すっかりご無沙汰してしまいました。 2月13日から24日までの日本滞在中は 着いて翌日の『スカぴあ』オーディション審査、 O学園での学校演奏、 2日がかりで大々的に行われた 横須賀芸術劇場文化祭に『スカぴあ』メンバーとしてゲスト出演、 そしてヴァイオリニスト、硲美穂さんとの旧園田高弘邸での共演など、 おかげ様で大変刺激の多い、充実したものとなりました。 同時に、今年15年目となる私の日本での活動に色々な形で関わって来て下さっている方々の多くと 例え電話の会話一本でも心温まる交流のきっかけを作ってくれる ありがたい機会でした。 その中で多くの方々に「ブログ、見てるから」とおっしゃっていただきました。 もう7年近く書き続けているブログです。 色々あって、滞りがちになる時期もあるブログですが、 でも「読んでるよ」「見てるから」と言っていただくとやっぱり嬉しい。 ちょっと多忙にて、滞っていましたが、また続けます。 これからもよろしくお願いいたします。
私は今まで踏み切れなかったヒューストンに半永住すると言うことを決めました。 テキサス州は文化面でも政治面でもイメージが悪く、 その固定観念を振り切るのは勇気が要りましたが、 実際問題、テキサス州、特にヒューストンは アメリカの経済状態からは独立して石油産業のおかげで非常に好ましい経済状態を保っており、 日本企業を始め、世界中の沢山の企業がヒューストンに毎日進出しています。 経済的余裕の上に南部のコンプレックスもあってか、 文化・そして芸術家支援の体制が非常に積極的です。 移住してきてビックリしましたが、 ヒューストン・グランド・オペラ、ヒューストン・バレー、ヒューストン交響楽団のほかにも 現代曲専門の団体、古楽器演奏専門の団体など、 沢山の非常に興味深い文化活動が数多くあるのですが、 音楽家の数が絶対的にNYやLAなどに比べて少ないので、 演奏の機会が得やすい。 新しいこともしやすい。 その上、NYに在住する音楽仲間が生活費の重圧、特に家賃の高騰にあえぐ中、 ヒューストンの生活費はNYやLAに比較にならないほど安く、 しかも音楽教師を求める生徒が沢山います。 さらにライス大学はヒューストン界隈では一目置かれる学校で、 その博士課程を間もなく終える私にお仕事を回してくれる音楽団体も増えてきています。 と言うわけで、単純に収入増加と経費削減のみを考えても、 これからの自分の芸術的成長と活動の可能性を考えても、 ヒューストンに根を下ろすのは利点が非常に多いのです。 さらに、ヒューストンに住むことで可能な収入増加と経費削減の結果、 NYやヨーロッパに足を伸ばして活動することもより可能となります。 NYには私は幸いなことに、 いつでも宿を提供してくれる家族同然の音楽仲間や音楽愛好家が沢山います。 ヨーロッパはまだNYほどではありませんが、 でも最近のヨーロッパでの演奏活動のおかげで私にとってずっと身近な、そしてさらに開拓の意欲を覚える土地となりました。 一つ大きな決断をすると、それに伴っていろいろなことが落ち着いてきます。 年末の婚約に続き、これからのヒューストンの半永住の決断により、 これからの私の音楽人生の方向性が固まり、 新たな意欲と希望が湧いてきています。 今年の展開が非常に楽しみです。
友達の占い師さんがフェースブックにポストした長~い逸話です。 フェースブックで話題の逸話なんだそうです。 今日のブログのイントロに使わせていただきます。 『ある大学教授が哲学科の教室で生徒達の前に立っていました。いくつかの品物を前に置いて。 授業の初めに教授は無言で、大きな空っぽのマヨネーズの瓶を取り上げ その中にゴルフボールを入れ始めました。 瓶が一杯になった時、教授は学生達に、この瓶は一杯だと思うかと尋ねました。 学生たちは、そう思うと答えました。 次に教授は小石の入った箱を取り出して、 小石を瓶に移し、瓶を軽くゆすりました。 小石はゴルフボールとゴルフボールの隙間にはいりこみました。 そこでまた教授は学生達に、「瓶は一杯か?」とたずね、学生たちは、「そうです。」と答えました。 続いて教授は砂の入った箱を取り出し、砂を瓶の中に入れました。 当然、砂は瓶の中の残っている隙間にはいりこみました。 教授はまた、「瓶は一杯か?」と尋ねました。 学生たちは異口同音に、「はい。」と答えました。 さらに、教授はコーヒーの入ったカップを二つ持ち出して、マヨネーズの瓶にそれを注ぎ込みました。 コーヒーは、砂の中に浸み込んで行きました。 学生たちは笑い出しました。 「さて、」笑いが収まるのを待って教授は話し始めました。 「この瓶を人生だと思ってごらん? ゴルフボールが表わしているのは、大切なものだ。 家族とか、子供たち; 健康; 友達; 夢中になれるもの―― もし仮に、他のものが全部なくなっても、これさえあれば良いと言えるものだ。 小石はその外の比較的大事なもの、仕事とか、家、車などのようなものだ。 砂は、その他のいろんな物事―どうでもいいものだ。 もし、最初に砂をこの瓶にいれてしまったら、小石やゴルフボールの入る余地は無くなってしまう。 