演奏道中記カリブ海編11.3ー豪華客船最終日と翌日の下船

10月2日(火)航海日②

朝7時起床。部屋に居るのが勿体ない。さっさと着替えて朝食ビュッフェでラッテだけ飲みながら仕事をしていたら、色々な人に話しかけられる。私はトリオのプログラムの最中にちょっと言及しただけなのだけれど、音楽の治癒効果について沢山の人が質問したり、協議をしたがってくれて盛り上がる。何組かと話し込んでいたら、気が付いたら朝食ビュッフェが終わっていた。朝食を食べそびれてしまったけれど、でも嬉しい。

10時半。夕方まで閉店しているバーのアップライトで練習する。12月にある録音のブラームスとベートーヴェンのチェロ・ソナタの譜読み。久しぶりに肉を食べたような感じ。満足感でいっぱい。音の重厚感。構築のしっかり感。メロディーの美しさ。たまらない。

13時半。昼食ビュッフェ。レストランの入り口でバンドリーダーに会ったので、愛想よく「あら、偶然ね~」と言って通りすがる。読書をしながら楽しんでご飯を食べていたら、またまた呼び止められて「音楽の治癒効果」のお話しになる。退役軍人さん。「自分は音楽で苦難を乗り越えた。あなたの言っている事の正しさを実感として知っている。私はあなたに軍事学校に行ってこれから軍人になる人に音楽の使い方を教えてほしい。人も社会も負傷した退役軍人の手当をしようとする。でもすでに傷ついた人の手当をするよりも、これから傷つく可能性の大きい人にサバイバルの方法を教える方が必然だ。」と熱く語ってくれて、こちらも胸が熱くなりました。ありがとう。

14時半。部屋に行って眠ってしまいました。

16時。引退された精神科医とそのお友達3人とティータイムをしました。やっぱり音楽に治癒効果と精神疾患の患者さんへの音楽の効果や、精神衛生の為の音楽の起用法などについて話しました。今回の船のスタッフはフィリピン人が私の見積もりでザっと約3割いました。が、その一方で乗客の訳5%(これも私の目分量です)がフィリピン系アメリカ人やフィリピンからアメリカに移民した人々だったのです。このティータイムの時は、私たちのテーブルのお給仕をしてくれた人はフィリピン人女性だったのですが、タガログ語と英語を混ぜてお互い意思疎通をしていました。

17時半。また寝ました。

19時。船内最後の夜のパーティーがありました。カクテルやおつまみが振舞われました。私は親しくなった動物学者のリチャードと博士論文の内容や、教育や社交に於ける音楽の役割についてお話ししました。リチャードは「Guest Lecturer(客演講義者)」という立場でお船に乗っています。乗客に色々なトピックで数回講義をする代わりに、夫婦無料で豪華客船の旅ができるのです。他にも元外交官や宇宙飛行士や歴史家などが客演講義者として船に乗っていました。残念ながら私は「NATOは時代錯誤か」という講義以外は、リハーサルや昼寝やツアーで聴講できませんでした。

19時半。トリオとまたもやコース料理を食べました。もう飽食で、お茶漬けが一番食べたいくらいだったけれど、でもモレ―ソース(カカオベースで色々なスパイスと混ぜて作るソースー全く甘くない。どちらかと言うと辛くないカレーの様な濃厚な味)は私の好物!デザートもチョコ尽くし。チョコ天国のコースでした。夕食時はトリオと社交的に会話。笑ったりもしました。私は実は話術には自信があります。18歳で最初の国際ツアーでボリビアに行き、南米各国の外交官や政治家やお金持ちと社交する羽目になった時から、テーブルマナーと同じように話術を心がけて磨いてきたつもりです。ご飯を囲んだらどんな人とでも気持ちよく会話が出来るつもりです。一人に話題が集中しないように、皆が気持ちよく会話に参加できるように、そして何よりもテーブルを離れた時に皆が満足出来ているように。

