数か月ぶりの投稿です。 本当にご無沙汰してしまいました。 なぜ数か月ブログを怠ったかは追ってまたご報告いたしますが、 とりあえず今、私はコーペンは―ゲンの空港に居ます。 目的地はマドリッド! 国際クラリネット教会の毎年恒例の大会で我が心の友、佐々木麻衣子さんと 去年の秋にリリースした{Greener Grass]よりフランクのソナタの1、2楽章と ドビュッシーのヴァイオリンソナタ1、2楽章を演奏させていただきます。 ヒューストンの日本人コミュニティーを始め、音楽仲間や色々な有志が 私たちの旅費のためのファンド・レイズに快く、熱情的に応答してくれ、 私たちは大変励まされて今回の演奏に挑みます。 とりあえず、私は元気に演奏活動を続けていること、 そして8月14日には元気に日本に戻ってきて 例年通り演奏活動を行うことをご挨拶と共に報告するため、書きはじめました。 旅の途中は毎日更新することをお約束します。
車で北アメリカ大陸を半横断中! ヒューストンからサンフランシスコ。 サンフランシスコから南下してロサンジェルスからヒューストンに戻る。 これを一週間でこなす。 これはかなりの強行軍である、と言うことを身に持って実感している。 西海岸に散らばる義理の家族のご挨拶のためにこういう旅になったのだが、 アメリカは広い! 雄大な自然。 西海岸は本当に美しい。 太平洋の海岸線沿いにずっと南下してその美しさに圧倒される。 同時に、ロス郊外の墨絵のような山脈の図に空気汚染を感じ、 海岸を臨む豪邸と、内陸の砂漠に屯す貧困にあえぐ村に貧富の差を垣間見、 気候の温暖なロサンジェルスに群がるホームレスの群集に 麻薬、精神異常など社会的な病にも考えさせられる。 そして延々と続くドライブで、経験したことの無いような新しい時間の感じ方。 20代にアメリカ大陸を演奏して回った時も オケのメンバーとツアーバスでこういう運転をしたのだけれど、 あの時は毎晩の演奏会での協奏曲への準備のため、 バスの中では前の晩の録音を聞き、同じ曲を巨匠の録音で聞き、 文献を読み、楽譜を勉強し、毎日必死にバスの時間を有効利用していた。 乗用車では私は読書は車酔いしてしまうし、 相棒と変わりばんこの運転。 視点もバスからの視点よりも全然違うし、 ゆったりととめどの無い会話を毎日10時間以上しながら 相棒と過ごすのは、 なかなか面白いものである。 日常生活の上では知りえなかった角度からお互いを知り合える。 人生の一時休符。
自分は没頭型だなあ、と思う。 以前にもブログで書いたことがあったが かなり前にパリを訪れた際、 練習室を借りて練習していたらパリに居ることをすっかり忘れてしまった。 本当に没頭して弾き終え、頭をあげた瞬間、窓の外の景色にすっかり混乱した。 あの奇妙な感覚、そして(ああ、パリに来たんだった)と言う不思議な昂揚感。 なんとも説明しがたい。 映画を見ていると、本当にその物語を生きたような気持ちになってしまう。 テレビを見ている最中に何かをしゃべりかけられると全く理解ができないことがある。 物を書いたり、読書をしている際、だれかに名前を呼ばれても気が付かないことがある。 でもこの状態は意識して入り込める物でもない。 (集中したい、しよう)と思っていても練習中にどうしてもくだらない夢想に走ってしまい、 むしろ夢想に集中して、(あれ、この曲今日もう練習したんだっけ)とか、 そういうことも、多々ある。 そんな中、最近相棒に不意打ちを食らう。 メールや論文やブログ執筆や練習に集中している私に 抜き足差し足で近づいて「ワッ!!」と驚かせるのである。 まんまとはまって、いっつもゴジラを見た「通行人女性その1」の様な悲鳴を 恥ずかしげもなく近所中に響かせてしまう。 その後、非常な努力と時間をかけて抜き足差し足で忍び寄っていた相棒の姿を想像して 毎回大笑いしてしまう。 もう何十回引っかかったか… でも、少しは学習能力があるので、最近は相棒の物音に耳を立てるようになった。 しかし今度は、相棒が近くに居ない出先での作業中にも耳を立てている自分を発見。 盗難防止には大変良いかも。 相棒は、実は私をトレーニングしていたのかな? しかし、こういう性格的な没頭型と言うのは、訓練によって治るものなのだろうか?
私の相棒はきれい好きだ。 私が料理をした後のキッチンをクルクルとため息をつきながら掃除をしている。 16で家族が日本に帰国して、 その後一緒に同居して今では家族の私のアメリカン・マザーは 「炒め物をするときは油が飛ばないように絶対に中火かとろ火で」と口を酸っぱくしていた。 かつて香港で広東料理を勉強した母からは 「炒め物はできるだけ強火で! 日本の台所の火は小さすぎて正当な中華は作れない…」 と聞かされて育った私は、その優先順位の違いにビックリした。 味 vs。ピカピカ台所… 私はどうしても味を取ってしまう… しかし、何にせよ料理と言うのは楽しい。 熱中してしまう。 食材に触れる、火加減を見る、料理の音を聞く、味見をする、臭いを嗅ぐ。 料理と言うのは本当に五感総動員。 しばし他のことを忘れる。 これが『気分転換』なのだな~。 気分転換と言うのは、燃え尽き症候群予防に必要不可欠だそうな。 今日読んだ心理学実験についての記事によると、 一日中仕事をして、その仕事のストレスを忘れる暇無く眠りにつくと、 疲労感が抜けず、次の日の練習が乗らず、 余計効果の上がらない練習に時間を費やし…と悪循環になりやすくなるそう。 食べること、友達と話すこと、運動をすること、睡眠を取ること。 これらを犠牲にして精進することがまるでプロへの道かの様に 根性物の漫画は私たち日本人を追い立てるが、 しかし気分転換と言うのは 練習や仕事の効果を上げ、疲労感をぬぐい、観点をリフレッシュさせる、 とても、とても大事なものなのだそう。 言われてみると、もちろんそうなのだけれど、 でも「こういう実験で」「結果統計を出すと」と言われると (ああ、休んでも良いんだなあ)、 (楽しんでもよいんだなあ)と思える。 ありがとう。
最少の努力で最大の効果を上げると言うのは、怠けるのとは違う。 物凄い想像力と工夫の努力が必要で、 しかも時には周りから疑念を持たれてしまったりしながら 信念をもってパッと見には回り道に見えることを地道に続けたりしなければいけない。 練習していて思ったことだけれど。 子供は絶対大人に教わらなきゃ自分からは習得できない。 子供はエネルギーがありすぎて、 がむしゃらに頑張ることで何とかこなしてしまおうとする。 この視点は大人だからこそ、の宝物。 大事に発掘していく。 覚書き、です。