2か月ごとに演奏をさせて頂いている図書館での演奏が昨日ありました。去年10月の初回を皮切りに昨日で5回目の演奏です。毎回お客さんの数が増え続け、昨日はありったけの椅子を出しても間に合わず、とうとう立ち見が出ました。
実はここ数日元気がなかった私。前の晩もよく眠れず、本番の朝もコーヒーを飲んでもチョコを食べても気分が乗らず、思い身をひきずるような状態で会場入りしていました。理由は思いつかなくもない。まず悪天候:もう灰色の曇り空が何週間も続き、「気が滅入るねえ」が挨拶言葉になって来ています。そのせいか、いつもは食事管理には神経質な私が、羽目を外して安い食べ放題を存分食べてしまい、その時は楽しかったのですがあとに引く負担を体にかけたのかもしれません。更に夏の旅程の整理のために世界中の様々な地域の交通情報を調べ、宿や食事の手配をし、知り合いに連絡をとり、時差で大混乱を起こしたり...でもまあ実の所、元気の良い時はどんな理由があっても機嫌は良い物です。要するに単純に元気が無かったのです。
元気のなかった私が弾く予定にしていたプログラムはラヴェルの「道化の朝の歌」や、冗談ぽい飾音や不協和音が楽しいショパンの3つのワルツ作品34、そしてジャズ風ガーシュウィンの3つの前奏曲など、非常に陽気な演目。(今日の私にこの演目...)会場入りしながら皮肉に苦笑いするくらい、私は元気がなかったし機嫌が悪かったのです。
図書館ですから、控え室なんて勿論ありません。パラパラと指ならしをしていると、開演30分前から「何時に開場しますか…?」と遠慮がちにドアを開けてくる顔馴染みの常連さんたち。「どうぞ、お入りください。」できるだけにこやかに言いますが、自分の声がお腹から出ていないのが気になります。その内、子連れのお母さんたちも数人入ってきます。いつもは私より早く会場入りしている図書館員でピアノ愛好家のMさん。(今日は遅いんだなあ)と思っていたら、「実は家族が入院してしまって...」と入って来るなり教えてくれます。(それなのに、来てくれたんだ…)図書館員さんたちがありったけの折りたたみの椅子を倉庫から出してきて席数を増やすうちにも、お客さんがどんどんご来場。歩行器に頼りながらご来場くださる高齢者が何人もいます。もう列の真ん中の席しか残っていない。でも歩行器を丁寧に折りたたんで壁に立てかけてから、ゆっくり、ゆっくり、前列の椅子の背もたれに一つずつ手をかけながら空いてる席に向かって進んでいきます。(みんな、一生懸命、楽しみに来てくれているんだなあ...)
開演時間。深呼吸をします。(私はプロだ!)笑顔を作ります。会場へのご挨拶でトークを始める自分の声がいつも通りなのに、一安心します。会場は集中しています。自己紹介と、今日のテーマについて話します。
「今日のテーマは「ダンス」です。音楽は効果の一つには脳の沢山の部分をいっぺんに活性化することがありますが、じっと不動で聞いても運動中枢も活性化します。能動的に音楽に関わればその効果は増大します。今日は色々な作曲家のダンスをご紹介しますが、頭の中でリズムに乗って踊ってみて下さい。」
自分を煽るように「道化の朝の歌」で派手に始めます。グランドピアノが重力で動くからくりなのに対して、ばねで動かすアップライトでの超速連打は無理です。頭では分かっていても、指が練習通りに動こうとするのはどうしようもなく、耳は詰まりがちな連打に舌打ちをし、気持ちは焦ります。自己評価55点...でも、お客さんは歓声を上げて拍手をしてくれます。皆が喜んでくれているのを見ると、自然と笑顔になります。
ショパンの子犬のワルツで場を和ませてあと、作品34の「3つのワルツ」を紹介します。「1番と3番は軽快で快活なのに、2番はゆっくりと悲壮的です。この「速いー遅いー速い(楽しいー悲しいー楽しい)」は典型的な構築です。それは古来からの知恵ではないでしょうか?我々は悲しみに身を任せると動けなくなってしまう。でもじゃあやたらと陽気にしていても長続きはしません。動と静のバランスは我々の生活に於いても必須ですよね。」
