神奈川県民小ホールでの演奏会、おかげさまで盛況のうちに終了いたしました。 まだまだ反省の余地は多々ありますが、でも今日は音楽に集中して演奏できたと思います。 お客様にも喜んでいただけたようで、嬉しかったです。 今日の演奏会では、ひとつとても不思議な体験をしました。 私は本番中の邪念が多く、悩まされるのですが、今日はかなり没頭できた瞬間が多かったのです。 そういう瞬間のひとつ、シューベルトのソナタの割りと最初の方のところで、 突然視覚と聴覚のタイミングがずれ始めたのです。 目が自分の指のタッチを捉える前に、音が聞こえるのです。 (エッ!!??)と思った瞬間にまた元に戻りましたが、一、二秒くらい、かなり不思議な感覚でした。 レースカーの運転手に同じような体験をする人がいる、と読んだ事がある気がしますが。。。 明日は、ロスに戻ります。 日本での演奏会はいつも私に多大な勇気と元気を与えてくれます。 これからも、頑張るぞ!
私は13歳で父の転勤に伴い、NYに移住しました。 16の時、父と家族は日本への転勤でまた帰ったのですが、私はホームステイでアメリカに残りました。 音楽の勉強を続けたかったからですが、子供なりに日本より、アメリカを選んだ、と言うこともあります。 中学生なりに、人間関係におけるせせこましさ、と言うのを批判的に見て、 それを日本独特のものと考えていました。 でも、2001年から日本で演奏活動をするようになって 私は日本の隠された良さ、と言うのを次から次へと発見して、毎回驚愕する思いです。 本当に自分のこだわり、生きがいと言うものを真剣に追求し、その道を極めている人が、 あらゆるところに潜んでいて、私の演奏会とか、こういうブログとか、そういうマイナーなところで、 いきなりパッと正体をあらわしたりするのです。 昨晩、演奏させて頂いた、千葉県は稲毛のjazz喫茶「キャンディー」はオーナーの美葉子さんを始め、 出演者も、聴衆も、そういう人たちが集まるところです。 美葉子さんは、キース・ジャレットの追っかけをやったりする、激しいジャズ・ファンですが、 私がお世話になっている「世界で活躍する若手演奏家を応援する会」の斎藤さんの働きかけで、 2004年に、私のリサイタルをしてくださったのを皮切りに、今ではときどきクラシックもやっています。 物凄いLPコレクションと(ほとんどジャズだけど、クラシックも面白いコレクション)、 物凄いオーディオ・セットがあって、 ライヴが無い時は、名録音の数々が聴けるようになっています。 そして、そこに来るお客さんがまた、打てば響く、と言うか本当に素晴らしい聴衆なのです。 「キャンディー」のお店自体もそうなのですが、本当に投げかけた音楽が、 聴衆の皆と、その時間、空間に、どんどん育っていくのがありありと分かり、 それがまた私を触発して。。。と言う、相乗効果が物凄いのです。 そして演奏終了後、お客様持ち寄りのお酒とご馳走で、 音楽、芸術、歴史、そして文化比較論など、色々な話でにぎやかになります。 皆さん、本当にあらゆることに詳しくて、自分の勉強不足が思い知らされ、刺激になります。 素晴らしい一時です。 「キャンディー」、キャンディーのお客さんを始め、日本での演奏会は私の大きな元気の種です。 (「キャンディー」HPはこちら; http://members.at.infoseek.co.jp/jazz_candy/)
私が幼少の頃、マンションの向かいに住んでいたご夫婦が埼玉の演奏会に来てくださいました。 32分の長いシューベルトのソナタ(19番)を聞きながら、 私が3歳くらいのとき、よくべそをかいていたことを思い出していたそうです。 私は本当に小さい頃は良く泣く子で、注射が怖くては病院中を泣き叫びながら逃げ回ったり、 母に叱られては、地団駄を踏む代わりにぴょんぴょん両足で飛びながら泣きわめいたり、 激しく泣いた記憶は沢山あるのですが、いわゆる「べそをかいた」記憶は自分にはあまりありません。 でも、そのMさんによると、私はある日遊びに行った帰りに「ママのために」と白い花を摘んできて、 Mさんと母が談笑中に、母にプレゼントしたそうです。 ところが談笑が終了した頃には花はくたくたにしぼんでしまい、 「捨てても良い?」