木曜日は朝から教えている。 幼稚園から高校3年までエレヴェーター式のある国際学校でピアノのレッスンをするのだ。 すごい経歴の知り合いのピアニストは その性転換手術を伴う人生の紆余曲折の中、 一時演奏の機会をかなり失った時期があった。 「私は幼稚園児を教えるためにジュリアードに行ったのか? レパートリーに持っている100幾つの協奏曲を誰も一つも欲しがらない」 と号泣されたことがあった。 もう10年以上昔になるが。 まあ、そういう風にも考えられる。 でも、私、実は結構楽しいのである。 ト音記号の書き方から道化の朝の歌を弾きこなすまで、 プライヴェートの生徒さんを含めると私の生徒のレヴェルは本当にまちまちだが、 その一人ひとりがすごく個性的。 そしてそれぞれの個性に合わせてピアノの技術や音楽への心構えなどを伝授しようと工夫する 自分の言葉や言い回しに昔自分が先生におっしゃっていただいたことを思い出したり、 新しい考え方の発見をしたり。 歴史上、演奏だけで食べていけた器楽奏者と言うのは本当に少ない。 ショパンもモーツァルトもベートーヴェンさえ、生徒が結構たくさん居た。 クレメンティやチェルニーやクレーマーに至っては 楽器販売、楽譜の出版業、教則本の執筆など様々なことを手掛けている。 それに、教えるということも、音楽をシェアする一つの手段である。 練習と演奏だけの音楽人生より、幅が出て楽しい。 朝の8時にレッスンスタート! 行ってまいります。
私は本当に素晴らしい生徒さんに恵まれている。 子供の生徒さんもそうだが、 年齢の近い、日本人女性の生徒さんたちには本当に襟元を正す想いすることがある。 それぞれ、ご結婚なさっていらしたり、キャリア・ウーマンでいらしたり、 お子様がいらしたり、アメリカ生活での挑戦を抱えていらしたりしている。 そのみんながそれぞれ私に心にしみる心遣いをしてくださるのである。 メールの文面、小切手の美しい書体、小さな励ましのメール。 「練習のため」と練習以外の余裕のすべてを一時割愛して なりふり構わず生きてきた時期を過去に持つ身としては、 ご自分の生活をきちんとこなされ、その上ちゃんと練習までされて そして私への心遣いをしてくださる生徒さんには本当に感動する。 昨日は手作りの水羊羹を頂いてしまった。 本当に美味しい! 元気をもらいました。 私もこれからバランスを求めて、さらに頑張ります。
子供のころ、私は挑戦精神が旺盛な子供だった。 「すごく難しい」とされることを出来るようになりたい。 ピアノの練習を頑張ったのはそう言うモチベーションもあったのかも。 でも最近、才能のある生徒さんをたくさん教えさせていただいていてつくづく思う。 教師の仕事と言うのは、 どうやったらより簡単に、より効果的に弾けるか、教えることだな~、と。 何時間も練習しても不可能に思えるくらい難しい曲やパッセージがあったら 何かが間違っている。 指、手首、腕、肩、上半身、座り方、重心、を効果的に使えているか。 考え方は理に叶っているか。 テンポは正しいか?(遅すぎて難しいと言う場合もしばしある) 正しい歌い方をしているか。 最終的には「作曲家の書き方が悪い!」とか 「間違っていたのは選曲でした!!」と言う結論に落ち着くかもしれない。 でも、つくづくこの頃思うのだ。 マゾのような長時間のがまんの練習は本当に不毛。 超絶技巧を身に着けるために運動神経を特訓するような練習にだって 作戦と、理性と、適正を応用しなければ。 盲目的にただ単に練習量をこなして何とかしようと頑張るピアニストがいかに多いか。 私もそういうピアニストの一人だったから良く分かるけど、 でも練習はすればするほど良いものじゃない。 効率の良い練習、そして効率の良い奏法、音楽づくりを身に付けよう! そして適当な練習をしつつ、豊かな人生を送るタイム・マネージメントの技術も。 豊かな人生の方が絶対最終的に良い音楽づくりにつながる、と言うのが この頃の私の信念になりつつある。