2番目のワルツで会場の雰囲気ががらりと変わります。空気の色というか、温度が変わったような感じです。皆何を感じて考えて、この何かを思い出しながらためらうようなワルツを聞いてくれているのでしょう。弾きながら愛おしい気持ちでいっぱいになります。息を潜ませるようにそっと2番を弾き終えると、一瞬の緊張した静寂の後に、遠慮がちの拍手が段々クレッシェンドになります。その中で勢いよくファンファーレの様な3番のイントロを弾き始めます。会場の冷気が一気にトロピカルになります。魔法みたいです。
次はガーシュウィンの3つの前奏曲。これも「速いーゆっくりー速い」です。ジャズっぽいのは、和声もありますが、リズムに「シンコペーション」を使用しているからです。2本足でいつも歩いている我々に一番馴染み深いのは2拍子です。でも例えばワルツの様に3拍で一区切りにすると、それだけでダンスの様なステップになります。更に3-3-2と言う風に拍の区切りを不平等にすると「シンコペーション」、わざと予測しているパターンと違う所にアクセントを置くことで、意外性から来る緊張感や「ノリ」を醸し出しす、リズムの遊びです。
会場の皆で「1-2-3、1-2-3,1-2」のリズムを手拍子します。何回か繰り返すと、自然と笑いで会場がいっぱいになります。歩行器でいらした方々も子供たちもお母さんも、みんな一緒の笑顔です。
ガーシュウィンの3つの前奏曲も派手な終わり方をします。皆笑いながら拍手をしてくれます。質問はありませんかと振ると、10秒ほどのためらいの後、手が上がります。「どうやったらそんなに沢山の曲を暗譜で次々演奏できるのですか?」「弾きながら何を考えているのですか?」「交響楽団と演奏した事はありますか?」「ジャズバンドとは演奏した事はありますか?」一つ質問が出るとあとは次々と手が上がり、選ぶのに躊躇します。そんな中で特に嬉しかったのが次です。
「音楽の効用を日常生活に取り入れるためのアドヴァイスは?」という質問に対して私が「BGMなど聞き流す音楽を辞め、騒音から自分を守るように心がけ、そして聴く時は能動的に全身全霊で聴き入ってください」と言うような事を言った次の瞬間、笑顔が素敵な高齢の女性が「私の健康法は貴方の演奏会に毎回来ることです!」と言ってくれたのです!
最後にもう一度、「道化の朝の歌」を弾いてこの会は終わりにしました。会のオープニングで弾いた「道化」とは違い、楽しくノリノリで弾けました。お客様も歓声を上げて拍手をして下さいました。閉会後も、CDをご購入下さる方々や、色々なご質問をして下さる方、私に演奏主催者や会場をご紹介して下さる方々、「無名で亡くなった数世代前のこのピアニストが素晴らしいので是非録音を見付て聴いて下さい。」とハンガリアの名前をチラシの裏に書いて渡して下さる方、などなど。
昨日の演奏のハイライトをまとめた動画がこちらです。会場が本当に一杯一杯でスマホをセットアップする位置も無いくらいでほとんど何も見えませんが、自分の反省用に撮りました。演奏中特に前半は、上手く行かないところばかりに意識が集中しあまり楽しく弾けていなかったのですが、録音を観て見ると思ったよりもずっと良い。勿論まだまだ課題は多いのですが、こうして特に上手く行ったか所を取り上げて動画にまとめる事で、自分の勇気と元気の素にしようと思いました。ご覧ください。
昨日の演奏が無かったら、私は先週かなりの時間をだらだらと自分を甘やかして無駄に過ごしたと思います。でも昨日の演奏があったから無理やりでも練習したし、気乗りはせずとも会場に行くために身だしなみを整え、演奏しました。そして結果的に私は聴衆に随分と元気づけてもらったのです。持ちつ持たれつだなあ、と思いました。演奏を「奉仕」なんていうのは奢っていたのかも知れません。
動画を見直しながら復習練習で気付いた事の忘備録
- 詳細よりも骨組み
- リズムに「ノル」ためには、大きな波の勢いとか方向性を考える
- 装飾音ではなくベース、右手ではなく左手でリードする。
- ミスしやすい音は、手首の高さ、体の向きなど、全てを振り付けする練習をする。
- もっと気を使うべきところ
- 語尾:メロディーやフレーズの最後まできっちりと発音する。小節の最後の拍をはしょらない
- 大音量、小音量のところは同じくらい気を使ってかみ砕くようにはっきりと発音をする。
お疲れ様です。
平易な文章で臨場感が素直に伝わりました。
「私の健康法は貴方の演奏会に毎回来ることです!」
ピアニストの本領発揮でした。
小川久男