Category: 音楽人生


  • ヒューストンの日本人コミュニティーは結束が強い。 色々な会があって、皆良く集まって歓談をする。 そして、集まると歌を歌う。 ピアノがある時は、私も演奏を添えさせていただいたりする。 オペラ歌手の方々が美声を披露されることもある。 また、一人ひとり皆の前に出て、順番に 過去の思い出の逸話や、専門分野についてお話しを披露したりもする。 そしてどんな趣旨の会でも大抵最後に皆で声を張り上げて皆で大声合唱をするのだ。 この前は伴奏譜が無かった。 曲は「千の風になって」。 前に二人の男性が立って、リードをする。 二人はイヤフォンで携帯から「千の風になって」を聞きながら大声で歌っている。 皆も二人に倣って声を合わせる。 一番が終わったところで突然、二人が止まってしまった。 微動だにしない。 皆どうしてよいか分からない。 (2番は歌うのだろうか?それともこの曲は終わったのだろうか…?) 数秒経過。 二人の内の一人が、突然、自分らを凝視する群衆に気が付き、自分の携帯を指さして 「あ、間奏です。。。」 大爆笑である。 でも、笑いながら涙が出そうになった。 19世紀の、マスメディアが浸透するはるか昔。 皆、こうやって一緒の時間を楽しんだのに違いない。 そして、そうやって大きな声で大きな口を開けて声を合わせて歌っている人達は、 皆専門分野では一目置かれるツワモノなのだけれど、 本当に、本当に、日本人コミュニティーと言う家族を思いやる、 良い人達なのだ。 ヒューストンの日本人芸術家や、日本人留学生を本気で支援し、 そして日本で震災があると、力を合わせて募金活動をやり、 何もない時はこうやって集まって音楽を鑑賞し、お互いの近況を報告しあい、 そして最後に一緒に声を合わせる。 こういうコミュニティーに属せて、私は幸せ者である。

  • 「リサイタルを弾く前はやっぱりステーキを食べないと」 …と言う意味の記述を呼んだのは、確か宮沢明子のエッセー集だったと思う。 そう言う事を実際に言う人、実行している人、と言うのも周りに居る。 兎に角エネルギーを補給して、ガツンと、と言う感じだろうか。 私もどちらかと言うとこちらのタイプ。 腹が減っては戦は出来ん! 逆に「演奏前の食事は抜く」と言う人も多い。 その心は「脳に回したい血が食べると胃に回ってしまう)と言う物。 そういう人たちは大抵、演奏後にがっつり食べて、そして呑んでいる。 「緊張で一日食べられない」と言う人に会った事もある。 私には想像が出来ない。 私は食べて元気を出す、と言うタイプの人間として、今まで来た。 疲れたら、食べる。 病気かな、と思ったら食べる。 景気づけに食べる。 お祝いに食べる。 ストレス解消に食べる。 食べる、食べる、食べる。 子供の頃から大食漢だった。 赤ちゃんの時に母が何か月目かの検診の際「食事には何を?」とお医者さんに聞かれて 「バナナと、ゆで卵と、ベビーフードと…」 とリストしたらば「それは一日分ですか?」と聞かれたそうである。 勿論、一食分だった。 母が食事を切り上げようとすると、うなったり、テーブルを叩いたりして怒るのだそうだ。 赤ちゃんの時から味も分かったらしい。 母が鶏がらスープから自家製のおかゆを作ると喜んで大量に食べるが、 ブイヨンで作ると、口から吐き出して一口も食べないのだそうだ。 (この逸話は、私は誇りである) 「マキちゃんと食事をすると、本当に美味しそうに食べるからつられて一緒に食べられる」 と食が細くて困っているご高齢の方や病弱の方などに良く言われる。 そうすると張り切ってもっと食べて見せてしまう。 私は大抵の男友達よりも食べる。 しかし! 何だか小食の方が体も脳にも良いそうなのである… 最近私は健康に凝っている。 いかに自分をベスト・コンディションに保つか、 そして自分のベストの演奏を行い、ベストのリサーチを行い、論文を書くか。 どうしたら時間を効率よく使えるか。 どうしたら生産性を高められるか。 その為に走ったり、発酵食品を多くとったり、果物と野菜を増やしたり、色々している。 その健康志向のリサーチを進めていたら、「絶食の勧め」と言うのに出会ってしまった。 これである。 この人はアメリカ国家老化現象研究センターの神経科学のトップの人。 この人によると、動物実験でも人間でも、兎に角エネルギー摂取を減少することが 病気の予防、治療、脳の活性化、老化予防、全てに良いのだそうである。 では、どれだけカロリー制限すれば良いのか。 この人は色々な方法を述べている。 1.食事摂取時間を24時間中8時間に収め、16時間を「絶食の時間」にする。 2.一週間のうち二日は500キロカロリー以下の摂取にする。 3.忘れた。 このヴィデオを見たのが昨日の夜。 夕飯食べながら見たので、腹八分(実感的には五分)で中断。 今朝は中位のサツマイモをチンしたのを半分、グレープフルーツを半分、ミルクコーヒーコップ半分。 昼食は練習しながら:アーモンド7粒、ひまわりの種一握り、ミカン二つ、チョコボール二個、ぬか漬け(人参半本分、こんにゃく二切れ、キャベツの芯二切れ)。 4時:リンゴ一個とヨーグルト(砂糖なし、低脂肪)…