21時半。毎晩恒例となったトリオとのお茶。トリオは2回目のショーが終わった段階で色々な客船からオファーが全部で3つ来たそうです。「11月の19日から27日までまたカリブ海で一緒にやらない?」とのメールが2度、バンドリーダーから午後来ていました。敢えて無視。お茶の時に真顔で「2週間後にもう一回一緒にやらない?」とバンドリーダーにおずおずと聞かれた時には、真顔で「No。やりません。」と即答で断りました。これはバンドリーダーの横暴さのせいだけではありません。私はトミー君の様に豪華客船を日常にしてしまうと、不自然で非現実的な人間が出来上がると思っています。豪華客船や、豪華客船で食べるグルメ料理はたまの経験だから良いのであって、これが普通になったら不健康です。船の上の音楽についても全く同じことを思いました。映像やライトショーや音響効果でデジタル音で不自然に膨らませた音楽は、化学調味料やバターやお砂糖をたっぷり使ったお料理や、消費者の健康を全く無視した大量生産のお菓子と同じだと思います。喜ばせて消費者から搾取する事を目的にした、悪意さえ感じる。そこには愛情が無い。温もりが無い。創った人の心が無い。私は完璧でなくても、ミスタッチがあっても、自分の指でピアノを弾きたい。心を込めて音波を世界に送り出したいのです。バンドリーダーは私の即答の拒絶にちょっと笑った後、「誰かやってくれそうなピアニスト知ってる?」と返してきました。大量生産の音楽を奏でる奏者はやはり大量生産された、取って代えられる個性のない音楽家なのです。バンドリーダーは自分はそういう音楽を奏でる取って代えられる奏者だとお腹の底で分かっているからあんなに横暴になってしまうのかな~と、ぼんやりと思いました。悲しい事だと思います。私には「これがマキコ節だ」と胸を張って誇れる音楽がある。それは掛けがえの無いものです。お金には代えられない物です。誰もそれを私から奪う事は出来ない。私の拠り所です。

10月3日(水)フロリダ州マイアミの港、フォートローダーデールに到着。下船の日。

朝6時。今の乗客が下船した後、次の乗客が午後には乗ってきます。部屋の清掃の為、7時までには部屋を完全撤退する要請が出ていました。クルクル荷造りをします。今夜はお家に帰れるのだからルンルン気分です。

7時。部屋を撤退した乗客が山の様に朝食に押しかけていました。初めての大混雑。給仕が天手古舞で追いつきません。でも、そんな中、サービスの様な美しい朝焼けと日の出の展開が見られました。

9時15分。下船。色々な人にサヨナラを言われてちょっと寂しいような気もします。でもお部屋付きのセルゲイ君に握手をギュッとされた時には(君は私が毎日シャワーを浴びない事を知っている(エコの為です!)。君は私が寝汗を沢山かくことを知っている。君は私が寒がりな事を知っている。君は私がトイレットペーパーさえけちけち使う事を知っている(エコの為です!)...う~ん、君は良い人だと思うけれど、私は君にサヨナラを言うのはそんなにさびしくない気がする)と思ってしまいました。私は気ままに生きるのが好き!

10時30分。ちょっとした手違いでマイアミ空港まで手配されているはずだったバスに乗る事叶わず、我々トリオは今日里帰りをするスタッフの為のバスに相乗りして空港に行くことに。制服を脱いだスタッフの子供っぽい事!多分皆20代だと思うのですが、半年ぶり、人によっては一年ぶりにお家に帰れると思う安堵からか、顔見知りのはずの彼らが皆、物凄くあどけなく、かわいそうなほど初心に見えます。帰る国はトルコ、フィリピン、ユークレンとマチマチです。(この出稼ぎの客船の仕事は、朝の連ドラで観る丁稚奉公に似ているんだ!)と始めて気が付きます。青春を船で働いて過ごす発展途上国の若者たち。彼らの未来が明るい物でありますように。

12時。旅の道連れとして、トリオはとてもマナーが良いと思う。トイレに行くと待っていてくれるし、飛行機が出る前のお昼ご飯を気遣ってくれたり、色々心配してくれたり。でも私は18歳の演奏旅行からいつもソリストとして一人旅行をして来たので、一匹狼が染みついているのです。気遣われると気遣ってしまう。早くお家に帰りたい!

18時。遂にロサンジェルスに着陸。野の君が迎えに来てくれます。お家には野の君が創っておいてくれたカボチャの煮つけと春菊のお味噌汁と納豆ご飯。野の君曰く「お野菜も食べなよ...。」本当にそうだよね!野の君は世界一のコックさんだよ!野の君のカボチャの煮つけほど美味しい物はお船では出なかったよ!

20時。荷ほどきも、今夜中に書くと約束していたメールも全部放棄!バタンキュー。熟睡。

3 thoughts on “演奏道中記カリブ海編11.3ー豪華客船最終日と翌日の下船”

  1. 長い演奏の旅。お疲れ様でした。
    無事、お帰りになられて何よりです。
    華やかな豪華客船🛳での
    音楽家としてのお仕事。
    想像すらできない世界でした。

    1. みきさん、ずっと道中お読みくださっていたのですね。
      ありがとうございます。
      私は実は20代後半はかなりの頻度で豪華客船に乗っていたのです。
      今回は当時の自分を振り返るような、自分の成長を確認するような船旅でした。
      マキコ

  2. お疲れ様です。

    豪華客船の旅を共に満喫させていただきました。
    金満家への誘いも蹴散らして、脳科学者のピアニストが心ある人々に音楽の霊験をあらたかにしました。
    船上には、一つのミッションが成就した暁がありました。
    ゆったりといつもの日常に戻ってください。

    小川久男

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