水曜日に奇数の月に演奏させて頂いている高齢者施設での演奏があり、「ハッハッハ長調(Candid in C)」と題した演目を演奏してきました。ハイドンのソナタは数週間前にこのプログラムのために思い立って譜読みを始めた全くの新曲で、小さな演奏会とは言え自己ベストを尽くしたいという思いで臨みました。
火曜日の夜、会場のピアノで2時間弱、動画を自撮りをしながら練習をしてみました。その動画を復習しながら、内心密かに(お、マキコ…なかなかやるじゃないか…)と、自分を見直す気持ちでした。ちょっとびっくりしたのです。
今の私は決して演奏の機会に恵まれているとは言えません。冷静に考えると、それはいろいろな複雑な要素が絡み合った自然な結果なのだと思います。まず業界の競争の激しさ・男尊女卑・白人優勢・無料でも弾きたい練習時間がいくらでもある若手の市場進出などの一般的な状況背景があります。そして私が身なりや世間体を気にしない内気な一匹狼で、あまり社交を好まないことや、「何をしてでも演奏したい!」とはもはや思っていないことも要因にあります。更にスタンフォードで教えたり、講演や執筆など演奏以外の仕事が増えていることから「今でも演奏なさっているんですか?」とまで聞かれるようになってしまいました。
この状況に怒りや不満を感じたりするよりも、運命として受け止めたり、(もしやこれが自分の演奏に対する正統評価なのでは?これが私の実力なのでは?)と思った方が楽だったりもします。でも、ここで終わりたくないピアニスト・マキコがいることも、また正直な事実です。火曜日の練習動画を観た時、にわかに奮い立つ気持ちになったのです。(これはまだまだ頑張れるーいや、頑張るべきだ)と思ったのです。
ここで水曜日の演奏が、火曜日の練習を上回る魂震えるようなできだったらば、私は演奏の機会が少ない現状に不満や怒りを感じていたかもしれません。しかし、物事は本当にうまくできているもので、言うまでもなく、そうはならなかったのです。緊張はしていなかったのですが、思いがけないミスをしたり、途中で(おっとっと)と一抹の不安を覚える数音や数小節があったのです。20代のマキコと違うところは、そういう自分をどうやり過ごすかという知恵と経験と安定があることで、お客様には歓声を上げて喜んでいただけたのです。でも、火曜日とは違う意味でまた、私は奮い立ったのです。(これは本当のマキコの演奏ではない!)(この演奏ではマキコの名が泣く)ーおこがましいかもしれませんが、まあ正直にそう思ったのです。
そしてマイナス点だけではなかったことが、更に運命(というか深層心理❓)の複雑ところです。生演奏でしかありえないインスピレーションもお腹の底から感じ入る演奏会だったのです。魔法とか奇跡とか、そういう言葉を使いたくなるような、なんとも言葉では表現しがたい瞬間です。お客様の呼吸が私とぴったり合う瞬間。和音が空気に消えていくのと同時に、会場全体が「ほ~~」っと吐息をつく瞬間。今までは気が付かなかった絶妙な和声進行が急にキラキラと曲全体を際立たせてくれる面白さ。ひょうきんな曲の最後の音が終わった瞬間にどよめく笑い声。大げさでなく、「生きていてよかった」「演奏家でよかった」「音楽人生万歳…」と思う瞬間です。
水曜日の夜中、目が覚めました。演奏のいろいろな場面が思い起こされ、反省と感動、感謝と悔いなど、相反する感情にかき乱され、同時にこれからの自分の音楽人生への想いに背筋を伸ばしたくなるような意欲と向上心に掻き立てられ、いたたまれなくなって手書きの日記を久しぶりに開きました。
演奏でしかありえない気づきや間やインスピレーションや交流がある。同時に演奏でしかあり得ない焦りと不安とうっかりとミスが今の私にはある。
どうしたら後者をなくし、前者に集中し、演奏の機会をもっと楽しみ・求められるのか。それが欲しいとはっきりと意識をすることではないか。
「あるがまま」を受け入れ、curiosityで面白がることに救いを見出してそれを強みと思ってきたけれど、私は今よりもっと自由になりたい。自由に自信を持って表現し、自分のベストを聴衆とシェアしたい。練習ではあり得ない、演奏中のみの音楽性をたっぷりと楽しみながら練習中の正確さと安定を確立したい。
練習法を変えなければ。もっとはっきりと楽譜とメッセージを把握するための練習をしなくては。技術的挑戦ももっと冷静に解決する練習をしよう。
そして、伊達に音楽人生をアラゴーやってるマキコではありません。(こうなるかもしれない)と予測もしていたのです。だから火曜日とほぼ同じアングルで演奏も収録していました。そして今日、編集をして火曜の練習と水曜の本番の自分の演奏を曲ごとに並べて一本のヴィデオにし、じっくりと比べてみたのです。
結論:練習と本番のギャップは思っているより大きくない。そして上達の作戦。
- 自分は練習中のミスには寛容で(弾きなおしてミスしたことを都合よく忘れる)、本番中のミスには必要以上にビビっている。
- ミスっても弾きとおす練習がもっと必要。
- ミスをして止まる場合はなぜミスをしたのか、どうしたら同じミスを繰り返さないか、弾きなおす前に徹底分析と追及。
- 本番中の打鍵の指圧が、練習中よりもずっと強い。張り切るのは良いが、ペース配分をもっと考える。
- 息抜きや、力を抜くところを練習中に決め、練習で織り込む。
- 小節、フレーズ、そしてセクションの区切り部分をはっきりと意識し、仕切り直しをいつも意識する。
- 本番中の強弱の幅が、練習中より非常に大きくて好ましい(これはピアノの蓋を開けていたせいもあるけれど)
- もっと強弱の練習をしよう。
- 強弱を逆にした練習もする。
- 客席を意識し過ぎなのか。客席でちょっと音がしたりするとブレる。でも、客席を意識しているから表現の幅が大きくなっている。
- 客席に向けて表現しながら、客席からの音や動きにブレないでいるには、何を表現したいのかもっと自分の中で明確に確立するべきでは?
- 練習中の自分にもっと厳しく。そして本番の自分をもっと信じて励まして。