コロナ日記74:思い出の豊かさ

  • 今年のメモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)は半旗。
  • 5月25日(月)を持って日本の非常事態宣言は解除。

幼児期、母が時々「ピクニックごっこ」というのをやってくれました。ランチをお弁当箱に詰めて、居間のカーペットの上にござを引いて食べるのです。「ピクニックの時には何でも好きな物から食べて良いんだよ。デザートから食べ始めたっていいんだよ!」と母が最初に果物に手を出すのに、目を丸くして仰天し、母に笑われたのを覚えています。

ワクワクしました。

ベランダに開く大きなガラスドアの向こうには、週末に時々家族でハイキングをする小山が青々と見えて、そこからサンサンと注ぐ日の光の中で、床に座ってお昼を食べるのです...なんて素敵!

母の機嫌のよい声に「今日は『ピクニックごっこ』しようか?」と台所から呼びかけられると、居ても立ってもいられない興奮でピョンピョン飛び跳ねました。

早朝、大通りを行き交う人数にびっくりして、野の君と「外出の欲求というのが万国共通というのが、こういう状況になって初めて分かるね~」と話し合いながら、この『ピクニックごっこ』を思い出していました。まだ20代後半だった私の母は、父の赴任先の香港で生まれて初めての外国生活や、日本人を狙った香港の犯罪や、初めての母親業など、色々なチャレンジに奮闘していたのだと、今は分かります。あの頃の母は、私たちの今の籠城生活に近い心境だったのではないか、と歩きながら思いました。幼児期の私は、今の健康体からは想像もつかないほど病弱だった。次から次へと私が病気をする度に、母の自由が奪われるのです。そんな中、『ピクニックごっこ』は私や妹のためだけではなく、自分の気晴らしでもあったのかな~...と。

良い思い出は、貯金とか保険の様なものではないか、と私は思っています。それがあるから安心して冒険ができる。夢を見ることができる。例え何かあっても大丈夫という自信になる。でも良い思い出の方の方が貯金や保険よりずっと価値が大きいと私は思っています。思い出せば思い出すほど、その思い出の価値が増えるから。そして困難な時、より強力な元気の素になってくれるから。

2 thoughts on “コロナ日記74:思い出の豊かさ”

  1. 小川 久男

    お疲れ様です。

    きょうの一文こそ教育の有難さですね。
    学校の知識と家庭の知恵が融合する家庭が教育となります。
    教育は幸せになることです。

    小川久男

    1. 「教育は幸せになること」…であるべきですよね。
      音楽教育はそうでない事が多いので、私は革命を起こしたいと思っているのです。
      平田真希子

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