February 2019

音の影響力

ちょっとお付き合いください。 想像力の翼をはためかせて、18世紀のヨーロッパの田舎の農民になってみてください。日中は畑に出て、自然の音を一日中聞いています。働きながら一人で、あるいは周りの農民と声を合わせて、歌っているかもしれません。夜は暖炉を囲んで歌ったり踊ったりしているかもしれない。近所に楽器を弾く人が居たりするかもしれません。 そして日曜日になったら教会に行きます。パイプオルガンが聖堂中を振動させます。オルガンの強音に耳が鳴り、体が共鳴します。そのオルガンと、他の参列者と声を合わせて歌う時、どれだけ神聖な気持ちになるでしょう。 今度は1853年の横須賀の住民になって見てください。220年ほど鎖国が続いて、もう代々日本の音しか聞いていない。 そこに突然黒船がやってきます。その巨大な船の群れの脅威と共に、西洋音楽隊の軍艦マーチは横須賀の住民にどう聞こえたのでしょうか?金管楽器が空気を割き、打楽器が轟いた時、どんなにびっくりしたことでしょう。 1878年4月18日、トーマス・エジソンが全米科学アカデミーの前で蓄音機のデモンストレーションを行ったとき、複数の聴講者が気絶したそうです。なぜ気絶するまでびっくりしたのか、私たちに想像することは難しい。でも論理的に考えることはできます。蓄音機の出現まで、音の出現とその聴き手が時空を共にすることは必須と考えられていた。ところが、蓄音機の出現で、発音の出どころと聴き手が時空を隔てることが可能になった。心理学者でも音楽学者でもあるエリッククラーク博士によると「聴覚の機能とは音の発生の場所と理由を突き止め、それにどう対処するか決めるためのもの」と言うことになります。しかし時空を隔てた音が在りえる時、聴覚の本来の機能は意味を成さなくなってしまうのです。 そしてデジタル化された音が溢れる現在、音源と言うのは仮説的なモノになりました。私たちは今、こういうヴィデオを見ても面白がりこそすれ、気絶をすることなんて思いもよびません。   …むしろこちらの方を気味悪がるくらいです: 人類の歴史の中で様々な文明が音楽を使って人の絆を強めてきました。しかし今日、人はデジタル化された音楽をヘッドフォンやイヤフォンを使って聞くことで自分と世界の間に壁を作ろうとしています。 これはもしや人間性への脅威、ある一種の危機なのでは?

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書評「世界を変えるSTEAM人材:シリコンバレー『デザイン思考』の核心」

(The English translation of this review is here.) タイトルにもある「核心」に徹した、シンプルかつ重要な本。 メッセージ性が明瞭でぐいぐいと引っ張られるように読んでしまう。 創造力=エンパシー(相手を思いやる勇気と能力) STEAM人材=ヒューマニスト・人類主義者。 シリコンバレーのSTEAM人材をモデルに、 今後の日本社会に適した新しい人材像とその養育法を提示する一冊。 産業革命以来、各国が競い合ってきたのがSTEM: Science(科学), Technology(技術), Engineering(工学), Mathematics(数学)。 これらはすべて数量化できる分野。なので前進にも競争にも、拍車がかかる。 ここに新しくArts(芸術)を加えたのがSTEAM. ArtsをSTEMに加える実際的な理由はいろいろ文中に挙げられている。  「対象物の特性をつかみ取る」「意味を昇華させる」「3次元で考える」「体を使って知覚する」など、これまで芸術家が使ってきた技術的なスキルの多くが、STEM領域の学びに有用。 今まで関連性が低いとされてきた複数の領域をつないで、活動や学びを活性化 未完で在ることに対する包容性の高さ Artsがもたらす集中力、記憶力、学習能力、探求心、コミュニケーション能力などの向上。 そして実際にSTEAMを養成するための教育上の試みや具体的な例、さらにSTEAMを活かして活躍している前衛的なSTEAM人材もストーリー性豊かに本書では紹介されている。 STEAM教育現場では、生徒主体の体験ベースの学習:Project Based, Problem Base, Design Thinkingで生徒たちはそれぞれの発見を積み重ねて、個性と自信と知識を育んでいく。 そしてSTEAM人材は「デザイン思考」を駆使して、潜在的なニーズにうまく答えたイノベーターたち。 「デザイン思考」とは「なぜ作るのか(WHY)」「何を作るのか(WHAT)」「どう作るのか(HOW)」を模索するプロセス。それは実際的な製品だけではなく、体験・概念と言った抽象的なモノにも適応される、世にあるすべてを対象にした営み。 既存の枠組みにとらわれずに大胆に発想し、柔軟かつ濃厚なネットワークで 答えの無い問いでも追い続ける、探求に対しての真摯な姿勢を持って 複雑化する世界に対応していく能力を養成するのがSTEAM。 しかし、本書が一番強調しているのは、STEAMとは新しいヒューマニズムだ、と言うことだ。 STEAM人材とはAI時代に、人間性を大切にし、人間性を取り戻そうとする新しいヒューマニスト。 本書からの引用でこの書評を締めくくりたいと思う。 「人間を取り巻く環境が、かつてない大きな変革期を迎えている21世紀。科学技術は日々飛躍的な進歩を続けています。そのような時代に私たちが直面している真の課題は、より新しい商品を開発して競争に勝つことでも、より多くのテクノロジーで世界を満たすことでもありません。真の問題は、この世界を、すべての人間にとって優しい場所にできるかと言うことではないでしょうか。人類にとって本当に役に立つものを作りたい。人間とは何かを問い続けたい。専門性を研鑽し続けながら、それぞれの熱い想いを活動につなげる最先端のSTEAM人材たち。彼らこそ、次世代のポスト情報社会がどう進むべきかの道筋を示す、21世紀を牽引する人材なのです。」 おこがましいようだが、私が音楽でやろうとしていることが如実に記されている。 なんだか鬨の声を上げたくなる。 ヤング吉原麻里子・木島里江共著「世界を変えるSTEAM人材:シリコンバレー『デザイン思考』の核心」朝日新書出版。初版2019年1月30日。

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