と母が私に許しを求めたところ 「折角ママのために摘んできたのに」と3歳の私はべそをかき始めたそうです。 そんな思い出にMさんが浸っておられるとは全く知らずに、 私は髪振り乱し、息も荒くシューベルトを弾いていたわけですが、 演奏後、その話を聞いて、本当にしんみりと嬉しくなってしまいました。 人間はどんな道を選択し歩いて行っても、一人では生きていけない、と言うのは皆共通だと思います。 私も、上のMさんを始め、多くの方に見守られ、助けられ、ここまで来れたのだと思います。 私は実は2回、かなり大きな病気をしています。 その時も、親子ともども色々な方に支えられて、乗り切りました。 特に二十歳の時は、(もう駄目かもしれない)と腹をくくった位の大病で、 でもその時の主治医の方が、奥様の分娩の時にも病院に詰めてケアしてくださり、治りました。 その人には、医者としてそこまでしてくださる職業上の義務はなかったと思います。 その人はどう言うお気持ちでそこまでしてくださったのか、 私はどう言う縁で、そこまでしていただく好運に恵まれたのか、 そのことを考えると、ときどき泣きたくなります。 今まで作った4枚のCDを送って、 あの時のお陰で今こんなに元気に自分の道を自分なりに進んでいることをお知らせしたいのですが、 病院をその後移ってしまわれていて、宛先を調べるつてがなくなってしまいました。 とても、感謝しています。 明日は千葉県、稲毛のジャズ喫茶「キャンディー」での演奏会です。 音楽を通じて、少しずつ少しずつ、お陰さまでここまで来られたお返しが出来たら、と思います。
練習の仕方が随分変わった。 音楽の聴き方、接し方が変わったことによる当然の結果だと思う。 今、11月の日本でのリサイタル・プログラムを練習しているが、 ベートーヴェンのソナタ26番、作品81aの「告別(Les Adieux)」で今日発見が在った。 11月のプログラムは「歴史を反映する不協和音」と言う題名にして 主に第一ウィーン学派(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト)から いかにして必然的に第二ウィーン学派(ショーンベルぐ、ベルグ、ヴェーバーン)に至るか、 と言うテーマのリサイタルにするつもりだ。 シューベルトのソナタ19番(ハ短調)や、モーツァルトの半音階を多く使う実験的小品を数々、 そしてベルグのソナタ、作品1番を入れるつもりだが、 先生の要請で「告別」も練習している。 しかし、この曲は少なくとも和声的にはかなり単純で、このテーマにはそぐわないような気がしていた。 ところが、タングルウッドの後初めて、遅ればせながらさらってみて、 この曲の劇的な部分、さらに言えばオペラチックな部分、が急に見えてきた。 タングルウッドで「ドン・ジョバンニ」をリハーサルの段階から何度も見学してやっとわかったと思う。 凄く嬉しかった。 今日は、やっと荷物を全部ほどき、部屋をすべて整理した。 初心を忘れずに、一年丁寧に頑張ろうと思う。
今日はとってもいい天気だった。 まぶしいような陽気で、木の葉がきらきら光っている感じで、 風は涼しいけれど、肌は日差しにあたってちりちりする感じで、 湖まで泳ぎに行った。 メンデルスゾーンのトリオの準備中、悩みながらお散歩して偶然見つけた湖は、 実はタングルウッドでは代々研修生の遊び場になっている湖で、 私もあれからちょくちょくお散歩とかで行っていたけど、 何しろ忙しかったし、雨も多かったので泳ぐのは今日が初めてだった。 水がきれいで、魚も泳いでいるし、水草も沢山育っていて、青トンボがいっぱい飛んでいた。 何となく流れが在って、プールで泳ぐよりもずっと簡単にぐいぐい泳げた。 タングルウッドに来てから運動らしい運動は全くしていなかったので、本当に気持ちよかった。 そのあと、6時からアンドレ・プレヴィンの歌曲のコンサートが在った。 私は"Sallie Chisum Remembers Billy the Kid"と言う9分の曲を、共演した。 これでタングルウッドの演奏はすべて終わり。 皆でお祭り騒ぎをした。 今、2時半です。 明日の朝早く、名残惜しみに最後にもう一度皆で湖に泳ぎに行く約束をしているので、もう寝ます。