演奏道中日記カリブ海編:11.1航海日①

10月31日(日)本番その②:セント・トーマス島

朝6:30 昨晩も深夜を過ぎたので私的には睡眠不足のはずなのだけれど快適な目覚め。毎朝の唾検査もルーティンになってきた。ベランダに出る。今日も素晴らしい天気。セント・トーマス島はアメリカ領。急に携帯が繋がる。不思議だ。

7時 突然部屋付きの電話がなってびっくりする。「昨日の夜もお電話したのですが繋がらなくて…」と恐縮した船のスタッフの声。「ゲスト演奏者は7:30までに全員ロビーまで来てください」との通告。なんだろう。遂に感染者が出たか?接触したか?(乗客全員がGPSを常時に身に着けることが義務付けられている。感染者が出た場合はその人と接近のあった人は皆隔離になる事に同意しなければ乗船できない。)今夜の演奏はキャンセルか!?

7時半 セント・トーマス島はアメリカ領土なので、ここで入国審査が行われる。その為の集合でした。トミー君もバンドリーダーも朝早く起こされてぷんぷん。「この事は前もって分かっていたはずなのに、どうしてこんなラストミネットの集合の為にたたき起こされなくてはいけないんだ!」と怒りの爆発で意気投合。私はそこら中に居るスタッフの一人にラッテを持ってきてくれるように頼んで、結構ルンルン。たまたま見かけたセロリと青野菜とリンゴとミントの搾りたてジュースもゲットしてしまう。超すっきり!

8時 遂に入国審査。小さな部屋に3人の入国審査の検査官が居て、私たちのパスポートと私のグリーンカードを観た後、どこで船に乗り込んだのか、船でどのような仕事をしているのか、質問をします。空港の入国審査に比べ港の入国審査の方がずっと簡単。二度寝宣言のトミー君を横目に私たちは朝食ビュッフェに直行。昨晩のトミー君のアドヴァイスをどのようにどこまで今夜のショーに取り入れられるかみんなで作戦会議。私も脳神経科学や自分自身の経験などで色々アドヴァイスします。客観的には私はこのトリオの成功に損得は全く絡んでいない。私は今夜の演奏終了と同時にすごい解放感を感じると思う。それでも同じ音楽同志、一週間の旅仲間として、これからの人生の健闘に貢献出来たら、やっぱり嬉しい。

左前方:自家製ミューズリー(ココナッツ入り)にラズベリー、ブルーベリーとブラックベリー、そしてこれも自家製プルーンとイチジクの丸々煮込みを乗せて!右前方:エビサラダのエッグズベネディクト。ポーチドエッグのトロトロ具合が完璧!良い仕事。後方:マッシュルームのソテー。

朝9時 本当は午後のツアーに登録していたのだけれど、今夜の本番に向けてのコンディショニングなどを考えてキャンセルし、その代わり一人で港から街に向かってぐんぐん歩きます。全部で8キロくらい歩いたかしら?久しぶりに汗だくになる。アメリカ海軍の基地がある。観光地的な店が沢山並ぶ。そんな中で彩り豊かな団地のビルの間を鶏が沢山歩き回っていて、そのコントラストがなんだかのどか。

11時半:リハーサル。イヤフォンから聞こえてくるメトロノームの音設定が前回と違って聞こえにくい。そしてイヤフォンをしているのでヴァイオリンの音も遠くなる。裏拍でヴァイオリンのピッツィカートと一緒に和音を延々と弾く箇所で、バンドリーダーが「合ってない」とピキピキ。私にははっきり言って、バンドリーダーの主張が正しいのか、それとも彼女自身が舞台を目前に気が立っているだけなのかの判断もつかない。「もういい!私のピッツィカートだけにする。あなたは何も弾かないで!」と言われる。そういう箇所がいくつか。私は全然かまいませんよ~、だ!トミー君の昨晩のアドヴァイスを受けて、ヴァイオリンとチェロが舞台を歩き回ったり、動きが激しくなる。「マキコもこのグリッサンドで立って弾ける?」とか要求される。乗りかかった舟。出来るだけの事はしましょう!でもバンドリーダーが足踏みしながら弾くと、舞台が揺れて、結構気持ち悪い。

14時:やっとリハーサルが終わる。イヤフォンの大音量でかなり疲れる。部屋に帰ってベッドに突っ伏したらそのまま寝てしまう。私はイヤフォンで音を聞くこと自体が嫌い。それが大音量でメトロノームの高音が「ピン!ピン!ピン!ピン!」と鳴っているのをずっと聞きながら演奏するのだから、そりゃ~疲れるわ。

