人以上ある過去のメンバーとのネットワークを持つことになる。過去の卒業生にはヴァイオリニストのミドリが居る。今回私が一週間共同生活をする人の中にはニュースキャスターや、オバマ政権で働いた人、アベノミクスに関わった人、そう言う人達が沢山居て、その多くがWikiのページを持ち、TedTalkで話している。 このチャンス、活かすぞ!! 頑張るぞ~。