人生も同じことだ。 もし、どうでも良いような事に時間や労力をつぎ込めば 大事な物事の入る場所はなくなってしまう。 だから・・・ 君たちは、自分にとって掛替えのないものに注意をしなさい。 子供たちと遊び 健康診断のために時間を作り 奥さんを連れて食事に出かけなさい。 家の掃除や、ゴミの始末は後で出来るさ。 先ず第一に、ゴルフボールをいれること つまり、本当に大事なものを先にするのさ。 それさえちゃんとしておけば、後の物事は砂みたいに何所にでもはいるのさ。 一人の学生が手をあげて、コーヒーは何を表わしているのかと、尋ねました 教授は「良い質問だ」と、笑顔で答えました。 どんなに忙しくても 友達と一緒にコーヒーの一杯や二杯飲む時間ぐらい、その気になれば見つかると云う事さ。 ゴルフボールを先に入れる。 これがなかなかできません。 砂ばかり入れているような気がします。 これからコーヒーでも飲みますか?』 私は今、人生分岐点にあって、この話しのようなことを随分と考えています。 私にとってのゴルフボールはなんだろう。 博士課程終了間近の私を思って、色々な方が色々なお話しを持って来て下さいます。 大小様々な演奏の機会からから継続的な教えの仕事まで、色々在ります。 その度に悩んでしまうのは、自分の指針、つまりゴルフボールがはっきりしていないから。…
運転中はラジオが楽しい。 今日クラシック音楽専門のラジオを登校中聴いていたらDJが突然 「ドヴォルザークが日本に住んでいたらばきっと…」 と、言い始めた。 在外日本人の常で「日本」とか「日本人」とか「日本語」とか言われると 耳がウサギの耳になってギョギョギョーンと興味がそそられる 「ドヴォルザークが日本に住んでいたらきっとしーんーりーにょーっくを楽しんだでしょう」 この「しーんーりーにょーっく」のところは声を張り上げて、 一生懸命母音ごとに区切りをつけて読み間違えないようにゆっくりゆっくり発音している。 なに!?なんじゃ!!?? Forest bathingとか何チャラとか説明を聞いてもしばらくは分からなかった。 「森林浴」と分かった時は笑ってしまった。 ローマ字で書くと、確かにSHINRINYOKUは「しんりにょっく」と読める。 …そう言えばドヴォルザークには自然を題材にした、広大な感じの曲が多いですね。 何か一日中思い出して笑っていた。
ヒューストン ― イスタンブール - パリ。 トルコ航空は食事も美味しく、映画も充実していて、空の旅は楽しんだのだが、 なぜかイスターンブール出発が一時間遅れ。 そして、この一時間が私のそれからの数時間を大きく変えた… もともとの到着予定時刻は10時半。 これなら公共交通機関で何無く移動が可能なはずだったのだが… 結局着陸が11時を回る。 メトロと呼ばれるパリの地下鉄は1時で終電。 しかも、メトロまでの空港からパリ市内までの電車が 入国審査と荷物待ちを終えた段階ですでにもう終わっていた。ガ~ン! 深夜バス待つこと一時間ほど。 パリ市内に入る。 隣に座った親切なおばさんに深夜ツーリスト案内に連れて行ってもらい、 そこでオンラインで借りた短期下宿先の住所を見せて、 バスを教えてもらう。 もうこの時点で1時過ぎ。 バスで「ここ、ここ!下りな~」と運転手に大声で叫ばれ 意外に混みこみのバスの中をスーツケース二個引っ張って掻き分けるように降りてみたら、 さあ、どっちにいったら良いかさっぱり分からない。 だって、下宿からもらった行き方はすべてメトロに乗って来ていることを想定しているのだ。 北も南も、右も左も、分からない。 人に聞こうにも、人が居ない。 パトカーが私の心中を解せずさ~っと通り過ぎてしまった。 タクシーは「高いから乗るな」と言われている。 さて、困った。 出会う人ほぼすべてに道を聞いた。 段々「ああ、この住所ならこっち」と分かる人が多くなるまでに、 反対方向にテクテク20分、スーツケースずるずる引っ張りながら歩いたりした。 英語が全く喋れない人でも、フランス語で目をしっかり見て喋ってくれれば分かる! …様な気がした。「頑張れ!」と言われた事は分かった。 そして、私がラッキーなのか、やっぱり人間性善なのか、 こちらが本当に困っていると、みんな一生懸命助けてくれる。 やっと下宿発見! しかし、すでに2時を回っている。 インターコムでも下宿屋さんが起きてくれない。 どうしよう。 途方にくれて、 川の脇で輪車になってギターをかき鳴らしながら飲み会をしている若者グループに接近。 「英語、しゃべれる人、いるかな~??」 と恐る恐る聞くと、近くのユースホステルの泊り客とアルバイトのパーティーで フランス人は一人も居なかった。 「おお、電話、全然良いよ~」 と貸してくれた物の、下宿屋さん起きず。 「じゃあ、一緒に飲んでいきなよ」と誘われて、まんざらでもなく 道端に一緒に座り込んで、コーラ・ウォッカなどを頂く羽目になる。 一時間ほどしてやっと下宿人に通じた時には、 ちょっとお名残惜しいほど楽しく意気投合して過ごしてしまった。 いや~、こう言うのも、旅の醍醐味です。 めでたし、めでたし。