これは本当に一週間ぐらいで急遽まとまった話しなのですが... ヒューストンの北部に巨大なキャンパスを5つも持つ Lone Star Collegeと言うコミュニティーカレッジで非常勤として教えることになりました。 課目は非・音楽専攻学生のためのMusic Fundamentals. 音楽の基礎知識(楽譜の読み方、鍵盤・音階・和声進行の基礎知識、簡単な聴音)のクラスです。 コミュニティーカレッジと言うのは公立の2年制大学です。 公共資金(税金、寄付など)で経営され、地域出身の学生を対象としています。 ここから4年制の大学に転校することが出来るシステムに成っていますが、 職業訓練校、正規の大学に入る前の補習が必要な学生のための学校など、 その他に色々な役割をも、果たします。 正直に言って、始めにお話しを頂いた時には躊躇しました。 火曜日、木曜日と週二日、3時10分から4時50分までのクラスです。 家から片道40分の通勤。帰りは渋滞が予測されます。 頂くお給料は、通勤時間と準備時間を計算して時間で割ると、 最低賃金を切りそう... そして、コミュニティーカレッジと言うのは私が今まで縁の無かった世界です。 ライス大学の博士課程の学生の多くがそこで教えますが、 彼らの話しのいくつかから、私が偏見を持っていたことを否めません。 「母親から『息子が牢屋に入ってしまった。 すぐ出られると思うし、絶対単位を取らせたい。お願いだから欠席を見逃してくれ』 とメールが来た」とか 「生徒の多くがフル・タイムで働いている。すでに子供が居る生徒もいる。 皆単位が欲しいだけで、授業には興味が無い。疲労困憊して座っているだけ」など。 このお話しを受ける決意をしたのも、かなり自己中な考え方でした。 これから就活をするに当たって、少しでも経験が多いほうが良い。 Lone Starはヒューストンでは非常に大きな存在。 地域のラジオ番組のスポンサーをやったり、大きな演奏会場を持っていたり、 キャンパスも非常に立派で(何故そんなにお金があるんだ!?)と いつも疑問で、(コネが出来たら、ホールの使用など、特典があるかも!)とか。 昨日は初めての授業でした。 結論から言うと、私は傲慢な偏見に満ちた大ばか者でした。 私はこの仕事を受けて、本当に良かった。 巨大なシステム化された大学だけあって、 確かに、生徒の人種、体型、国籍、年齢などは、 私が行った教育機関に比べるとずっと多様です。 (下層階級のほうが肥満が多い、と言うのはすでに立証されている事実です。 これは食育が行き届いていないことの他に、文化的なもの、 そして経済困難に在る人が安い物(=加工食品)を食べると結果肥満になる、など 理由が複雑なようです) 英語が不自由な移民の生徒も、居ます。 しかし、人はやっぱり人でした。 なんでこんな基本的なことを私は忘れていたのだろう。 音楽を通じて、言葉を超えたコミュニケーションを目指している、 私のような音楽家こそが、そう言う偏見を超越していなければ行けないはずなのに。 私が、取りあえず授業の最初に自己紹介のつもりで教室にあるアップライトを弾くと、 わざわざ移動して、私の周りに集まってきて、 「何でそんなに指が動くの!?」 「今のは何!?ショパン?」 と、私が忘れていたような、本当に新鮮な、素直な反応をしてくれました。 そして、私が自分の「Poco Piano」を宿題にする話しをすると…
私は、音楽家としての使命の一つには、 世界での音楽の在り方の向上に出来るだけ貢献する、と言うのがあると思う。 それには勿論、志を同じにする若い人に 自分が培ってきたものを惜しみなく全力を尽くして託す、と言うことも含まれる。 私のブログを見て、私のことを知ったと言う、 驚異的に精力的な自己向上心を持ったR-さん。 私が帰国翌日に行った三鷹でのサロン・コンサートに埼玉から出向いてくださって その後レッスンを希望して下さった。 私は今まで日本にいることは演奏活動に専念して 教える、と言うことをしようとしたことが無かったのだが、 それが悔やまれるほど、私自身も多くの刺激を受ける 充実した濃い時間となった。 R-さんから伺う日本の音大事情、音大生事情、そして留学事情には、 私が知らなかった物が多々在って、 改めて音楽を志す、と言うことのチャレンジと、 それに本当のチャレンジ精神を持って挑む若い人たちの熱い向上心。 私がもう忘れかけていた、音楽とは何か、自分とは誰か、 自分を自分にしたる音楽と自分はどうやって付き合っていけば良いのか、 西洋音楽を志す東洋人が、生まれ育った故郷を出で西洋に音楽修行の場を移すための勇気、 など、私自身がちょっと前に悶々と考え込んだ問題に直面している後輩が 私を信頼してアドヴァイスを求めてくれる、 そして私自身が助けになると信じられるアドヴァイスを与える経験がある。 その全てがとても嬉しくって、張り切ってしまいました。 これからは日本でも帰国のたびに私ができる指導を行っていく機会が増えると嬉しいです。 今回の帰国は後もう5日ほどとなりましたが、 次の帰国は2月中旬から下旬にかけてを予定しています。