  • ストーカーの一件で最近とても嫌な思いをすることになった。 非常に、非常に間接的な事。 ある物凄く意地の悪い弁護士と取引をする羽目になって、 こいつがもう本当に嫌な奴だったのだ。 色々あったけど、嫌な思いと言うことでは、これがピカいちだったかも。 それで、私は怒り狂ってラフマニノフの作品39-5を3時間くらい練習した。 私のアルバム「Etudes, Seriously」のトラック13に収録した曲である。 (サンプルはここからどうぞ) http://www.cdbaby.com/cd/makikohirata この曲を弾きながら 「お前なんか嫌いだ~!! こういう風に生活の糧を得ているなんて何て可哀想な奴!!」と 心の中でこの意地悪弁護士に向かって一杯毒づいた。 その次の日も、その次の日もこの曲を練習するのが非常に楽しみだった。 でも、それ以外はずっとブルーで元気がなかった。 (この元気なさは実は意地悪弁護士のせいだけじゃないかも。 もしや、ああやって何時間もラフマニノフを練習してるからかも…) と思い始めたのは、3日目くらい。 それで、余り乗り気じゃなかったけれど、この曲を練習をし始めた。 今度日本でも弾く、ジョップリンのラグタイムである。 そしたら、びっくりするほど気が晴れたのである! ジョップリンの名曲集は、父が子供の頃プレゼントしてくれたもの。 もらった時は全然ありがたみを感じなかった。 小学校二年生くらいでモーツァルトとかバッハとかばかり弾いていた私に 「こう言うのもある、って知っておいても良いんじゃないかな」 と私に仕事帰りに買って来てくれた父に 「お父さんは分かってないね~」 と非常に生意気に返事をしたように思う。 でも、今、そのころの父の年齢に近づいてきた私は 父がその時、夜遅くまで仕事をした帰りに私にジョップリンを買ってきた、 その気持ちが少し分かってきているような気持ちがして、 ちょっと泣きたいような気持である。 お父さん、ありがとう。

