今日で事実場、学会は終了です。明日は西海岸時間の早朝5時や6時からいくつか面白そうなプレゼンが在りますが、もう割愛!明日は日曜日ですし。今日は最後のワークショップがヨーガをどう練習に活用するかという時「は~い、目を閉じて~、息を吐いて~」と言われた瞬間、寝落ちしてしまい...ハッと目を覚まして(これはむしろこのまま出席している方が失礼)と思ってサッサと退場してしまったのです。いや~、実に疲れました!実際にNYに飛んで学会に出席し、夜まで社交したりして寝不足しているのとは全く違う疲れ方です。
今日の私の日程
- 5:00~6:00 怪我予防のために音楽学校と教授陣が出来ること(University of North Texasの実例)
- 6:00~7:00 音楽家の健康知識レヴェル調査:自己管理に必要最低限の健康知識を教育するためには
- 7:00~7:15 リコーダーを演奏中の顔の4Dスキャナーを歯科・口蓋治療に役立てる
- これは東京歯科大学からの出展で応援に行きました!
- 7:15~7:30 ピアノ演奏を全体運動として分析する
- 7:30~7:45 執刀医が楽器演奏から学べる事
- 7:45~8:00 楽器演奏家が自分の聴力を騒音から守る知識をどれだけ持っているか意識調査
- 8:00~10:30 お休み
- 実はフェローシップの応募エッセーの締め切りが数日後に迫っていたり、本の次のステップのアイディアが湧いてきていたり、30日にはコロナ禍初の生演奏があったりと、色々やることあるんです。充実して来ていて感謝!
- 10:30~11:15 フィリピン人のトランスジェンダー女優としてアメリカで急上昇中のIvory Aquinoの医療と健康と幸せに関する話し
- 11:15~12:15 ボディーマッピング(自分の体についての解剖学的な認識)で音楽家の演奏・練習向上と怪我予防をする。(ワークショップ)
- 12:30~1:30 ヨーガと呼吸法と自分の体の正しい認識を演奏に役立てる方法(途中で寝落ちして挫折)
音楽家の健康意識は低い
音楽家がそのキャリア上、何らかの職業病にかかる割合は70%~80%と、色々な調査の結果が出ています。怪我や精神上の問題(舞台恐怖症など)で演奏の道を諦めた人の多くが、原因解明や現状改善の為に医学の道に入っています。音楽学校や交響楽団なども、問題意識を持って医療スタッフを充実させたり、健康管理や怪我予防などのワークショップを開いたりしています。医療機器も発展し、データや情報も多く広くアクセスできるように成りました。
しかし、怪我や病気や精神疾患を併発する音楽家の数が激減する事はありません。
演奏家が痛みを感じた場合にとる行動パターンの分析。
- 「Play through the pain(痛みを押して弾け)」という言い方があります。スポーツで言う「No pain no game」と似たような、いわゆる体育会系の、「無理をして(自分を傷めつけて)初めて得られる術がある」という迷信です。
- アンケート調査によると、初期訓練で正しいテクニックを教わらずに、楽器演奏には肉体的苦痛が当たり前と思っている奏者が多い。
- それまで無かった痛みが生じた場合、あるいはいつもある痛みが悪化した場合、多くの奏者が次の事をします。
- ひそかに耐える
- (待っていればよくなる)と思いたい。
- 怪我や痛みに対処している時間の余裕がない
- 健康医療保険が無い(奏者が多い)ので、重大化するかもしれないという可能性を無視したい。
- 痛みが生じた事がばれると解雇になったり、次の仕事が来なくなるかもしれないので言えない。
- 薬局に行き、適当な痛み止めを買う。
- 友人か先生に相談する。
- 友人か先生は多くの場合正しい情報を持っていない。
- 医療専門家に相談に行く人は一割位。
- ひそかに耐える
なぜ音楽家は健康管理をしないのか。
- 不健康崇拝的な19世紀ロマン派から来る自虐的な行動を美化する文化がある。
- 死や狂気に近づかないと分からない事がある、という美学。
- シューマンは自殺未遂して精神病棟で死去、ショパンは肺結核、モーツァルトは極貧で不慮の死など、崇拝する対象が不健康。
- 音楽をするのは、論理や肉体を超越するためという、これまたドイツロマン派主義的(カント?)な美学がある。
- 「あーちすと」は歴史的に反体制的で常識破り。「こうすると良いですよ」という事に敢えて抗ったりする。
- 単純に、お金がない。時間がない。健康保険がない。
- 職安定の保証がない。収入が直接的な死活問題の人が多い。ので「やれ」と言われたことを「はい」とやってしまう。
音楽に関する事は音楽家にしか分からないという考え方。
音楽の道を進む人は「自分=ユニークな個人」という考え方を全うするが為に音楽家になる人が多いです。こういう人は「自分の事(例えば痛みや苦難)を本当に理解してくれる人は稀」と思い勝ちです。自分に似た境遇で無い人には「分かる訳がない」と思ってしまいます。だから医療関係者を信頼する事が難しいと思います。そういう意味で、学会第一日目のプレゼンで在った、全てのカウンセラー・医者・リハビリコーチが元音楽家というドイツの音楽家の為のクリニックは素晴らしい試みだと思います。
演奏家を大事にしない歴史的背景と市場
音楽家自身は自分の個性を全うするために音楽の道を選ぶのですが、音楽史や音楽市場は奏者は「掃いて捨てるほど、いくらでも代わりがいる」捨て駒として扱います。音楽労働組合はあるのですが、入ってしまうと組合の規制よりも安い仕事を請けれなくなってしまったり、定期的に組合にお金を払わなくてはいけないので、入らないフリーランサーは多いです。
じゃあどう改善すれば良いのか
これは前にも書きましたが、私が音楽の癒し効果を謳うのは、音楽と音楽家に対する社会の意識向上のためでもあります。音楽家の社会的地位、そして音楽の価値に対する認識を向上しなければいけないと思います。更に、既存の文化を変えるというのは何世代もかかる事だとしっかり認識して、希望を捨てずに正しい方向に向かって進み続けることだと思います。今回の舞台芸術医療の学会には400人以上の参加がありました。みんなそういう将来に向かって貢献している人たちです。どちらが正しい方向なのか、取り合えず意見は一致している。後は一日一歩です。
お疲れ様です。
芸術家の虚像と実像が鮮明にわかりました。
音楽に対する知識と経験は、天賦の才に磨きをかけます。
全身全霊で演奏した後のクリーンアップは明日につなぐ重要な仕事と思いました。
芸術活動に殉じて自己実現を図るのは当然なことです。
現世利益が付随すればそれに越したことはありませんが。
小川久男
物事の良し悪しは本当に観点一つですね。
私は色々な試行錯誤をする機会に恵まれ、幸せです。
平田真希子