自分を信じる。運命も信じる。


そう言えば、今年の目標は「信じる」と言うことに決めたのだった。
私は今、ちょっと人生の分岐点に居て、メールの一通一通、小さな決断の一つ一つがこれからの将来を大きく左右するような気持ちで、時々息が苦しくなってしまう。でも、最終的にどこに落ち着こうが、私は音楽家で、これからもずっとピアノを弾いて、音楽を通じて色々な人と通じ合い、自分の意識や感覚を深め、広げ、そうやって生きていく。
だから、大丈夫。
私は自分の意識だけでなく、意識下も信じる。練習したくない時は、きっと静かに意識下で復習が必要な時、それかマンネリを避けて、新しいインスピレーションを探す方が自分の演奏に効果的なんだ、と自分を信じて無理に練習することは辞める。私は、3歳の時からもう何十年もピアノを弾いてきた。その経験と言うのはきっと自分で自覚するよりもずっとずっと沢山のことを私に教えてくれたはずだ。眠い時は寝て、休みたい時は休み、食べたい時に食べて、そして弾きたい時弾き、練習したい時はしたいように練習する。自分を全て肯定して受け止めてあげよう。
先週、小学校を回って出張演奏会でオーケストラを指揮した時、自分の邪念の無さにびっくりした。どう評価されているかと言うことよりも、兎に角目の前に在る音楽を実現することに没頭して、とてもすがすがしい気持ちだった。それは私が指揮に生活の糧や、将来をまだかけていないから、と言うことも勿論在るし、まだ目新しいから無我夢中になれる、と言うこともあると思う。でも、ピアノで、どんなに自分の将来がかかっているオーディションでも、この境地に達することが出来たら、私は本当にツワモノになれるなあ、と思う。そう言うツワモノになりたい。ピアノの前に座って演奏する時は、どう言う聴衆、審査員の前でも、とりあえず音楽のメッセージを伝達することだけに専念できるような音楽家になりたい。
そう言うふてぶてしさ、信念、したたかさを習得するための、これはトレーニングの機会だ。そして私はそういう切磋琢磨の恩恵を被るだけの経験と成長は遂げている。
明日から東海岸に行ってきます。しばらくブログの更新は出来ないかも知れません。