本番まで後10日。
演奏というのは、生ものです。会場の雰囲気・音響に加えて、その日のお客様に合わせて臨機応変に一番見合った音世界を創造します。その上ピアニストは、大抵の場合そこにあるピアノを弾くわけで、練習時から弾きこんだピアノで演奏する事は滅多にありません。ピアノの個性を引き立てる対応もしなくてはいけません。
練習時、一定の解釈や奏法にこだわりすぎると、この柔軟性に欠けてしまいます。こういう演奏なら録音と何ら変わりありません。そしてこの状態は、マンネリ化だけでなく、微細の予期せぬ事態—取るに足らないミスタッチとか、客席からのノイズとか、ピアノの不調など―でぶれやすい。演奏の醍醐味は、その日特有の聴衆・ピアノなどの全てを取り入れた演奏で、その時空に必然的な音楽を創り上げる事です。
でも、毎日同じ練習環境でこの柔軟性をどうやって培っていくのか。
1.逆説的ですが、一つは練習し過ぎない事。むしろ鍵盤から離れて楽譜を眺めたり、また楽譜も手放して頭の中で曲を弾いたり聴いたりして、曲に対するイメージをピアノ技巧から離して膨らませるということが大切だと思います。
2.できるだけ色々な要素に変化を付けて弾いてみる。テンポ・リズム・強弱・歌いまわし・強調・考え方など、考え得る限り新しい弾き方で弾いてみる。片手づつ弾いてみる。違う指使いで弾いてみる。ペダルを全く使わない。全てをスタッカートで弾いてみる。などなど。
この中で私にとって特に重要なのはテンポと、テンポ感です。
テンポと言うのは、一番奏者と聴衆を一体化するノリが創りやすく、また一番単調に感じやすい要素です。でも逆に言うと、テンポという土台がしっかり出来ていれば他の全てが上手く行くと言っても過言ではありません。そのテンポ感を創り上げ、更に考えなくても良い所まで体の中に消化するために、今日は徹底的に色々なリズムとテンポで弾きこみました。
お疲れ様です。
真剣勝負を前に、虚心坦懐な一文でした。
宮本武蔵は、
「観見二つのこと、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見ること、それが兵法の要である。」と看破しました。
そして、
「千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす。」
怠りなければ、
「我、事において後悔せず。」
小川久男