今日の練習計画ーラフマニノフは本能寺の変!?


最近、練習が打開続きである。
これも、ブログに練習計画を書くようになってから。
ちなみに、こういう風に朝一で「今日はこれをやる!これが目標!」と書き始めてから
毎日論文ノルマの2時間も必ずこなしているし、だからと言って練習も妥協していない。
その上、ずっと(しなきゃ)と思っていた広報などのやることリストも
きちんと少しずつ片付いて行っている!
素晴らしい!お読みくださってありがとうございます。
ずっと譜読みが指にも頭にも入らず苦しんでいた6月14日の新曲が
小節区分に特徴があってそれでいわゆる「てにをは」が見えてこず、
だからメロディーやフレージングが意味をなさず、分からなかったのだ!
と気が付いたのを初めに、
一昨日は何だかミスタッチをしてしまう、
クライマックス前にすでに音量はマックス・アウトしてしまい、
どうやってクライマックスをさらに盛り上げられるか分からない、などと模索していた
ラフマニノフの「音の絵」作品39-5が急に分かってしまった。
この曲です。

この曲は主旋律の周りに音が一杯在る。
その音の中には副旋律とか、副・副旋律とかになり得る音も沢山、沢山ある。
私はこの全てにそれぞれ感情移入しようとしてそれで一杯一杯で弾けなくなっていた。
これはいわば、一人何役もやろうと舞台を駆けずり回っているようなものである。
例えば「本能寺の変」を芝居で再現しているとする。
主役(主旋律)は織田信長。
もう自決を覚悟している。
その周り(伴奏)に、怯える小姓や、一緒に自決を覚悟している家中の物や、色々居る。
それぞれが台詞を言ったりする。(「殿、お供いたします!」とか)
さらに、明智光秀も副旋律が在る。
これを一人で全ての視点に感情移入しようとすると全く収集がつかなくなってしまう。
私は織田信長になり切る。
信長の視点から「明智光秀はもしかしてだから…」と思いを馳せたり、
周りで走り回っている(居たかもしれない)小姓とかをクールに観察したり、
「皆の物、ご苦労」とねぎらったりして良いのだが、
この「下々の者ども」に成り下がってはいけない。
私は信長!これでラフマニノフはOKである。
昨日のリハーサルでバルトークの「コントラスツ」も完全に見通しが立った。
一安心である。
今日は6月4日に麻衣子さんと演奏するホロヴィッツのソナチネを見直し。
この曲は3月1日を筆頭にすでに何度か演奏しているが、
最近その重要性を再確認した楽譜の分析をきちんとやり直して、
もう一度復習してみる。
それから6月14日の新曲を完全に譜読み終了。
そしてこれが一番重要なのだが、
6月4日に弾くソロ曲(ハンガリー狂詩曲、ラフマニノフ、ジョップリン)を
しっかりと難点に焦点を当てて、小さな打開を沢山目指して、
腰を据えて練習。
目標がはっきりしていると、頑張るのが本当に楽しい。
音楽人生万歳!
今日は朝と午後は練習に集中。
途中でいくつかミーティングがあるが、それ以外は練習に専念。
夜は論文!