明鏡日記⑳:収録日に向けて楽器選択

普通は会場に常備されているピアノを弾くことが多いのです。が、今回のトーマス・マン・ハウスの様に会場にピアノが無い、あるいは会場のピアノが演奏に相応しくない場合は、ピアノ専門店でピアノをレンタルて運搬してもらいます。運送の距離を短くするため、会場界隈の楽器店などで選択をする場合が一番多いです。これも大抵の場合、ピアニストへの相談なしに会場や楽器屋さんが選んで(というか、フルコンを何台も所有している楽器屋さんは少ないです。)ピアニストはそれを弾きます。今回は贅沢!スタインウェイが特別な演奏会や演奏家の為に、会社として一番推すフルコンを揃えた倉庫でピアノを選抜しました。

工業地帯にある倉庫は「スタインウェイ」というサインすらありません。番地もはっきり表示されておらず、GPSを頼っても迷ってしまい、係の人にお電話します。「分かりにくいですよね。」と迎えに来てくれました。

天上の高い倉庫に入ったら私の収録日に使用可能なスタインウェイのフルコン4台が並べて、私の試弾を待つばかりになっています。面白い。それぞれのピアノが物凄い個性を持って、全く違います。昔誰かがこんな事を言っていた事を思い出します。「日本のピアノは驚きの要素が少ない。いつも期待通り。こう弾けばこういう音になるだろう、という予想に必ず応えてくれる。スタインウェイはでも、いい意味でも悪い意味でも驚きの要素が大きい。濁音を出したり、均一性に於いて日本のピアノに劣ったりという、弱点もあるけれど、創造力を掻き立てるような意外性でもって、演奏の芸術性を高めてくれる驚きも秘めている。」

この手前で私が写真で弾いているピアノが、5月11日の収録の際に私が弾いたピアノです。この時はピアノを選択しに出向く時間が無く、主催者がいつも使っているスタインウェイを使用しました。このピアノは優等生です。面白いように粒がそろってポロポロ弾けるし、どういう弾き方をしてもパステル調の綺麗な色にしてくれる。ソツが無い。汚点が付けられない。でも欲を言うと、少し面白味にかけます。

今回のトーマス・マン・ハウスでは沢山の曲が収録されます。3人のピアニストと2人の歌手が分担するのですが、演目にはシェーンベルグやアルマ・マーラー(作曲家グスタフ・マーラーの元妻。第二次世界大戦中はLAに避難しており、トーマス・マンと親しくしていた)や、ハンス・アイスラー、そして私の弾くエルンスト・トッホ、更にいくつかの現代作曲が在ります。全般的に暗い歴史の一ページを背景にした重厚な不協和音の多い、モーツァルトやベートーヴェンの後継者の曲たちです。いわゆる「美しさ」以上の音が欲しい。

この写真で私の頭の陰になって良く見えない一番奥のピアノ。このピアノは鍵盤が他のピアノに比べて少し重めにしてあります。他の3台を弾いた後で、ちょっぴり抵抗を感じました。でも、弾けば弾くほど新しい色、影、深みが出てくるのです。何というか、敢えて面倒くさい話題を腹を割って話し合わないと面白味が分からないちょっと気難しい人、と言った感じ。話せば話すほど魅力が出てくる。

(どうしよう。)

今回のプロジェクトは演奏ではなく、収録です。収録される音はむしろ癖が無い方が調理がしやすい、という側面もあります。しかも奥のピアノは少し鍵盤が重い。でも面白味という点では、手前のピアノの100倍!2台を比べて弾いているところを調律師さんに撮ってもらいました。

奥のピアノはレンガの壁に向けて発音しているので、音響で得をしています。そこを考慮して、このピアノの向きを変える事までしてみました。ヴィデオでは3分以降が新しい向きです。撮影してくれている調律師さんが、ピアノを動かした直後で息がハーハーしているのが聞こえます。(ありがとうございます(;^_^A)

今日学んだこと。NYスタインウェイとハンブルグ・スタインウェイの違いの一つ。ハンブルグはハンマーのフェルトが元々固いので、余りラッカーを要しない。NYスタインウェイはハンマーのフェルトにラッカーを加えることで固さを調整する。この副作用で、NYスタインウェイの方が若干、フェルトと弦が触れ合う際に雑音が入りやすい...おお、知らなかった!

ピアノって本当に面白いです!音楽人生万歳!

2 thoughts on “明鏡日記⑳:収録日に向けて楽器選択”

  1. 小川 久男

    お疲れ様です。

    スタインウェイも職人さんの手で成ります。
    音も、姿かたちや性格と同じで、それぞれに個性があるようですね。
    車と同様、オートマかマニュアルかは、ドライバーの腕次第と思います。

    小川久男

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