コロナ日記71:ピアノで祈る。

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今朝はとても気持ちが良い天気だったけれど、朝のルティーンはスキップしてそのまま「味わう音楽」の新エピソード収録決行。

リストがピアノ独奏用に編曲したシューベルトの歌曲「アヴェマリア」はちょっと損な曲。ゆったりとした有名なメロディーで簡単に思われそうなだが、実は非常に難しい。やはりリストがピアノ独奏用に編曲した、超絶技巧の代名詞のようなシューベルトの歌曲「魔王」よりもずっと難しいのではないかと、私は思っている。他に超絶技巧とされるやはりリストの「ため息」や「エステ荘の噴水」よりは絶対アヴェ・マリアの方が、(少なくとも私にとっては)難しい。兎に角和音が手に入りにくく、アルペジオとかで黒鍵などに指を引っかけやすいのである。そして単純で良く知られているメロディーに、和声進行もまあ当たり前なので、間違えるとすぐばれる。特に録音用となると、しかも私は音源修正のソフトウェアを持っていないので、一発どりでミスタッチ無しで撮らなくてはいけない。そして本当はジタバタとすごく音が多いのだが、優雅に簡単そうに朗々とメロディーを歌わないとカッコ悪い。納得できるテークを収録するまで3時間かかった。

文句を言っているのではない。私はチャレンジは大好きである。(今日中に撮るぞ!)という背水の陣で神経張りつめて収録していると、色々見えてくるものがある。自分の雑念。動きの無駄。そして幹ではなく、枝葉を見ることによって軸がぶれやすい自分。邪念や無駄やブレをどんどん排除していて、最後のこのテークを撮った時には一瞬悟りが開けたような境地に至ったような気がする。(悟りが開けた境地を自分が本当に知っているかは知らないが…)でも、私はやっぱりピアノで自分に挑戦し続けなくてはいけないな~と実感。

信仰深い友達に「祈ってね」と言われる。病気の診断を受けた友達。Covid-19の最中に出産予定日を迎える友達。親しい人を最近亡くした友達。「祈ってね」と言われて、でも私は宗教を持たない人間なので、「祈ります」というのが何だか後ろめたい。皆の平安と幸せを願っているし、出来ることは何でもしたいと思うのだけれど...だから「アヴェ・マリア」を弾こうと思った。そして弾きながら、ああ、ピアノを弾くことが私の祈りなのかな~、と思った。一生懸命「祈り」ました。

私は根っからのピアニストなんだと思う。音楽で一番癒されているのは自分なんだなあ、と思う。生業ではなく、性なんだなあ、と。

打ち込める対象が在ることに、感謝。私の音楽活動を支援してくれる沢山の人々に感謝。そして音楽のパワーに感謝。

2 thoughts on “コロナ日記71:ピアノで祈る。”

  1. 小川 久男

    お疲れ様です。

    リストの歌曲「アヴェマリア」がそんなに難しいとは思いませんでした。

    なぎなたの競技に「残心」があります。
    気合一閃、打ち込んだなぎなたを戻すとき「残心」が問われます。
    余韻が綺麗な否かで勝敗が決まります。
    単純な型ですが、「裂帛の気合」が不可欠なのです。

    小川久男

    1. 小川さんはなぎなたもなさるのですか。
      素晴らしいですね。
      コメントいつも、ありがとうございます。
      真希子

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