18時:夕飯開始と同時にビュッフェに駆け込む。軽くお寿司をつまむつもりだったら、ビュッフェが大変な事になっている。この甲殻類ーの山は何⁉ こんな贅沢、許されていいの!? 本番前とか言ってる場合じゃないでしょ!これは食べなきゃマキコの名が廃れるでしょ!
残念な事にカニはちょっとしょっぱくて、肉もしまってなくて、あんまり美味しくなかった。でもシュリンプカクテルは最高!小皿に乗っかっているのはシーフード・カクテルのミンチを固めて柑橘類のソースをかけたもの。キヌアサラダを添えて。これでも本番前だからお腹いっぱい食べないように我慢したのです!すごくおいしそうなラムチョップが在ったのだけれど、これは自粛しました。

19時半:楽屋入り。音量設定最後の確認。ちょっと音合わせ。後はひたすら待つ。我慢のしどころ。振り返れば当たり前に思える成功も、本番前は全く未知。私は多分1000回以上の本番を踏んできているけれど、そんなことは関係ない。本番前の緊張感はいつも耐え忍ぶしかない。

21時15分:本番。一回目よりも入りも受けも良い。「イエスタデー」では聴衆が一緒に歌い始める。最後には沢山の人が立って拍手してくれる。本番後はトリオとハーブティー。部屋に帰って「Billie Holiday vs. United States(ビリー・ホリデー対アメリカ合衆国)と言う映画を観る。伝説的ジャズ歌手ビリー・ホリデーのヒット曲「Strange Fruit(不思議な果実)」は木からぶら下がる不思議な果実ーリンチで殺された死体ーを嘆いた霊歌。黒人権利運動の幕開けの一つのきっかけとなった歌ですが、アメリカ連邦政府はこの歌が国内の政情を不穏にするとして、何とか彼女を黙らせようとあの手この手を使います。感慨深い映画だけれど、途中で睡魔に襲われてギブアップ。

11月1日(月):航海日①

朝7時半:すっきり目覚め!なんてすがすがしい解放感満ち溢れた朝なんだ!

8時:プールで泳ぐ。スチームサウナ。色々な人から演奏会良かったよ。君のメッセージは素晴らしい!と声をかけてもらう。

9時:一人でゆったりビュッフェで朝食。でもクロワッサンからオムレツからチャーハンとシウマイまで朝食に成りそうなものが全部オンパレードのビュッフェで結局一番食べたいのはいつものヨーグルトとプルーンと果物だけ、と気が付いて可笑しくもあり、にわかにホームシックでもある。野の君としばらくチャット。その後ちょっと練習しようと思ったらBGM専門のピアニストが練習している。オレーナ。ユクレイン出身。初めての客船が10月に始まり、来年の4月までの6カ月契約。その前はドバイのホテルでBGMを弾いていたそう。クラシックの勉強をしたけれど、BGMばかり弾いていたらもうクラシックは弾けないわ、と。しばらく話し込む。彼女と私の違いは、たまたま生まれ落ちた国だけだ、と思う。ちょっと悲しい。私は一千万人に一人の幸運の恩恵を受けてこうして主体性を持った音楽活動ができているのだから、がんばろうと思う。

10時半:昨晩の映画を観終える。船内中に飾ってある絵や彫刻を見て回る。ムンクのオリジナルスケッチがいくつも在って仰天。

12時半:トリオと昼食。3人でコースをゆっくり食べる。

14時半:船内レクチャー「NATOは時代錯誤か?」を聴く。最初にバンドリーダー、そしてチェリストが脱落。バンドリーダーが全く浮世離れしているのは初めから分かっていたが、もう少し時勢に詳しそうなチェリストが現在進行中のグラスゴーの環境G20サミットについて知らなかったのはびっくり。

16時:ティータイム。お腹は全く空いていないけれど、興味本位でトリオと一緒にティータイム。贅沢三昧の飽食。お家で良く飲むルイボスティーが嬉しくって何杯も飲む。

17時:返すべきメール、書くべきブログを頭の片隅に置きながら、甘い倦怠感。今日は休んでも良いかなあ、と思う。I am Womanという、ウィーメンズリブ運動の応援歌となった歌で有名になったヘレン・レディーに関する映画を観る。感激してべーべー泣いていたら、部屋の清掃のセルゲイが来て、涙目が恥ずかしい。この船の映画のセレクションはそんなに多くないのに、ビリーホリデー、そしてヘレン・レディーについての音楽が世論にインパクトを与える映画を観て、何だか運命を感じる。私も頑張る!

19時半:夕飯もコース!トリオと一緒に。

21時15分:トミー君のショー。トリオと張り合っている感じ。より激しく動き、高音を鳴らし続ける。こんなの本当に良いか?

22時:日課となったトリオとのお茶。早退して就寝。

1 thought on “演奏道中日記カリブ海編:11.1航海日①”

  1. お疲れ様です。

    トリオの演奏は、スタンディングオベーションもあり、盛会の感じがむんむん伝わります。
    耀がさんざめくなか、素の当人は、しっかり、現実を見つめています。

    豪華な日常をさりげなく文章にまとめていますが、そこには喜怒哀楽が生きる諧調として表されています。

    人が人に生きることの意味を感じさせるアカデミックなミッションが明確にありました。

    小川久男

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