  • 10年以上前にテレビでたまたま見たの映画のワンシーン。 湾岸戦争から帰ってきた女性が朝、 ライスクリスピーが牛乳を吸って出す 「パチパチ」 と言う音にじっと耳を澄ませて微笑む。 その淡々とした行為に、女性が戦場で味わった凄まじい騒音が彷彿されて、 とっても印象的だった。 今、私も寝苦しい夜を諦めてライスクリスピーに牛乳を注ぎ、 このブログを書きながら思い出している。 LAで私が大好きだったヨーガの先生は 「真剣に聞くことに集中することによって、思考を一時停止することが出来ます」 と言っていた。 NYで再会した私の友人は、 彼女の父親の死に際に関する家族の葛藤の話しを私に打ち明けてくれている最中、 突然立ち止まって散歩していた公園の鳥の鳴き声に1分くらい耳を傾けた。 私も一緒に聞いて、その延々と続く歌に感動した。 何という鳥だったのか。 一度もメロディーが繰り返されない、どんどん発展して行く、まさに歌。 NJで色々な物を整理した際、自分の膨大な量の日記の中に発見した 一か月前に亡くなった私のアメリカン・ファーザーが 私がホームステーを始めたばかりの91年の私の誕生日に書いてくれた手紙。 「人は誰でも錨となる拠り所が必要だ。 これからのマキコの人生で私とジョーンとこの家をマキコの錨にして欲しい」。 手紙が書かれてから25年間、まさに錨になってくれた。 延べ日数で言うとNJと日本の実家と、 どちらがより多く私の田舎だったのか。 日本だって私は一年の内一か月は演奏活動などで居させてもらって、 かなりの日数を過ごしているのだ。 マンハッタン時代、疲れると休息を求めてNJに行っていた。 日帰りしたことも、週末を利用して2泊したことも、ずっと長く何週間も滞在したこともある。 LAやヒューストンに移動した後も、年始年末や夏休みなどを利用して良く行った。 ピアノが練習し放題だったことや、 マンハッタンの友達や音楽創りの機会が恋しくて、何かに付けて帰っていた。 91年に私に手紙を書いてくれた際、エドは66歳だった。 まだホームステーを始めたばかりで、将来の関係性も不確かな私への手紙に、 自分の余命など考えるはずもない年だったのだ。 私たちの関係が一生ものになったことだって、 努力と忍耐と愛情の賜物の、ほとんど奇跡だったのだ。 大学に進学した私が週末に帰りたいと言うと、 エドはいつも私が好きな菓子パンをいそいそと買って待っていてくれた。 その菓子パンを手作りしていたドイツ系パン屋さんもとっくの昔に引退してしまった。 形あるものはいつかは形を変えるし、命あるものには寿命がある。 変わらないのは、自分の中の思い出と、 何が起こっても周りの音を愛でる態度。 音楽人生、邁進。

  • 空港で週一で45分のセットで3回弾く、と言うアルバイトをやっていて。 私たちの演奏を耳にするのは、道行く旅行者。 「クラシックを聞きたい!」と選んで聞きに来た人達では無い。 私たちには未知の聴衆である。 反応も未知。 しかも「チップス」と言う好感度バロメーターがあるので、面白い発見多々。 私の持ち曲での話しに限られるのだが、 でも人々が「お!」と立ち止まるのは 早いパッセージが多い、派手な曲。 例)幻想即興曲、ベートーヴェン「月光」の三楽章、ハンガリー狂詩曲2番、など。 それから名指しでリクエストはダントツでドビュッシーの「月の光」。 この曲は4,5回リクエストがあったが、他の曲はリクエストはクラシックの演目では皆無。 それからベートーヴェンの「悲愴」は 「昔ピアノやってた頃に弾いた」と言われる。 大抵中年の女性。 とても嬉しそうに報告しに来てくれる。 暗すぎて始め弾くのをためらったが、結構コメントをもらうので、最近は良く弾く。 シューベルトは遠まわしに聞く人が多い。 遠くで聞いてくれているのだが、特にシューベルト自身にコメントをする人は少ない。 リストの「愛の夢」とかは有名なのだが、 「きれいですね」とか言われても「リストが…」などと自信を持っている人はいまだいない。 スクリャービンの「左手のためのノクターン」はヴィジュアル的に面白いので コメントを言い残していく人達が居る。 「すごい!君は本当に極めたんだね!! 左手だけで一曲弾きとおすなんて!!(そういう曲なんです…)」 とか、 「これは、左手の練習のためにわざと両手の曲を敢えて左手だけで弾いているのですか?」 とか、私自身では思いつきもしなかった発想が面白い。 そして私には最高傑作に思えるバッハやベルグは… あんまり立ち止まってもらえない… 昨日は10か月くらいのまだ言葉をしゃべり始める前の赤ちゃんが 物凄い興味を持って、目をまん丸に大きくして、かぶりつくように聞いてくれました。 あんまりかわいかったので、一曲弾き終わってから モーツァルトの「キラキラ星変奏曲」を弾き始めたら もうその興奮を持て余してどうしたら良いか分からないと言った風で お尻がノリノリにテンポを取り始めて、両手を高く上げて (ああ、もう素晴らしい!私はどうしたらよいのでしょう!!)という感じで こちらが感動してしまいました。 先々週は10歳くらいの女の子が突然、周りを気にすることを全くせずに踊り始めました。 特に上手いと言うのではないのだけれど、手を影絵の様な形に色々くねくねしたり、、 兎に角クルクルいつまでも回り続けたり、 何曲も何曲も「一生懸命」と言う感じで踊り続けて 周りを行く人をほほませてくれました。 後から「速い曲は早く動いてみたの」と 息を弾ませながら報告に来てくれました。