美笑日記4.12:明日は二つ本番があります!

J.S.バッハ(1685~1750)は部屋を一目見ただけで、その形と建築材料を見極めて、その部屋のどこに楽器を置いてどのような発音すればどのように音が広がるか描写できた、と読んだことがあります。音楽史に於いて史実と伝説の見分けが非常に難しいことは博士論文のリサーチ中に嫌というほど思い知らされましたが、しかし例えばこういう逸話から分かる事実は、こういう能力がいかに稀で重宝されたか、ということです。

録音無くして自分の声を客観的に聞くことが無理なのと同じように、音楽家は自分の演奏がリアルタイムでホール内でどのように響いているか聴くことは不可能です。経験値を上げることで予測の感度を上げる試みはできますが、実際に聴くのが無理なので自分の感度がどこまで上がっているのか、正しいのか判断するのは無理です。特に他の音楽家と合奏をしている場合、自分の音と他の音楽家の音が、どのように客席でブレンドやバランスしているかは、客席にいる人に教えてもらわないといけません。

こう長々と書いたのは、明日、コルバーン音楽学校でフレンチホルンとの共演があり、今週はそのレッスン中にホルンの先生に「ホルンと被る音域の音量をもう少し控えめに」とリクエストされた時、瞬間的に嬉しくなった自分を意外に感じたからです。

言わずもかな、ホルンは大音量。私はできるだけホルンの音色に似せた太くてたっぷりとした音を全身で出そうと、いろいろ工夫をしていました。「もう少し控えめに」と言われて嬉しかったのは(ああ、そんなに頑張らなくても良いんだあ~)と力が抜けて楽になったからです。そして意外に感じたのは、昔の私は「もっと弱音で」と言われると、(私はこんなに頑張っているのに!)とムカッと感じていたからです。私の何が変わったのか。

半日ばかりずっと考えていました。それ位、私にとっては意外な出来事だったのです。結論として、私は「足るを知った」のだと思います。若い時は我武者羅に、どれだけの音量が出せるか、どれだけ速く正確に弾けるか、どれだけの難曲や曲数や演奏回数や旅マイレージをこなせるか、いつも「もっともっと」と頑張っていました。でも今の私が求めているのは共鳴と共感です。そして我武者羅に頑張っているときは一瞬の共鳴や共感は愛でられないものです。

そして私が我武者羅だったのは演奏だけではない。13歳で渡米して以来何十年も、私は密かに「ネイティブと同じように自由に英語を操りたい」と思っていました。発音や文法の間違えに自意識過剰になり、「Your English is so good(英語上手ね)」と褒められるたびに(まだネイティブとして思われてない…)と悔しく思ってきました。でも、この間私のメモをのぞき込んだアメリカ人の知り合いに「え?マキコ、日本語書けるの?…すごいじゃない!かっこいい‼」と意外そうに言われたとき、「そうよ!私、日本語も書けるの!」とホクホクお得感を喜んでいる自分を発見して、これまたびっくりしたのです。そういえば最近「アメリカ生まれですか?」と聞かれることが多くなりました。

我武者羅ぐせが付いている私には、肩の力を抜くのはちょっと苦手です。でも、英語も日本語も演奏も執筆も、これからはもっともっと楽しく堂々とやりたい、と思うのです。

明日はたまたま10時半からホルン・リサイタルで一曲共演したあと、一時間弱運転して13時から一時間の独奏会を弾く、という行程になりました。そして来週の水曜日は30分の独奏会もあります。20代のころに比べたらみんな小さな演奏会です。でも、それでも、私は経済的懸念や女性蔑視や舞台恐怖や競争やコロナや、演奏を断念せざるを得ない状況がいつどこで来てもおかしく無かったのに、今でも毎日練習できる状況にあり、そしてこうして定期的に演奏ができることを、誇りにもありがたくも思うのです。

来週の水曜日に演奏する教会で音響と楽器のチェックをしていたら、客席で私の練習を熱心に聞いている女性が、練習を終えた私に声をかけてくれたのです。

「子供のころ祖父母に連れられて毎週ここでの演奏シリーズを聴きに通っていたんです。30分間、ちゃんと背筋を伸ばして静かに聞くように躾けられながら、子供心に楽しみだったんですよ。祖父母はもう亡くなり、私も今はもう越してしまいましたが、来週のあなたの演奏には来ようと思います。練習を聞かせていただいていろいろ思い出してしまいました。ありがとう。」

水曜日の12時から30分だけ、お昼休みの人々の憩いの時空を提供しているこの演奏会シリーズは1985年に創立しています。地域に根付いた音楽活動というのはこういうことなんだなあ、とジーンとさせてくれる出会いでした。

明日の2つの本番と来週水曜日の本番は、共鳴と共感を楽しむ音楽の時間をご来場の方々とシェアします。

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