November 2010

雷がなっても安眠

昨日の夜はこの世のものとは思えないような雷の嵐が在った。 「バリバリバリバリ!」と言う木の幹を真っ二つに裂いている様な騒音の後、大太鼓を耳元で叩いた様な「ド~ン」が来る。それが夜中じゅう何度も繰り返された。しかし私は昨夜の安眠状態は最高で「ド~ン」で目が覚めはするものの、そのまま次のド~ンまでぐっすり寝ていられた。たまに占めてあるカーテンの隙間からでも、閉じている目に感じられるほどの「ピカ!」で起きる時も在ったがそういう時は冷静に「一秒、二秒、三秒(ド~ン)。。。おお、ちょっと遠のいていってる」などと考えながらまたグーグー寝てしまった。素晴らしい。自分の睡眠力を讃えたい。学校の人がほぼ皆睡眠不足をぼやいている中、私は大変爽やかに一日を過ごした。それにしてもこんなに大都会の真ん中でしかも初日とは言え11月に雷がこんなになるなんて、やっぱりテキサスは今まで私が住んでいたどことも違うなあ、異郷に来たなああ、と言う感じがする。 これからちょっと忙しい。明日はヒンデミットの本番前のゲネプロ。その直後にバーバーの小品三曲をヒューストンのウォーサム劇場のロビーで、お昼時無料コンサートで演奏。あさってはSyzygyと言う近代音楽コンサートシリーズで、アウガスタ・リード・トーマスの「Traces」を演奏する。 今日はリハーサルやクラスなどで中々忙しい一日でしたが、健康食に気を使い、炭水化物を普段より多く摂取。今夜は早寝をします。

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今夜はハロウィーン

今週末ずっとハロウィーンがらみのパーティーがあちらこちらで開かれ賑やかだったが、正式なハロウィーンは今日、10月末日である。大人たちは明日から仕事とあって、本当のドンチャン騒ぎは昨日の深夜で済ませてしまったようだが、今日の夕方は道が小さな子供の仮装姿であふれかえった。可愛い。私は幼少を香港で過ごしたのだが、どう言うわけか香港でもハロウィーンの習慣が在り、皆で色々な住居を訪ねてお菓子を集めまくったのを覚えている。でもゴリラスーツとかの仮装をした10代のお兄さんたちは怖かった。エレベーターに乗ってたらゴリラスーツのお兄さんに「ワー!!」と覆いかぶさるように脅かされて、エレベーターの片隅で固まってしまい降りられなくなったのを覚えている。そしたら優しいT君が「大丈夫だよ、僕が守ってあげるからね。」と手を引っ張ってくれたと思うのだが、私の記憶違いだろうか?二人とも4~5歳だったと思うのだが。思い出してホンワカしてしまう。 ハロウィーンと聞いてもう一つ思い出すのが、ハロウィーン日本人留学生射殺事件である。1992年にAFS交換留学生の一人としてルイジアナ州に滞在していた服部剛丈君(当時16歳)がハロウィーンのパーティー会場と間違えて個人宅に誤って侵入してしまい、「Freeze!(止まれ!)」と言う住人の警告の英語が分からずに射殺されてしまったという悲劇である。何ともいたたまれないような事件であったが、私の両親は私をアメリカに残して帰国した直後にこの事件のニュースを聞き、アメリカの銃取締法をもっと厳しくする要請の署名運動を「留学生を持つ親の会」に参加して始めた。きっと身につまされる思いだったのだろう。もう18年になるけれど、服部君の冥福と、御家族の健康と安全をお祈りします。こういう事件で残された御家族はきっと事件の風化が一番辛いのではと思い、書いてみました。私は良く覚えています。 こうやって単身でアメリカに住んで来て、落とし穴は今まで沢山、沢山在ったと思うけれど、私は幸いここまで無事来る事が出来ました。そのことを当たり前に思わないで、これからも毎日、楽しく前進して行きます。

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