生きるために食べるか、食べるために生きるか。 2


To live to eat or to eat to live.
食は文化だ。
食は生きるために欠かせない営みだ。
その食に手間と技をかけ、工夫をすることが最高の贅沢だ、芸術だ、とも考えられる。
食べるために生きる人が、究極のグルメだと思う。
美食を追及し、美食を囲んだ社交を大切にし、
健康よりも味覚を取る、と言う食哲学。
対して。
健康のために食べる、と言う考え方。
身体に良いものを、身体の良い様に、身体に良いから食べる。
食は健康体を作るための一環だ、とする食哲学もある。
極端な例では食材に火を通さず、動物性たんぱく質を全くとらない(乳製品も卵もダメ)
Raw Veganなる食文化もある。
彼らは低温や、圧力などで、これも物凄い手間をかけて調理したりする。
これもある一種の食に関する価値観・文化・主義だ。
クラシック音楽家と言う生業をしていると、
前者に多く囲まれることになる。
クラシック音楽のスポンサーになるような人の多くはグルメだし、
クラシック音楽家自身も飲んべいのグルメや、
自ら腕を振るうこだわりの料理人が多かったりする。
でも、病気がちだった自分の過去や、
食倫理から菜食主義の友達を多く持った事、
さまざまな理由から私はいつもこの二つの両極端を行ったり来たりして食べてきた。
まだ言うのも恥ずかしい始めて10日なのだが、
毎日マラソンとカロリー計算を始めて、
食に対する新しい見解を確認しつつある。
私は成長期、病弱だったことなどからほとんど運動をせずに来た。
それがマラソンをするようになって、やってみたら6キロ歩かずに走れるのである!
驚愕した。
いつの間にこんなに強くなっていたんだろう?
それともいつも意識だけの問題だったんだろうか?

そして、食に関しての感覚も変わった。
食いしん坊で、食べる量に関しては自信があって
反面、いつまでも食べていたくなってしまう、そんな食習慣だったのが、
運動を始めて、体が欲する時に体が欲している物を欲している量だけ食べる、
と言う感覚を始めて覚えた。
カロリー計算をすることによって、
身体に適度な摂取量と言うのも知った。
面白い。
性転換が可能な世の中である。
ほぼどんな肉体改造も可能なのではないか?
そして自分の肉体を責任を持って管理することで
最終的に自分の運命も管理することになるのでは?
私は化粧する時間があるならば走る。
走って、食を正して、内からきれいになる。
人生、万歳!


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