- 教員組合:コロナの感染者数増加の中数週間後に公立学校を全て開校と決定したフロリダ州を訴訟
- オックスフォード大学と中国の製薬会社CanSinoがそれぞれ数百人に対する試験でワクチンによる抗体誘発に成功。
- 副作用はなしか、マイルド
- 感染を防ぐかどうかのデータはこれから
- モデルナの45人の被験者に対する成功例に次ぐ、ワクチンの可能性。
- 3社とも数万人に対するフェーズ3の試験が来週からにも始まる予定。
- WHO:アメリカ原住民の間での感染者が7月6日の時点で7万人、犠牲者2000人と非常に多い。
- ロサンジェルス新感染者数またもや新記録更新:3,160人
最近の自分に喝を入れたく、もう一度人生の方針を振り返ってみます。
1.美しさよりも面白さ。完璧よりも正直。
これについては『コロナ日記㊵:パンデミック故美人を目指す』や『コロナ日記105:非完璧主義者』で書きました。
2.死ぬ日まで修行を通じて毎日向上する:ピアニスト、音楽家、芸術家、そして人間として。
- これを成し遂げるのに大事なもの
- 毎日練習できる人生状況と環境
- 定期的に演奏できるキャリア
- 心身共に健康*であること(*ユーモアと小さな幸せと好奇心を常に楽しめる状態)
- 自分が貢献でき、そして触発されるコミュニティーに属していること
3.自分のための利他主義
結局一番の幸福感は世のため人のためとなっている実感だということ。
4.波乱万丈の人生を送る
15歳のある午後、数時間一人で、全く何もない部屋で過ごしたことがありました。引っ越しの手伝いで、家の中の一切合切が全て運び出された後のがらんどうの空間で、ある業者さんが来たらドアを開けるという役目を仰せつかっていたのです。急に決まった話しで、本も持っていなかったし、当時はスマホもありませんでした。テレビもラジオも筆記用具さえも、本当に何にもなかったのです。
余りの退屈さで、カーペットのほつれを三つ編みにしたことを覚えています。同時に、色々な事を考えました。
幸福感とは、何ぞや。幸福感とは相対的な物では無いのか?幸福感とは一番の苦渋と一番の幸福の幅が大きければ大きいほど、凄いのではないか。だったら私は苦渋や苦労を甘受しよう。私は極端を経験したい。これからの人生で選択を迫られるときは、よりどん底と頂点の幅が広くなるであろう方を取ろう。
①と②と③は、結構常日頃思い返しているが、④は忘れていた。最近の交信で思い出した。この④が在ったお蔭で私は今まで、全てを冒険精神で面白がって積極的に取り組めたと思う。コロナからこっち、らしくもない保身に入ってしまい、この達観性を忘れていた。
そう言えば、私は自分で言うのもなんですが、かなりの百戦錬磨だった。最近は過去の事を思い出す事が余りなかった。本当に自分がこの人生に於いて潜り抜けてきた色々を思うと、一つの人生でこれだけの紆余曲折があり得る、しかもそれが全部自分だったなんて、信じられない。多いに自信にしよう。
お疲れ様です。
吹っ切れましたね。
これが本来の姿でしょう。
決めたらもうまっしゅぐらです。
小川 久男
はい、まっしゅぐら!