美笑日記5.14:耳栓をするピアニスト

私のピアノの周りには楽譜、鉛筆、消しゴムなどと一緒にいつも耳栓が置いてあります。不思議に思われる方もいらっしゃると思いますが、練習中によく使うんです。

練習は作戦会議に似ています。最低限の努力で最高の演奏ができる確率をできるだけ高めるための作戦です。

難所を困難にしているのは大抵一つの要素ではなく、いくつかの要素の重複です。例えば低音部から高音部まで何度も飛躍をするパッセージ。どんなに距離が大きくても時間がたっぷりあればきちんと狙って外しませんよね。スローモーションで弾いてみて、どう座り、視点をどこに据え、腕を手首をどの角度でしならせるべきか、考えながら体が覚えるまで繰り返します。目を閉じても外さなくなったらだんだん速度を上げていきます。

目を閉じると触覚や聴覚が生きるように、耳栓は触覚や視覚への集中度を高めるんです。練習中に大事なのは、脳の情報オーバーロードを避けることです。学習中の脳みそはできるだけ気遣ってあげなくてはいけません。休みも小まめに取るし、要らないインプットは取り除きます。

大音量は体も脳も疲れさせます。アドレナリンやストレスホルモンが分泌されます。短期間なら興奮作用にもなりますが、長期間になると疲れて学習能力が下がってしまうんです。五感のいくつかを遮断することによって脳の容量をセーブできます。視覚の場合は目をつぶったり開けたり簡単にできますよね。それと同じことを耳栓でするのです。

難所を難しくしている要素を一つずつ解決していく…これって人生や社会問題にも応用できそうですよね。これを読んでくださっている読者のどなたかのヒントになれば幸いです。

このブログは日刊サンに隔週で連載中のコラム「ピアノの道」♯129(5月19日付)を基にしています。この記事の英訳はこちらでお読みいただけます。

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